呼ぶ_Aアグラヴィエン、と私を呼ぶ声が甘さをはらんでいることに気づいてしまったのはいつだったろう。
逃れようとする意志すら溶かしてしまいそうな、笑みと熱とを帯びて……それでいて低く静かな。
それは、二人きりの時にだけランスロットが私に聞かせる声だった。
呼ばれた私の腰のあたりにずんと甘い痺れが凝る。
まだ触れられてすらいないのに。
私は、こんな人間ではなかった。……彼を知るまでは。
彼への深い憎しみを忘れた訳ではない。
騎士の中の騎士。生前からのその評判に嘘は無かったろう。
けれども円卓に波乱を、ひいては王の治世に影を落としかねない男だとずっと感じていた。
当たらねば良い予感は的中し、この男は王を深く傷つけ名誉を汚し……我が弟妹も私自身をも屠り捨てた。
憎むべき彼の性質。
それはむしろ高潔な騎士道精神に則ったものだった。
私はそんなものは持ち合わせなかったが。
…だからこそ彼を排除しようとする私の画策は誰にも理解されなかった。
アグラヴェイン、と彼がもう一度私の名を呼んだ。
触れてくるその指先の甘さを私は知っている。
本当に恐れるべきは彼の剛勇などではない。
誰にも触れさせはしなかった私の中の暗く冷たく重い棘。
ただその痛みのみを拠り所にしていた私の棘から鋭さを失わせてしまった、私にとっては
毒にも等しいようなこの男の甘やかさをこそ、……私は拒絶せねばならなかったのに。
「どうした?」
「……何がだ」
「子供のような顔をしている」
伸ばされてきた手が私の頬に触れる。
するりと撫で上げられて目の奥が熱くなった。
ただ冷徹であれた私はもうどこにも存在しない。
鼻の奥に涙の気配を感じながら、私は彼の首にゆるく腕を回した。