空閑汐♂デイリー800字チャレンジ:20 汐見が吐き出した二酸化炭素を、フェルマーは目敏く指摘する。
「なに物思いに耽ってんのさ」
「別にそんなんじゃない」
再び汐見から吐き出される溜息に、小さく笑い「どうせ何で隣に居るのがヒロミじゃなくてボクなんだって思ってるでしょ」なんて言葉と共にペンを指先で弄ぶフェルマーへ視線だけをじとりと向けた汐見はパイプ椅子を鳴らしながら背を伸ばし、不本意そうに眉を寄せる。
寮のロビーに置かれた長机に並んで座る二人は、新入生の入寮受付を仰せつかっていた。入寮受付開始日に寮に居る三年生が少なすぎた為に、愛想の欠片すら捨て去ったような汐見までもが駆り出される事となったのだ。
「ヒロミが居ないと、何か落ち着かないというか、座りが悪いというか」
ポツリと零された言葉に、フェルマーは意外そうにその晴れた空と同じ色の瞳を瞬かせる。年明けにも思ったが、この気難しい友人は存外彼と同じコースである人の良さがその姿に滲み出ているような友人にべったりだ。
「アマネとヒロミって、ヒロミがアマネの事好き好き押せ押せって感じだと思ってたけど、アマネも結構ヒロミの事大好きだよね」
入寮開始日なんて、そんなに新入生も来やしない。フェルマーは片腕を机に乗せたまま、汐見へとずいと身を乗り出しながらそんな事を口にする。
汐見はといえば、そんな前のめりなフェルマーから逃げるように上半身を反らしその視線もふいと逸らすのだ。
「そんな事……あぁ……そうかもしれない」
フェルマーの言葉を否定しようとして失敗した汐見は、自身の表情を隠すように片方の手のひらで顔を覆う。そのまま名簿が置かれた長机に突っ伏した汐見を見ながら、こんな光景どこかで見たなぁなんて小さく笑う。
あれは確か去年の秋だ。正反対のように見えて、この二人は意外と似ている。似てきているとも言えるのかもしれない。
「アイツになら、駄目にされてもいいと。その位の事は思ってるんだ」
きっと汐見はその言葉を空閑には告げていないのだろう。そんな予感と共に、フェルマーは羨ましげに机と一体化しそうな汐見を見つめる。わかる、好きな相手にはどこまでもダメにされたいよね。なんて言葉は口にせず。
「恋だねぇ」
雪に閉ざされていた北の大地に春が芽吹くのはもう少し後だ、けれどこのロビーには少し早い春の兆しが見えた。そんな思いと共に零されたフェルマーの言葉に、汐見は机と一体かしたままでその整った相貌をフェルマーへと向け切長な瞳をパチリと瞬かせる。その表情は、どこか小さな子供のようで。
「……これが、恋なのか?」
「アマネがそう思ったなら、恋なんじゃないかな」
不思議そうな表情と共に口にされた汐見の問いに、フェルマーは楽しげに言葉を紡ぐ。そんなフェルマーの答えに、汐見は何かを噛み締めるように口の中でだけその単語を大切なもののように小さくもう一度だけ口にした。
「これが、恋か」