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    鋼鋏作業進捗20240124カットマンの眼前に置かれたそれは、文字通りに粗削りだった。
    それは木片を削って作られている。大まかにヒト型をしていて、人間のそれにしてはやけに大きな頭部から二本の角のようなものが飛び出ていた。
    ……「カットマン」を模した木像らしい。


    経緯を全て語ると大層長くなってしまうためある程度割愛するが、カットマンは以前、メタルマンから誘拐を受けた。
    誘拐の目的は「カットマンと会うこと」。
    会うだけ会って、コミュニケーションもそこそこに、メタルマンはカットマンを解放して去ってしまった。以降、メタルマンがカットマンの前に現れたことはない。
    カットマンの方はあの日行った有線接続の感覚を忘れられずにいるというのに。

    カットマンのほかにも実はワイリーナンバーズとの交流を持っているライトナンバーズは何体もいて、カットマンは「ロックとロールの次にお兄さんのロボット」として彼らの秘密の相談を聞く立場にあった。
    次第に、ずるい、と思うようになる。オレだってもう一度メタルマンと会いたいのに、あいつとの連絡手段がないんだもの。
    そして紆余曲折の末、大胆にもワイリーナンバーズと同棲を開始し、しかもそれをライト博士に秘匿したまま何食わぬ顔で過ごしているトルネードマン……の、相方・・であるところのジャイロマンにカットマンは接触し、そして要望を押し付けた。
    「『カットマンは待ってるぞ』とそう伝えてほしい」、実際に伝わるかは半ば博打で、祈りのようなお願いだった。

    結果として得られたのがこの木像である。メタルマンがここ数ヶ月ほど、「趣味」と称して作っては雑多に配り歩いているのだという。その「趣味」はマグネットマンから教授されたものらしいと聞いて、袂を分かった元・兄弟の健在にカットマンは安堵したが、一方で疑念を抱いた。
    なんでオレの姿を木に彫っているんだろう……。
    模造品を作るぐらいなら、実物に会いにくればいいのに。


    ジャイロマンを伝書鳩代わりに利用して(彼はその扱いに憤慨していたが)、カットマンはメタルマンに伝えた。
    「口実なんていらないから、会いに来い」。

    一応、日時と待ち合わせ場所は指定してある。
    デートの約束に似ている、ということはその日の前日になって気づいた。



    「腕は捥ぐなよ」
    「捥がない。俺を以前と同じと思ってもらっては困る」

    そう、と頷いて、カットマンは正面に立つメタルマンの姿を眺めた。
    改めて見る彼の機体の表面には、細かな傷が無数についている。

    待ち合わせ場所は以前カットマンが誘拐されて監禁された山小屋だ。曰く、これは第五次世界征服作戦の際に各地に設置した仮拠点の一つであるらしい。道理でトルネードマンの住んでいた家の構造に見覚えがあったわけだ。
    かつてと同じくじゃりじゃりした床面を無意識に脚で擦りながら沈黙を味わうが、いつまでもこうしているわけにはいくまい。カットマンにはやることがあった。

    「で……その。オレが今日お前を呼んだのはな」
    「うん」

    うん、と来た。以前にも思ったが、こいつは図体と見た目の迫力の割に案外挙動が素直で子供だ。何故だか恥ずかしくなるような心地で視界の縦幅を狭めながら、カットマンは後頭部を掻く。

    「ああもう、えっとな、お前に見せたいものというか、行ってほしいとこっつーか、ええと」
    「……」
    「とりあえずさあ」

    ぴ、と人差し指を立て、メタルマンを指さした。

    「その機体の刃物、全部取れる?」


    取れた。

    「……っくく……んぶっ……ぶふふ…………」
    「おかしいか」
    「おかしいっつーか……ウケる……」
    「そうか」

    ひー、と一声あげて排気を落ち着かせる間も、メタルマンはやや困ったような顔で腹部を抱えるカットマンを見ていた。
    カットマンは取り外したメタルマンの肩パーツや額の装飾、イヤーパーツ上の棘じみた飾りなどを布で包んで、持ち込んでいた大きな帆布のトートバッグにしっかり収める。刺々しい刃物を取り去ったメタルマンは見た目だけならまるで一般の工業用ロボットだ。装飾の嵌っていた部分にぽっかり穴が開いているままの頭部がやけに笑いを誘ってくるが。

