どうせならケーキが食べたかった「今日早いか?」
「うん、いつも通り」
「わかった」
そんな会話をしたのが朝食時だ。
いつも通りの何気ない会話。でもおれは気付いている。アブトがカレンダーを確認して発言したことを。
今日十一月二十二日は祝日でもなんでもない平日だ。だけど、その語呂合わせから「いいふうふの日」と名付けられている。
ネット通販を開けば「いいふうふの日に贈るプレゼント特集!」だの「いいふうふの日には花を贈ろう」だの、なんとか消費に繋げたい商魂逞しい日本人の気質が見えた。
おれたちも結婚はしてるから確かにふうふなんだけど、共働きだし家事も折半だし、同棲してた頃と余り変わらない気もしている。
変わったのはおれの苗字と、薬指の指輪だけだ。
雲ひとつない晴れ渡った秋空に手のひらを掲げてみたりして、朝日が煌めく指輪に我に返って頬が熱くなった。ぷるぷると頭を振って熱を冷ましてからまた駅に向かって歩き出す。
別にそんな期待してる訳じゃない。アブトはいつだって記念日やイベントに疎かったし。誕生日や付き合った日は忘れたことなかったけど、年末で忙しくてクリスマスを忘れた事だってある。
期待はしていない。だけど、広大なインターネットの海の中にあった「いつも美味しいご飯を作ってくれているあの人に感謝の気持ちを込めて♡」なんてきらきらしたフォントで、手料理を勧めているページがあったのを隅から隅まで見てしまっただけだ。
料理だって、おれの方が早い事が多いから必然的に作ることが多いけれど、アブトだってそれなりにはできる。全然作ってくれないなんてことはないし、シラユキさんに仕込まれたというみそ汁は今では母さんのより好きなくらいだし。
でもさ。日付と帰宅時間を確認してきたから、ちょびっとは期待しちゃうじゃん。
色々考えてたから電車に揺られている間は百面相してたかもしれない。風邪予防にマスクをしていて良かった。
◇
いつも通り定時に終わって、ほんのちょっぴりの期待を抱きながら、でも何にもなかったら悔しいので、駅前で小さな花束だけ買って帰ってきた。もし忘れてたとしてもおれが花を渡せばいい。
「ただいまー」
ドキドキしながら玄関を開けると、予想通りアブトの靴が玄関にあった。扉が開く音もおれの声も聞こえているだろうが、こちらに来る様子はない。ということは手が離せないなにかがあるんだろうか。
ドキドキは期待に変わっていく。
「アブト、ただい、ま……」
「おかえりシン。いいタイミングだ」
ダイニングに繋がる扉を開けると、ふわっと漂ってくる焼けた肉のいい匂い。アブトがキッチンからテーブルに運んできたのはローストビーフだ。食べ盛りは過ぎたとはいえ男二人分だからもりもりに持ってある。
テーブルの上には他にも、バケットのサンドイッチやシンが好きなモッツァレラチーズたっぷりのサラダも用意されていた。
声が出ない。嬉しくて、感動して。
「どうした? 早く着替えてこいよ」
「アブトッ! 好き!」
テーブルにローストビーフを置いて、今度はドリンクを取りに行くようでまた目の前を通っていくアブト。たまらなくなって、カバンを床に落として飛びついた。
「知ってるよ」
突然横から飛びつかれたというのによろけることも無く抱きとめてくれて、頭まで撫でてくれちゃうアブト。もう好きが止まらないよ。
「ん? 花?」
カバンは捨てたけど手に持ってた花束はそのままだったから、飛びついた拍子に頭に当たったみたいだ。慌てて離れて花束を見るが、多少ラッピングが乱れたくらいで花自体に問題はなさそうだ。
「うん、いつもありがと」
「……先に言われちまったな」
差し出した花を照れくさそうに受け取る姿に頬が緩んでしまう。花なんて柄じゃないと言われるかと思ったけど、やっぱり感謝の気持ちだから素直に受け取ってもらえるとおれも嬉しい。
アブトに花束を渡せたことで満足したのか、いい匂いに我慢が出来なくなったのか、おれのお腹がぐ~っと情けなく鳴いてしまった。吹き出したアブトにからかわれる前に着替えに行こうとダイニングを後にした。
食事はとても美味しかった。
普段はアブトの好みと作り置きのしやすさから和食が多いが、やっぱにたまにはガッツリ肉を食べたい時もある。ローストビーフはがっつり肉だが、ソースにはワサビが使われていてそこはかとなく和風だからさっぱりもしていて箸が止まらない。
サラダも、サンドイッチも、アブトも嫌いでは無いけれど、どちらかと言うとおれの好みだ。
作ってくれただけでも嬉しいのに、手間がかかることまでしてくれて、愛されてるなあって嬉しくて仕方ない。
食卓での会話はいつもと変わらない。職場で何があったかとか、お昼に何を食べたとか、明日は燃えるゴミだからまとめるのを忘れないようにしないと、とか。
だけどその何気ない日常を一緒に過ごしてるんだよなって噛み締めてしまう。結婚最高。いいふうふの日ありがとう。
料理を任せてしまったので、片付けは率先しておれがやることにした。あらかた片付いた所で、アブトが冷蔵庫を開けるのが見えた。もしかして、ケーキとか、あったりするのかな。
治まったはずのドキドキがぶり返したけど、残念ながら取り出されたのはステンレスのボールだった。サラダの残りを保存容器に移し替えるのだろうか。
ボールを抱えて後ろを通り過ぎようとしたので、狭いキッチンだからと少し腰を引いて通りやすくしてあげた。
