「今度のGWそっちに帰るよ!」
シンからのメッセージに、速攻で既読が付いた。
たまにしか稼働しなかったグループトークが一斉に沸き立った。「何日から帰ってくるのか」「何日間いるのか」「集まれる日はあるか」などなど。
流れるような速さでメッセージが蓄積していく中、丁寧にシンが答えている。四月の末からほんの数日間だが、会う時間はとれる、と。
「この日はどうかな?」シンが提示した日にちに、皆から即答でOKが出た。新生活が始まって、皆それぞれに忙しいが、シンに会いたい気持ちは強いみたいだ。
さすがはオレのシン、と誇らしい気持ちと、数ヶ月ぶりのシンに我慢できるか少しだけ不安な気持ちが過った。
最後にシンに会ったのは四月の頭だ。メキシコ行きを数日後に控えたある日、突然家にやって来た。オレには知らされていなかったけど、母さんは知っていたようで驚きもしない。いつものように笑って出迎えて、料理を振舞っていた。父さんも交えて和やかな夕飯だった。
「少し遅くなっちゃったけど。アブト、誕生日おめでと。どうしても直接言いたくてさ」
自室に引っ込んでから、前触れもなく来たことについて問うた時の、はにかんだ笑顔が今も脳裏にこびりついている。可愛かった。
その日はもう遅いから泊まっていきなさい、と母さんがシンの家に連絡してくれていたから、寝るまで二人っきりで色々語り合った。
父親とスマットが一緒で、夢へまた一つ近付けることへの期待と、二人がいるとはいえ新天地に旅立つ不安。それを吐露するのがオレの前だけだと言う事実に、少しだけ優越感を感じるのは許されるだろう。
「……電話、してもいい?」
「ダメなわけないだろう」
「時差があるから、難しいかなって……」
「スマットに聞けばすぐわかるだろ。それに、深夜だって構わない。オレだってお前の声が聞きたいんだから」
「へへ。ありがとアブト」
本当は離れて欲しくない。ずっと傍にいたい。でも、夢を追いかけるシンごと全部好きになったんだ。すぐ側で目を輝かせるシンを見られないのは寂しいが、シンが夢に向かって走っている分自分も頑張ろうと思える。オレにだって追いかけたい夢がある。それはシンにだって止められない。
シンは愛嬌があって人の懐に入るのがうまい。信頼出来る友達は見つけて欲しいが、今みたいに、寂しいや不安な気持ちを言う相手ができてしまうのは非常に面白くない。それくらいなら、深夜だろうが明け方だろうが、シンの全てはオレが受け止めたい。
いつの間にか寝息を立てているシンを横目に見る。
アラバキとの戦いが終わったあと、ハナビやタイジュは地元に帰って離れてしまった。カイレンとの戦いで一堂に会したけれど、戦いが終われば帰っていく。
オレたちは地元もそう遠くないから頻繁に行き来していたけれど、それももう出来なくなる。
意外と寂しがり屋なシンが、一番に頼る相手になりたい。頼れるようにならなければ。その為には、我慢も大切だ。
すやすやと寝息を立てるシンの布団にそっと手を差し入れて、指を絡めて手を握って自分も目を閉じた。
◇
シンと会うための親睦会の前日、シンを迎える為にオレは空港に立っていた。
本当は皆も迎えに来たがっていたが、時間が合わなかった。……ということにしてオレだけ行くように言ってくれたんだ。皆の気遣いが擽ったくもあり嬉しくもある。明日は「皆のシン」になるんだ。今日くらいは独り占めさせて欲しい。それくらいは望んだっていいだろう。
到着予定時刻を少し過ぎた頃、ぞろぞろと人が歩いてくるのが見えた。たった一ヶ月。されど一ヶ月。会いたくても会えない距離にいるのがこんなに寂しいなんて思いもしなかった。
歩いてくる人のせいで、シンが見えない。こんな時、自分がもっと大人だったらな、と思う。身長はは大きい方ではあるが、当たり前だが大人には敵わない。
まだかまだかと焦れ始めたころ、頭二つ小さいシルエットが見えた。シンだ。
「あ、アブトー!」
一ヶ月より少しだけ焼けて黒くなった肌で、でも全く変わらない笑顔で手を振って駆け寄ってくるシン。一ヶ月ぶりの、映像越しじゃないシンの笑顔が眩しすぎる。
「おかえ……」
「会いたかった!」
駆け寄ってきた勢いのまま飛びついてきたシン。倒れないように咄嗟に抱きとめて、変わらないシンの香りにたまらなくなった。
首元にぎゅうっと抱きついてくるシンの腰に腕を回して、思いっきり抱きしめた。ああ、シンだ……!
