「落ちて、くれたか?」(ヒカテメ)「大丈夫。ヒカリは魅力的だと思いますよ。同性の私から見ても、ね」
想い人はそうにこりと笑った。
ころころと変わる表情で笑いを交えながらも、目を細める。その表情ひとつひとつを見ているだけで胸がいっぱいになり、苦しく思う。
そんな慈しむような、愛らしい表情で思い浮かべて考えているのは俺のこと。いくつもいくつも、俺の良いところをあげてくれてる。それなのに、なぜ。
この想いは通じていないのか。
誰にでも優しいと? 誰にでもこんな言葉を贈ると? 自分だって人間だ。清廉潔白な人間でありたいとは思う。
だが、それでも優しくしたいと思うのも、心からの言葉を贈るのも、それが他の誰でもないテメノスだから、なのに。
それなのに……。
「相手をじっと、見つめて。唇のひとつやふたつ奪ってみれば、相手なんか簡単に落ちるって…」
なーんて、と冗談めかしたようにテメノスが言う。
ならば、確かめるしかないだろう。
立ち上がって、テメノスに近づく。顎を指先でそっと掴む。不思議そうにこちらを見やる。口元が少し開いた、その瞬間。
唇を奪う。
翡翠の色の眼をまん丸く見開いたまま、テメノスは動かない。
目を閉じることはできなかった。これほど間近で彼の顔を見るのは初めてだ。
髪と同じ銀糸の睫毛が見える。
勢い余ってぶつかったのは唇の端っこ。
それでも充分だった。
もう二度と触れられないかもしれないその感触。柔らかさも、仄かな珈琲の香りも、甘さも、俺は一生忘れることはないだろう。
いつまでもそうしていたかった。きっと一瞬のことだったのに俺にはひどく長い時を重ねたように思えた。
唇を離す。銀色の睫毛がふるりと揺れて、瞬きひとつ。
「落ちて、くれたか?」
全身が心臓になったみたいだ。どくどくと早鐘のように鼓動が脈をうち、全身を震わせる。
そういえば、伝えたことはなかった。
聡いようで、鈍感な、美しいその人。
俺の好いた人。想い人。そなたは俺に好かれる人は幸せだろうと言った。
そなたもそう思ってくれるだろうか。
「俺が好きなのは、そなただ。テメノス」
好きだ。初めてそう告げた。
テメノスの顔が真っ赤に変わっていくのが分かった。