煙草(ヒカテメ)窓の向こう側に丸々とした月が見える。ゆらゆらとカーテンの影に見え隠れする淡い月明かりを受けてテメノスは瞼を開ける。寝返りをうつと、隣にぽっかりとした隙間が空いていた。
寝転んだまま、数度瞬きを繰り返す。ぼんやりとした視界が徐々にはっきりとしていき、少しばかり離れた窓際にヒカリが座っているのが見えた。
風に紛れてなにかが薫る。香? いや、違うだろう。
気怠さと熱を残したままの身体を緩慢と起こす。窓の外を見やるその人をじっと見つめる。ヒカリは、普段は結っている髪を下ろしたままだ。情事の痕を残したままの姿で、上に軽く服を羽織っているだけだ。
こちらに気が付いたヒカリが「起こしてしまったか」と詫びる。
「いえ、」
床に足を下ろせばぎぃと低くベッドが軋む音がする。なにも身に着けぬまま、その辺に丸められた毛布を肩からかけ、ぺたぺたとヒカリの元に近づく。
ヒカリは煙草を吸っていた。月明かりと風に紛れて、彼の持つ煙草が燻る。
「煙草、吸うんですね」
意外だった。なぜか彼はそういった嗜好品には興味がないものだとばかり思っていた。
「たまに、だがな」
ヒカリはゆっくりと煙を吐き出したながらそう答える。父はよく吸っていた。父が吸っていたものは水煙草だった。遠くでそれを吸う父を見つめて、なぜだかその姿に少しの憧れを抱いたものだ。
「好むかと言われるとそうではないかもしれないが…。なぜか今はそういった気分だったのだ」
そう言う彼の横顔を見つめる。漆黒の髪が風に揺れる。随分と絵になるものだと明後日の方向にテメノスは思考を飛ばす。燻ったままの熱を発散させているのだろうか。テメノスの中にもまだ、夜の名残の熱が腹の奥でじわじわと、している。
「美味しいのですか?」
「味の良し悪しは、俺には分からない」
隙をつく。ヒカリの指先から煙草を奪い、その唇に触れる。少し呆けたような顔をした彼が目を開けたままだったので私は目を細めて少しばかり唇の隙間から彼の口内を、一舐めする。
「美味しいかは分かりませんが、苦いですね」
「そうだな」
ヒカリの指がテメノスの指に絡む。指先から煙草を奪われて、そのまま手を絡めとられる。掴まれたところがひどく熱い、気がした。
もう一度、唇を合わせる。煙草の後味があるのに甘かった。燻る煙草はすぐに消されていく。毛布が床にぱさりと落ちる。
夜はまだ続くようだ。