「……もう、こんな時間か」
ぐっと背をそらして伸び上がると、凝り固まった身体に少しだけ血が巡る。かるく首を回せば、ボキボキと派手に関節が鳴った。
時刻は日付を過ぎる十五分ほど前。
少し根を詰め過ぎたらしい。デスクに張り付いたまま数時間が経過していて、トイレにも立たずに集中していたものだから、こうやってふと気を抜いた瞬間一気に疲れが襲ってくる。
のろのろと帰り支度をしていると、タブレットが鳴った。支給されている物とは別の、プライベートで使っている回線の方だ。こちらに連絡してくる人間は限られている。時間帯を考えると、アーロンだろうか。認証してトークアプリを開くと、はたして相手は思い浮かべた人物だった。
『今日は帰らない』
端的な言葉だけが液晶に浮かぶ。
仕事の関係だろうか。それともどこかへ遊びに行くのだろうか。
どちらにしても、僕が踏み込むことを許されていない領域だ。
『わかった』
それだけ送ったら、なんだかすぐに帰るのが億劫になってしまった。
家に帰ったところでアーロンはいないし、食事を作るのも面倒だ。
だったらもう少し遅くなったところで問題ないし、どこかで食べて帰るかな……開いている店があればいいんだけど。
そう思いながら近場の飲食店を検索してみたけれど、あまりピンとこない。
お腹は空いているのにどうにも動く気になれず、デスクの隅に置いていた栄養補助食品に手を伸ばす。シリアルをチョコレートで押し固めたそれを齧ると、口の中に濃いチョコレートの甘さと微かな塩気が広がった。味で選んだから大して栄養価は高くないけれど気に入ってる。
まるまる一つ食べきると、ひとまず腹の虫も落ち着いた。
それと同時に、じわりと寂しさみたいなものが胸に押し寄せる。
一緒にいない間、アーロンは誰とどんな時間を過ごしているんだろう。そんな益体もない事を考えていると、なんだか変に落ち込んだ。
……僕はやっぱりゲイなんだろうか?
何度かの自問を繰り返すけど、どうもピンとこない。
アーロンのことを好きだと思う気持ちはあるけど、他の男性に欲を感じたことがないせいだ。そもそも自覚したのが最近のことで、色々考えるうちに一ヶ月くらい前に入れてみたゲイ向けの出会い系アプリをなんとなく開く。
「あれ……なんかきてる」
プロフィールだけ登録して放っておいた間に、メッセージがいくつも送られて来ていた。写真もなにも載せていない相手に、よくこんなに連絡がくるものだと思いつつ、疼く好奇心に逆らえず開いてみる。
訥々とした語り口で自己紹介から始めるメッセージはごく少数で、あからさまな誘いや卑猥な言葉が並ぶ中、ひとつのメッセージに目が吸い寄せられた。
「あ……」
自分で撮ったのだろう、鏡越しに上半身裸の状態を写した写真が添付されていた。
無駄な贅肉のない身体。肌の色合い。すらりとしなやかなシルエット。
「そっくりだ……」
呆然とした呟きが零れる。