文披31題・夏の空閑汐♂祭:Day10「お前、クラゲっぽいよな」
ベッドサイドに置かれたスタンドに取り付けられたタブレットを指先で弄びながら、気怠げにベッドに寝転ぶ汐見は呟く。昼下がりの寝室で下履きだけを纏っただけで、シャワーを浴びさっぱりとした肌には朱い情交の痕が残されていた。
「え、俺そんなに脳味噌ない……?」
窓際に腰掛け燦々と差し込む太陽の光と初夏の爽やかな風を受けながら、空閑は汐見の言葉に首を傾げる。ベッドから動こうともしない汐見は、そんな空閑へと「何でそこ拾うんだよ」と呆れたように笑うのだ。
「そうじゃなくて。不思議な生き物というか、謎だよな」
「え、そうかな?」
「あとフワフワはしてるよな」
「やっぱり脳味噌無いって話じゃん!!」
ぎゃんと喚いた空閑に、ベッドの上でくつくつと笑い声を上げる汐見は「脳味噌はあると思ってるぞ、無かったら航宙士学院行けないだろ。流石に」と空閑を宥めるように言葉を重ねる。
「なんだかんだ、三年以上一緒にいるけどさ。俺あんまりお前の事知らねぇなって思って」
「そうかな?」
「お前の事で判ってんのって家族構成が両親と弟、野菜より肉の方が好き、意外と甘党、運動神経は良い方、持久力はバケモノって位だろ」
「そんなもんじゃない? 俺だってアマネの事で知ってるの、家族構成が両親と妹、結構野菜も食べる、甘いのはそこまで好きじゃ無いけど和菓子は好き、瞬発力と運動神経がヤバい、意外とフィクションも読んだり見たりしてて古い音楽が好きって位だし。あぁ、あと乗り物とか機械も好きだよね」
汐見が指折り言葉を紡いだ後に、空閑は人差し指で指揮をするように宙に線を描きながら言葉を紡いでいった。
「お前の方が色々出せるよな」
「まぁ、ずっとアマネの事見てるしねぇ」
「……俺はもっとお前に興味を持った方がいいのか」
不貞腐れながらそんな言葉を溢した汐見に、空閑は不思議そうに首を傾げる。
「興味持ってもらえたら嬉しいけど、何で?」
汐見の言葉が上手く理解できないと不思議そうに言葉を返した空閑に、汐見は困り果てたように唸り空閑から逃げるように彼へと背を向けていた。
「ゆっくりでいいよ。アマネが思ってる事、訊かせて?」
小さい子供に言い聞かせるように、窓際からベッドサイドまで足を進めた空閑は背を向けてしまった汐見のさらさらとした艶やかな髪を撫でる。
「俺は、お前に報いられているか?」
少しだけ揺れた汐見の言葉に、空閑は訝しげに眉を寄せながらその言葉を反芻して。
「え? どういう事? 報いるとか、どこをどう取って?」
汐見の言葉を反芻したところで全く意味がわからないと顔を顰めた空閑に、汐見も眉を寄せて「お前ばっかりが俺に好きって言ってくれて、俺の事知ってて――俺はお前の事全然知らないし、好きって言葉にも出さなくて。我ながら良くこれでヒロミに好かれてるもんだなって思ったんだ」と自嘲げに笑う。
そんな汐見の言葉に、空閑は呆れたように笑みを浮かべて肩を竦めた。
「あのさぁ、アマネが人間関係に対して不器用で、口悪くて、他人に興味なくて、ついでに口下手なんて三年間も一緒に居ればちゃんと分かってるんだよ。そんなアマネが俺の事あれだけ見ててくれるだけで俺は満足してるし、アマネは口よりも態度の方が分かりやすいんだよ。だから、大丈夫」
幼子をあやすように、ゆっくりと髪を撫で――小さく笑いながら「それにしても、珍しいね」と空閑は口元を緩める。
「アマネが弱音吐くなんて。俺としては、甘えてもらえてるみたいで役得だからいつでも弱音吐いてくれていいんだけど」
甘えるのすら下手なんだからさ、と頬に触れるだけの口付けを落とした空閑はベッドから腰を上げる。
「吉嗣先生から、葛切り貰ってたんだった。一緒に食べよ」
空閑の言葉に、汐見はゆっくりと頷いてようやくベッドから這い出したのだ。