ほてりほてられはいるふろその季節にしかできないことはそのときに楽しんでこそ人生をより楽しめるというものだ。
ロボットにだって四季折々の行事を楽しむ権利はある。
フラッシュは通販で買った柚子3つと檜製の桶と、普段使っている体を洗うためのスポンジと風呂上がり用のバスローブとス○ルプDをもって、風呂場へ向かった。
今日は冬至。柚子湯に入るのだ。
定期的にメンテナンスしている機体は風呂に入って汚れを落とす必要はないけれども、風呂に入ると暖かくリラックスできるためフラッシュは風呂が好きだった。
風呂に入りたければ自分で沸かすことになっている。今はまだ夕方で、たまたま暇だったこともあり、フラッシュは自分のために風呂を沸かした。
風呂の広さは3平方メートルほどでそれなりに広い。バスタブはちょうど大人二人が寝そべることができるサイズである。
湯船に柚子を浮かせた。柚子は波に乗ってぷかぷかと漂っていく。
フラッシュは檜の桶にお湯を掬い、かけ湯をした。足の裏の汚れを落とすのを忘れずに湯で流す。
機体の表面のホコリがとれたところで右足からそっと湯につかっていく。
少し熱めの湯がじんわりと機体に伝わっていく。
今日は少し寒かった。気づかないうちに冷えていた末端が急激な温度差により痺れる。
腰までつかり、両手でバスタブのふちを掴み心臓の上まで湯が覆う。
水圧により、動力装置が圧迫され鼓動が早まる。
「ふー…」
息を吐き、首までつかり湯の温度に体を慣らす。この時間が心地よい。
だんだん湯の温度と機体の温度が同じになっていく。体が解けていく感覚を目をつむり、味わっていた。
ほのかな柚子の香りにも癒される。
ぱしゃり、と顔に湯をかける。湯の外はとても寒い。いったん温かな湯につかってしまえば、入る前までは耐えられていたはずなのに、その寒さにとても耐えられない気分になる。
もう少しだけ、湯につかってから体を洗うことにした。
すると脱衣所に誰かの気配がした。かと思ったら、スライド式の風呂のドアがカラカラカラと音をたてて開けられた。
「やっぱりな」
その声の主、見上げた先にはクイックがいた。捜し物を見つけたときのような顔をしていた。
クイックはフラッシュが使っていた檜の桶で湯を掬いザバーっと頭からかかりそのまま湯に入ろうとした。
「おい、待て」
クイックが風呂の淵に足をかけたところでフラッシュが言った。
「へ?なんで」
クイックは動作を、フラッシュの真剣な声を聞いて止める。
「足の裏、ちゃんと流してから入れ」
それをしない限り湯には絶対にいれさせないオーラが出ていた。
「わーったよ」
しぶしぶもう一度湯を掬い、風呂のふちに腰掛けて足の裏を流した。
そして、フラッシュがスペースを開けてくれた場所に、フラッシュの隣に同じように湯につかった。
「ふい~」
一気に湯につかったため急速に冷えていた体内循環液が温められていく。その温度差に目眩がするのが少し気持ち良い。
思わずうっとりする。
だから、ひとりで入りたかったのに、とフラッシュは思った。真横で、頬を上気させぼうっと空を見つめるクイックは本当に目の毒だった。やっと落ち着いてきたはずの動力装置がまた忙しくなる。
体と頭を冷やすためにも、いったん風呂から上がって体を洗うことにした。
「もう、上がるのか…?」
クイックが頬を染めたまま残念そうな顔をして見上げてくる。
「…体、洗ってなかったから」
目を合わせずに応える。きっと自分の顔もクイックと違う意味で赤くなっている。
じっと自分を見つめる目線から逃れるように頭からシャワーを浴びる。
水滴がフラッシュの機体をつたっていく。水滴の一粒一粒が照明に照らされて、体全体が光っているような…、まさにフラッシュだとクイックは眺めながら思った。よく似合う。
喧嘩仲間だった頃は、自分が風呂に乱入しようものなら、すぐに出ていくのが通常だったけれど、想いが通じ合ってからは逃げなくなった。受け入れられていると思うと、嬉しくてしかたない。体も心もぽかぽかだ。