「デザートタイムだ」
「うひゃっ!」
通り過ぎたと思ったアブトはおれの背後にいて、部屋着にしているトレーナーをめくりあげてきた。同時に背中に感じる冷たいもの。とろりと背中を伝う、柔らかい感触。なに、何をしてるんだ。
「デザートはシンを食べさせてくれ」
「あっ……こら、やめ……っん!」
捲り上げられたトレーナーを戻したくても手が泡だらけだ。それを見越してかアブトは何かを塗ったそこに舌を這わせてきた。外気に晒されて冷えた肌に感じる熱い舌に声が漏れてしまう。
調理台の上にボールが置かれたのが見えた。中身は白い、クリーム状のものだった。
アブトの発言からして生クリームとかそのあたりだろう。腰まで垂れた液体を丁寧に舐めとると唇が離れて、またぼたっと何かが塗り付けられた。振りほどきたいのに、不埒な手は既に前に回ってきていて、胸を揉み始めている。
「ば、かっ……!」
洗い物なんてしていられない。散々慣らされて仕込まれた体は、アブトが触れると途端にまともに動けないのだ。
流れっぱなしのお湯が気になるのに、一瞬後には背中を這う舌に、胸の先を掠める指に意識が奪われてしまう。
「勿体ないな」
そう思うなら一旦離れて欲しい。洗い物はもう少しで終わるんだ。
だけどそんな望みはかなうはずもなく、伸ばした手があっさりとお湯を止めた。そして腰を掴んで簡単に体を反転させる。
狭いキッチンだ。二人が重なって立てば拳一つ分くらいしかスペースがない。僅かな刺激で緩く立ち上がっている自身に気付かれたくなくて、シンクに乗り上げるように腰を引いた。
だけどその引いた分もアブトは簡単に詰めてくる。クリームが、胸にぼたりと落とされた。捲りあげられたトレーナーがずり落ちたらクリーム塗れになる。そう思って咄嗟に服を掴んでしまった。アブトの唇が楽しそうに歪んだ。
「上手だぞ」
「う、やだ……っ」
お気に入りのトレーナーを汚したくなくてした咄嗟の行動は、アブトから見れば自ら服を持ち上げて胸を差し出すようにしか見えないだろう。そう気付いた時には胸元にアブトの頭があって服をおろすこともできなかった。
「ぁ、あっ……んぁ……!」
つんと赤く主張していた乳首の上にまでクリームが伸ばされた。ぬめる感覚に腰が震える。アブトが舌を伸ばして先端だけをちろりと舐めた。そんな些細な刺激も簡単に拾ってしまって、強請るような甘い声がでる。
「見ろシン」
「?」
ちろちろと先端だけをねぶっていたアブトが顔を離した。体の上にクリームの感触ばだたるのに、なぜか満足気な表情をしていた。
再度見ろと指をさされたので、指の先を辿るように視線を走らせた。
「イチゴショートみたいだろ」
「っ! ばか、っあん……!」
胸にたっぷりの塗られたクリームの中、刺激を受けてつんと立っている乳首が赤く熟れている。
もうなにから突っ込んでいいか分からなくて罵倒しか出てこないのに、アブトは意に介さず嬉しそうにクリーム塗れのそこに舌を寄せた。ぢゅっと音が立つほど強く吸われれば、突然の強い快感におれの口からはもう甘い声しか出なくなる。
「あっ、やだ、ぁ……っ」
「クリームなしの方がうまいな」
「じゃあやめろよっ……ぅあ!」
クリームのついているところもないところも、満遍なく舐めて吸われて、自力で立っているのが辛くなってきた。かろうじてシンクにもたれかかっているくらいだ。もう服を掴んでいる手も緩んでしまって、お気に入りのトレーナーはクリーム塗れになっている。それを気にする余裕はない。
腹から臍へとなぞっていた舌が離れて、ほっと一瞬気を抜いた隙に下着ごとズボンが引き下ろされた。
こんなことをされてるのにめちゃくちゃに感じてることも、それによってしっかり勃ちあがって勢いよく飛び出してきた自身も恥ずかしくて、ぎゅうっと目を閉じた。
「……チョコも用意すれば良かったな」
何やら物騒なことを言っている声が聞こえて来たがもう言い返す気力なんてない。当然のようにシンのものにクリームを纏わせて、先端からアイスでも食べるみたいに舐め取られていく。
クリームのぬめりも、丁寧な舌の動きも、気持ちいい。気持ちいいんだけど、少し物足りない。
言葉にするのは恥ずかしくて足をもじもじとさせてみるけれど、アブトの舐め方は変わらない。たぶん、待っている。おれから欲しがるのを。
「っ、ぶと……!」
「んー?」
「そこだけじゃ、足りない……っ!」
目を開いて下を見ると、狭いキッチンに膝をついておれのものを持っているアブトが見えた。恥ずかしいけれど、なりふり構ってられない。このままだと舐めるだけの焦らしプレイで終わられてしまう。長い付き合いだから、嫌でもわかる。
「アブトを、ちょうだい」
クリーム塗れの口が嬉しそうに弧を描く。太ももが掴まれて持ち上げられた。アブトの目の前に、しかもこんな明るいキッチンでそこを晒すのは恥ずかしくて仕方ない。でももう体の方が弱い刺激じゃ耐えられない。
「こっちも、いただきます」
「ふあっ……!」
たっぷりのクリームを乗せた指が後孔に触れる。待ちわびた刺激にひくついてクリームを食んだのが自分でもわかった。
料理を振舞ってもらって、お返しに体を差し出すことになったけれど、これもたぶん、いいふうふの一つの形……だと思うことにしよう。
後孔から溢れる白いものがクリームなのかアブトが出したものなのか分からないくらいに突かれながら、おれはぼんやりそう考えていた。