【not包丁】「今日も使わずじまいか」
自室でお湯を注いだだけのカップラーメンを手に、買ってから数度しか開いていない料理本を見る。
先日久しぶりに母親に連絡した時に、料理はしているのかと聞かれ大丈夫だと見栄を張ったものの、実際の生活といえばコンビニ飯や店屋物、それからカップラーメンだ。それがどうにも座りが悪く、少しは誠意を見せようと買ったのがこの料理本なのだが、どうにも細々とした作業が苦手で、パラパラと捲るだけになっている。
これが仕事関係の情報とかなら色々集めるのは得意なのだが、色んな食材を買ってきて細かく刻んで火を通すという作業がどうにも性にあわない。包丁で指を切りたくないし。
料理はした方がいいのはわかっている。
市販のものは添加物が多いし、店屋物は脂質も塩分も多い。分かってはいるのだが……
「やっぱり降谷さんは凄いな」
身近で料理ができる人を思い出して感心する。料理が出来るだけではなく部下へその美味い料理を差し入れてくれる優しさも持ち合わせている人なので頭が上がらない。
降谷さんみたいな人だったらこの本を活用できるだろうか? ……いやでも、既に沢山レパートリーがある降谷さんに渡したら失礼に当たるだろうか。僕のお下がりだし。
うんうん唸って、でも活用してくれる可能性があるなら、とカバンに入れた。明日は降谷さんの家に荷物を届けに行くし、その時に聞いてみよう。
「と、言うわけなんです」
降谷さんの家に来て早速料理本を差し出すと、降谷さんは『君が料理本とは珍しいな』と言って興味深そうに受けとってくれたので、事の顛末を説明する。多分出番は来ないので良かったら使ってください。と付け足して。
「なるほどな。でも君のお母様の言う通り、少しくらいは自炊をした方がいいんじゃないか?」
「ですよね……」
ハハハ……と頭をかきながら返事をする。言われると思った。
まあ、健康面を考えたら自炊した方がいいのは分かる。分かるが……どうにもこうにも……。
「食材を切るのが難しいならカット野菜を使えばいいし、なんなら包丁を使わないレシピも探せば出てくるぞ」
「そんなのあるんですか?」
「野菜炒めなら千切りスライサーで人参をスライスして、キャベツを手でちぎって肉と炒めて焼肉のタレと絡めたら出来上がりだしな」
「う、降谷さんが言うと簡単そうに聞こえる……」
「麻婆豆腐だって豆腐とひき肉と焼肉のタレがあれば切らなくても出来る。サラダも包丁を使わなくても作れるしな」
本当に何でも知ってるな、この人。
「どうだ? 興味が出てきたなら今度一緒に作ってみるか?」
「え!? 降谷さんと一緒に!? そんなの申し訳ないですよ!」
「僕たちの仕事は体が資本! 君は僕の連絡役なんだから、体調管理もきっちりしてもらわないとな!」
「そ、そうですね」
どこかいたずらっ子みたいな顔をして楽しそうに言った降谷さんに思わず頷いてしまった。
顔がいい人の無邪気な顔って可愛いよな。こんなの逆らう気すら起きない。
そんなこんなで、僕達の時間が合う時に不定期の料理教室が開催られる運びとなったのである。