フラッシュは熱のこもった視線をなるべく気にしないようにしながらシャンプーを適量手に取り、それを少量のお湯でといたものをスポンジに吸わせ泡立て、頭を優しくなでるように時間をかけて洗う。
目に泡が入らないように目をつぶったままシャワーに手をのばしたとき、ざばりとクイックが風呂から出た音がした。
「俺が流してやるよ」
その声が上から聞こえたと同時に頭にシャワーからでた温かい湯がかけられる。
泡が綺麗に洗い流されたところでキュッと蛇口が閉められ、シャワーがとまる。目を開けると目の前の鏡に自分の後ろでスポンジにボディソープを染み込ませているクイックの姿が映っていた。
「何してんだ…?スポンジ返せよ」
これから体を洗うというのに、なぜクイックが自分のスポンジを持っているのか。
「ついでに洗ってやる。ありがたく思え」
クイックは断られることを全く予想していない様子で、意気揚々とスポンジを握っている。
子供じゃあるまいし、なぜひとに体を洗ってもらわなければならないのか…。
「ありがたくねーけど、洗わせてやる」
普段なら断っていた。ここが風呂でリラックスしていたのと、この和やかな雰囲気を壊したくなかったから…というのは断らなかった理由にはならないだろうか。
それを聞いて少し嬉しそうな顔をして、手にしたスポンジでフラッシュの機体を撫ではじめるクイック。慣れていないせいか手つきがたどたどしい。遠慮がちに機体をスポンジで擦られるのがくすぐったい。
体を洗われている間、鏡に映った若干照れ気味の顔をして懸命に手を動かすクイックを観察していた。
クイックのことだから、もっと早急で乱暴にされるのかと思っていただけに意外だった。
それどころか、自分に奉仕する様子は…見ていて案外悪くない。
クイックはとりあえず背面を洗い終え、夢中で動かしていた手を止めて顔を上げると、鏡に映ったフラッシュと目があった。神秘的なアメジスト色の瞳がじっと自分を見つめていた。目があった瞬間、息が止まり、その瞳のフレームの中に閉じ込められる。時が…止まる。
動きが止まったクイックを見て、フラッシュは口元だけで薄く笑った。
さっきまで翻弄されていたのは自分のほうだったのに、急に立場が逆転した。
この状況を生かさなくてどうする。体は冷えてきていたのに対して、別の部分には火が灯り熱を帯び始めていた。
フラッシュに笑われたクイックは、魔法が解けたようにバッと顔をそらした。じわ…と目尻を赤くして、スカイブルーの瞳には動揺の色が見え隠れしていた。
「前は自分で洗えよ…ほら」
照れた様子でフラッシュを見ずにスポンジを渡してくる。
積極的なようで、いまひとつ押しが弱いクイック。だからこそ自分が強引にならざるをえないことに不本意さを感じながらも、フラッシュはこの関係が嫌なわけではなかった。
「お前が言い出したんだろ?責任もって最後までやれよ」
スポンジを差し出した手首をグッと掴み、目を合わせないクイックの耳元に顔を近づけ、わざと息がかかるように低い声で言った。
「ぅわ…っ!!」
冷たくなっていた耳に生温かい吐息がかかり、ぞくりとするのと連動して寒さに体がぶるりと大きく震えた。
クイックのその動きを見てフラッシュの中で何かがカチリと音をたててonの状態になった。
「………ふぅ……、わかったよ仕方ねーな」
ひと呼吸して少し体を落ち着かせてからクイックは言葉を返した。
鏡を背にしたフラッシュと向き合う。膝をつき、フラッシュにまるですがりつくような形になる。
これではますます間近でフラッシュの視線にさらされてしまう…。
「俺もお前の体、洗ってやるよ。スポンジないから手だけどいいよな?」
「えっ!?」
