――あ、まただ。
僕のためだけに並べられた甘くやわいデザートを食べている最中、射竦められるような視線を感じて、顔が上げられなくなる。
獲物を品定めする猛禽類に似た種類の眼差しを向けられると、凪いでいた気持ちが穏やかでいられなくて困るんだけど、見ないでくれ、なんて自意識過剰な言葉を口に出せるわけもない。
始まりは、些細なことだ。
甘いものをたっぷり食べていると、相棒がいい顔をしない。まあ、あまり気にせず口にしてはいたし、彼もこちらから無理に勧めなければ舌打ちひとつで済ませていたから不都合はなかったのだけれど、最近の傾向として、相棒が外食するときに限ってやたら豪華なデザートが付くようになった。そして、その後に続く時間の過ごし方が、決まっている。
ふかふかのパンケーキは、きめ細かな砂糖がたっぷり生地に練り込まれていて、噛み締める度に沁みだすような甘さが口の中に広がる。皿の上をひたひたにしたメープルシロップで溺れそうな生地の上にはアーロンの手の平でもおさまらないくらい高く積まれた生クリームと、砂糖や蜂蜜に漬けた果実が山ほど乗っかっている。蜜がけのイチゴとラズベリー、ブルーベリーにプラム、チェリー……種を抜いているから少しだけ嵩を減らしたフルーツは、つやつやと輝いて見えた。目にも楽しい、みているだけで幸福を感じるスイーツを前にした僕の高揚が、ガリガリと削られていた。
とても美味しそうだし、事実、美味しかったはずなのに、味がわからない……‼
「ボス、どうかしましたか?」
上質の楽器が奏でるような甘い響きが耳に届く。
思わずビクっと肩を揺らし、うっかり顔を上げてしまった僕を、彼はどこか楽し気に眺めていた。
きらきらと輝く甘い果物より、蠱惑的に煌いた紫に囚われてしまいそうで、観念して深い溜息をつく。
「うう……ずるいぞ、君は」
「お褒めに預かり恐縮です」
にこりと完璧な笑顔を張り付けたチェズレイを憎らしく感じながら、切り分けたパンケーキの一欠片を頬張る。幸せな味が口いっぱいに広がって、それはそれは幸せな気分に浸れたけれど、もっと幸せになれると覚えてしまった僕は、これだけじゃ足りない。
居心地の悪さを覚えながらも、かけら一つ残さず、幸せな甘さを享受した僕がフォークを置くと、あっという間にテーブルの上が片付いてしまう。まるで魔法のようだなんて考えている間に、食後の紅茶が出てきた。いつもなら砂糖がティースプーンに山盛り三杯入っているけれど、スイーツを食べたあとだけはストレートで出されることが多い。今日も多分に漏れず、すっきりとした苦みとふくよかな香りを楽しめるストレートティーが供されていた。
「皿洗いくらい、僕がやるのに」
どちらかといえば猫舌の僕に合わせた、温かな紅茶に口をつけながらぼやくと「ボスのお手を煩わせるほどのことではありません」とチェズレイが嘯く。
飲み切るのと、彼の作業が終わるのはいつもほとんど同時で、今日もやっぱりそうなった。恨みがましい目を向けていると、フッとチェズレイの目元が優しく緩む。悪戯っぽく眇められた視線に絡めとられてしまえば、白旗を上げるしかない。
「何か、仰りたいことでも?」
「いっぱいある」
「なんなりと」
近付いてきた彼の腕に包まれながら、目を閉じれば口付けられる。
言いたいことがあれば、と口にしながら塞がないでほしい。でも、拒むことをしない僕は、言葉よりも雄弁にその心を伝えてしまっていた。
「っは……、ん、すき……だよ」
「ええ、私も愛していますよ」
深い口付けを交わしても涼しい顔をしてばかりの相手は、僕から誘う言葉が無ければこのまま離れていくかもしれない。それはあまりにも惜しくて、けれど、まっすぐに欲をぶつけることもなかなかできなくて、彼の背中におずおずと手を回した。
「くるしい、よ……」
「お可哀想に……では、私の部屋へまいりましょうか」
蠱惑的な声音にひそむ僅かな欲を引き出せたことに満足感を覚えながら、僕は彼の腕の中でこくりと頷いた。