文披31題・夏の空閑汐♂祭:Day17 ずっしりと重いボールペンで、白い紙に黒い軌跡を残す。あまり上手くはない字が並ぶ紙を見て、空閑は満足気な笑みを浮かべていた。
「何やってんだ」
「改めて漢字で名前書いてみたんだけどさ、俺らの名前って海と空が入ってるんだなぁって思って」
汐見天音、空閑宙海と縦に並べて書かれた名前に書き足すように傘を付けた空閑に汐見は「何やってんだか」と呆れたように笑う。しかしその笑みは呆れの色が混じりながらも満更でもなさそうで。
「良いじゃん、相合傘。一度やってみたいな」
「デカい男二人でやったらお互いにはみ出るだろ、合羽でも着てやるつもりか?」
「それいいね!」
皮肉るような汐見の言葉に大きく頷いた空閑に「もう何でもいい」と汐見は投げやりな言葉を放つ。この反応は悪くない、と空閑は口元に弧を描いた。
「それはまた雨降ったら考えるとして、アマネの名前って見た目からして綺麗だよねぇ。夕暮れの海を見てたら天からの音が降ってくるって感じ?」
「あまり気にした事ないな。縦書きにするとバランスは良いと思ったことはあるけど」
空閑の手にしていたボールペンをそっと抜き出して、同じように――しかし空閑の書いたものよりも綺麗な字で余白に互いの名を書き連ねた汐見は「ヒロミの名前もバランス良いよな、縦書きだとほぼ左右対称で。海のアンバランスがアクセントになってる」と自身が書いた文字を真っ直ぐ見つめていた。
「でも、ちょっと寂しい感じがするんだよね。字面かな?」
弟は大地って言うんだけど、俺のは何か茫洋としているっていうか。そう重ねた空閑に、汐見は余白に今度は空閑大地と書き付ける。ふむ、と小さく唸った汐見は「大地、だと果てが見えるからじゃないか?」と首を傾げる。
「宙海だと海と空が交わって果てが見えないように感じるだろ。だから茫洋としてるなんて思うんじゃないか?」
重ねられた汐見の言葉に、空閑は成程と頷いて。晴れた日の青空と水平線なんて薄い青と濃い碧という色の違いでしかない。大地のように地平線と空がはっきりと分かれていたり稜線という区切りが海と空の間には存在していないのだ。
「まぁ、俺はお前の名前のが綺麗だと思うけどな。果てのない空と海とその向こう、全部持ってるみたいで」
俺は好きだぞ、お前の名前。上機嫌で口元に弧を描いた汐見の言葉に、空閑は自身の頬が熱くなっていくのを感じていた。