そう言ってフラッシュはクイックの返事も聞かずボディーソープを掌に直接とり、桶の湯を適当にかけて素早く手で泡立て、クイックの機体に手を伸ばした。クイックとしては、まさかフラッシュが体を洗ってくれるとは思ってもみなかった。予想外すぎて嬉しいような困るような、とにかく心の準備が追いつかないままに、装甲の表面をフラッシュの大きくて冷たい手によりヌルヌルとした感触が広がっていく。
「ちゃんと洗えよ、クイック」
至近距離で名前を呼ばれ、フラッシュの手の感触に集中していた意識が呼び戻される。気を取り直して、フラッシュの肩に左手をかけ、右手で鳩尾のあたりを洗おうと少し屈んだとき、フラッシュの両手が普段隠れがちな横腹から脇の下までを撫であげた。
「…っは……」
気持ちよくて思わず顎が上がる。内側の快感を逃すように息を吐いた。
これでは満足に洗うことができない。それなのに、フラッシュの手のひらはそこを何度も往復する。
「はぁ……は……フラッシュ、お前、ワザとだろ…?」
フラッシュの両肩に手をついて下を向いて荒い息をしたクイックが尋ねる。
とはいえ、ワザとだろうとそうでなくてもフラッシュの手から逃げ出したいとは全く思っていない。
風呂椅子から降り、膝立ちになってクイックを抱きしめるような体制になりながらフラッシュは応える
「…お前が風呂に入ってきたのはワザとじゃないのかよ?」
それは責めるようなきつい言い方ではなく、ただ応答するために選んだ言葉をめんどくさそうに述べているだけのように聞こえた。それはクイックと同じようにどちらでも構わないとでも言いたげな様子だった。
抱きしめるように背中を這っていた手が下に降りてくる。
マッサージするように、腰そして尻、内腿と撫で回される。快感に余白を奪われた頭で考える。フラッシュが風呂に入っているから一緒に入りたいと思った。ただそれだけだったけれど…もしかしたらこういう展開を望んでいたのかもしれない。よりお互いを近くで感じられるような…触れ合えるようなことができるかもしれない、と。
だから、あえて…
「ワザとに、決まってんだろ…」
と嘯いて、体を離してフラッシュの顔を見た。そこには自分に夢中な顔をした一体のロボットがいた。
自分ばっかり気持ちよくしてもらっているのではないかと心配していたけれど、ちゃんとフラッシュも楽しんでいたようだ。
そのことが嬉しくて今度は自分から、その紫のフレームの中に飛び込んでいく。噛み付くように唇を奪った。
「へへっ隙あり」
そう言ってイタズラっぽくニカっと笑うクイックを見て、あまりに無垢なその態度にフラッシュの中の熱は一気に冷めた。実際に機体も湯冷めしていた。
「寒ぃ…」
シャワーの蛇口をひねる。出てきた温かい湯をクイックにかけてやる。放置されていたスポンジを拾い泡をゆすいで綺麗にして、クイックの機体を撫でていく。
しかしクイックは「さ、寒いならお前がかかれよシャワー」そう言ってシャワーから逃れようとする。
さっきは抵抗しなかったのに、変なところで兄貴ぶろうとするんだから…。
「いいから大人しくしろ」
少し苛立ち気味にフラッシュは言った。
「な、なに怒ってんだよ?」
泡を流されながら、クイックは尋ねる。理由が分からない。
「怒ってねーよ」
クイックを流し終えて、自分にシャワーをかけながら、フラッシュはおざなりに答えた。
「…」
綺麗になったところで再び湯につかる。先に入っていたクイックの隣に腰を降ろした。
しばらく静かに体を温めた。(風呂には保温機能があるので湯は冷めていない)
ほのかに柚子の香りがしている。
「なぁ、フラッシュ」
「…」
「また一緒に風呂、入ろうな」
「………来年な」
「なんで来年なんだよ!?」
「なんででも」
「…フラッシュのアホ!!」
ビュビュッ!バシャッ
「うわっ」
クイックはフラッシュに水鉄砲を食らわしてそのまま逃げるように風呂から上がった。
一人残され、再び静かになった風呂をしばらく満喫した。やっぱり風呂にはゆっくり入るのが一番だ。
しかし、風呂から上がると、バスローブがなかった。
「クイック~ッ!!俺のバスローブ返せバカヤロー!!!」
<fin>