「アブトだぁ……」
考えていたことが口に出たのかと思ったくらい同じタイミングでシンも呟いた。その声が、吐息が、全身で求めてくれていることがわかる。大人になりたい。我慢出来るようになりたい。そんな気持ちは一気に吹き飛んだ。
シンが体を離したタイミングで、フードを掴んで頭に被せた。そしてシンの顔を周りから隠しながら口付けた。驚きに見開かれる瞳。
唇を舐めて口内を蹂躙する。一ヶ月ぶりのシンの味に興奮が高まっていくのがわかる。
「ん、んん……っぶと……っふ」
「シン……っ!」
「まっ……ん、て……!」
背中に回された手が、制止しようと服を引っ張ってくるが、でもすまない。止められない。
思う存分口内を蹂躙して、服を引っ張るシンの手が縋るようになったころ、唇を離した。
「はっ……もう、いきなり……」
「……オレだって会いたくてたまらなかったんだ」
「……電話では寂しくないって言ってたくせに」
「寂しくないわけないだろう。でも、我慢できたんだ。そのご褒美くらいはくれてもバチは当たらないだろ?」
オレの素直な告白にシンの瞳が落ちそうなくらい見開かれた。そしてふわっと緩む。
ああ、シンだ。見て、触れて、感じられる距離が愛しい。
「ふふ……たまには素直なアブトもいいな」
嬉しそうに笑ってくれるなら、恥ずかしくても素直になるさ。
オレに被されたフードを外したシンは、慣れない海外生活を経たこともあってか、ほんの一ヶ月なのに少し大人びて見えた。
手を繋いで椅子に座る。お父さんが荷物を持ってきてくれるまで、この一ヶ月の話をしよう。きっとこれまでの人生の中でも濃密で輝いていた時間だ。寂しくもあったけれど、それがきっと、大人になるってことなんだ。
映像では伝えてくれなかった、シンの溢れんばかりの輝く瞳を見つめながら、オレは
今のこの幸せな時間を噛み締めていた。
親睦会では今まで以上の勢いで世界の謎についての持論を語ってくれていたシン。もちろん皆の新生活についても耳を傾けていて、人の懐に入る能力の高さは相変わらずだ。ただ、海外生活に馴染み始めたせいか、以前より人との距離が近いように感じで目を光らせてしまう。「お前、その目やめろよ……」とハナビには呆れた顔をされてしまったが、仕方ないだろう。目を光らせたところでシンは自重しないんだぞ。せめて相手にプレッシャーを与える位は許してくれ。
数日間の滞在はあっという間だった。シンの家にも泊まりに行ったし、オレの家にも来てくれた。オレの家から帰る時は母さんの方が名残惜しんでいたように思う。
「また夏休みに帰ってくるよ!」そう言い残して見送ったのが五月五日。また暫く会えない日々の始まりだ。
翌朝、目が覚めてポストに手紙と新聞を取りに行く。いつもは母さん任せなのに、なぜだか少し早く目が覚めてから。
いつものチラシに馴染みの新聞に、見慣れぬ封筒。裏返してみると、差出人は新多シン。
今どきスマホ一つあれば事足りる。手紙なんて珍しい。けれど、こんなに嬉しいものなんだな。
歓喜に震える手で開けてみた。
中身は―……。
オレが夢に向かっていられるのはお前が守ってくれたからだ。そのお前の夢を守れたことが、オレは何よりも誇らしい。
シン。離れていても、心はずっと一緒だ。手紙を抱きしめて、シンの瞳のように眩しい空を見上げた。