空閑汐♂デイリー800字チャレンジ：09　人間というのは、こんなにも綺麗な弧を描いて飛ぶものなのか。高師駿馬はその光景を見ながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。
「アイツ、また汐見怒らせたな」
　夏休みに入っても、全寮制のこの学校から帰らない人間は多少は存在している。高師しかり、隣でボソリと言葉を漏らしていた篠原しかり。そして彼らの目の前で模擬試合を行なっていた筈の汐見と空閑もまた、帰省をせず学校に残った生徒であった。
「……あれ、本当に汐見なのか？」
「汐見じゃなかったら誰なんだよ」
　思わず防具で覆われ表情が見えない二人の男達が自分の認識と相違ないか確認してしまう高師に、篠原は苦笑混じりで相違ないと口にする。高師が知る汐見は長身の部類に入るだろう高師自身とあまり変わらない身長ではあるが、今宙を飛んだ空閑よりは背が低く、体格にしても空閑よりは薄い体つきをしていた筈だ。
「空閑が汐見を飛ばすなら解るんだが……」
「アイツ、体幹と筋肉すげぇもん。剣道初めて一年ちょいの空閑相手なら体当たりで普通に飛ばすぞ」
「待て、空閑は経験者じゃないのか！？」
　思わず声のボリュームが上がる高師に、篠原は小さく笑う。顧問が居たら大目玉だろうが、この道場には自主練と称して集まった四人の男だけしか居ない。
「空閑は正真正銘高校から剣道はじめた初心者だぞ、流石パイロットコースというか、運動神経の権化というか」
「たまに空閑から一本取られるんだが……」
「たまに汐見も取られてるから気にすんな」
　既に立ち上がり鍔迫り合いをしている空閑と汐見を見ながら、高師と篠原は言葉を交わす。床を踏み鳴らす音と気迫の声――そして気持ちいい程に抜かれた胴が捉えられる竹刀の乾いた軽やかな音。審判も立てずに行われる彼らの戦いは、汐見に軍配が上がったようだ。
　互いに礼をし高師と篠原を挟んで面を外す彼らを見ながら、篠原は隣に座る汐見へと声を掛けた。
「ていうか、空閑は何やらかしたんだ」
「……奥までやりやがった」
　ボソリと溢された汐見の言葉に、「え？」と言葉を漏らしたのは高師だった。そんな高師の声に被せるように上げられた「お前黙っとけ！」という篠原の声はあまりにも遅すぎて。
「だから！　ヒロミが！　俺の腹の奥の奥まで！　突っ込みやがったんだっつの！　何もない日の前夜だけだっつっただろ！！」
　朝マジでキツかったんだからな……許さねぇ……なんて言葉を呪詛のように呟く汐見に、その言葉の意味を理解しかねた高師は篠原へと視線を向ける。
「深く考えるな、いつもの事だから」
「だってアマネが可愛くてさぁ」
　呆れきった篠原の言葉に、言い訳のような空閑の言葉が飛んでくる。空閑の放つ言葉もまた、高師には理解し難いもので。
　線が細く体つきも一見すれば薄く見えるものの、淡々と口から出す言葉には口の悪さが出ている上に顔立ちは整っている方ではあるだろうが目つきだって良いとは言い難いような男が汐見天音である。強いて言えば名前の響きは可愛らしいかもしれないが、高師がそれを言えば恐らく汐見の手によって道場の床に沈められるだろう。
「よぉし、ヒロミお前表出ろ。ステゴロで沈めてやる」
　防具を全て取り去り袴姿の汐見はそう口にしながら、風通しを少しでも良くしようと解放してある非常口を顎で指す。
「アマネそれ容赦なく俺の顔狙うつもりだよね。いいよ、やろっか」
　へらりと笑いながら、空閑もまた防具を全て外して立ち上がる。そんな二人に思わず高師は叫ぶのだ。
「いいよやろっかじゃない！　ていうかお前ら、そもそも喧嘩をするな！」