    「はー、しっかしその頭の穴なあ。まんまにしとくとちょっとまずいか」
    「そういうものか?」
    「違和感はあるかもな。これでもつけとけ」

    トートバッグの中から手ごろなサイズのゴムキャップを取り出し、メタルマンの頭部に押し付けた。オーダーメイドではないのでややぐらついているが、多少の動きで落ちたりすることはないだろう。カットマン自身は普段使いの革製カバーを頭部の鋏に装着し、これで支度は完了である。

    ワイリーが引き起こしたダブルギア騒動からはそれなりに期間があいている。かつての事件の情報を引き出して対策を講じる手合いももう鳴りを潜めたし、額にゴムキャップをはめ込んだロボットのことを戦闘用だと一見してわかる人間もそうはいまい。
    刃物を取り外したのには訳がある。カットマンはこの度、メタルマンを市井へ連れ出そうとしていた。

    「それで、どうするんだ。行きたい場所があるという話だったが」
    「おー。道案内はしてやるよ、お前はついてくるだけでいいから。……ま、こっからじゃちょっと遠いかもな。泊まりも見越しといてくれ」
    「ふむ、そこまでの長距離移動とは。ショートカットは必要か?」
    「……一応何するつもりなのか聞いとこうか」
    「博士の開発したテレポーテーション装置がある。今日ここに来るときもこれを使った」

    ほら、と差し出されたこぶしサイズの装置をじっと見て、カットマンは考えた。そういえばロックマンも出動の際にはテレポートマシンを使っている。ドクターワイリーは性根こそ悪いが技術力自体は本物なので、使っても問題はないだろう、おそらく。
    ただ、これをメタルマンに使わせると、また誘拐されるかもしれないので。

    「ありがたく使わせてもらう。ただし操作はオレがやる」
    「俺に誘拐されることを警戒しているのか。二度とやらん。誓っていい」
    「ああもう調子狂うなあ!」

    メタルマンは以前に比べ、妙に察しがよくなっている気がする。男子三日会わざれば刮目して見よとは言うが、ロボットもそういう風に変化するものなのだろうか……



    数度のテレポートを経て、目的地近くの路地裏に出る。人目に付かないそこから暖色の機体を持つ二機のロボットが現れたとて、都会の人込みは気にもしない。カットマンはそのまま歩き出そうとしたが、ふと立ち止まって後ろを振り向いた。メタルマンが路地の日陰から出てこない。様子を窺うようにアイカメラを左右させながら、左足を出したり引っ込めたりを繰り返している。

    「何してんだ? 折角早く着いたんだから行っちまおう」
    「いや、どう表現すべきか……」
    「何」
    「……人、ってこんな多かったのか」

    ぱちん、とカットマンは瞬いた。もしやこいつ、人慣れをしていないのか。
    しかしよくよく考えてみればそれは当然のことかもしれない。ワイリーナンバーズの彼らがどういう環境で暮らしているのかカットマンには知る由もないが、想像するにきっとワイリー基地にいる人間はワイリー一人であとは全員ロボットだろう。メタルマンは純戦闘用のロボットだし、カットマンのように改造されたロボットと違って復帰先の職場もないし再就職だって考えられなさそうだ。
    だから、第二次世界征服作戦の後は人前に出ることもなかったはず。メタルマンが作られた当時から人口も推移しているし、世間の様子について無知なのだとすれば、人の多さに戸惑うのだって無理もない、かもしれない。
    ……もしくは、別の何かが要因だったり、とか?

    「メタル」
    「……」
    「お前、今も人を襲いたいとか考えるか?」

    世界征服のため、人を攻撃できるように作られたロボットだ。そういう衝動に駆られているのなら目的地には連れていけない。念のため訊いてみたところ、メタルマンは小さく首を横に振った。

    「いいや。博士の命令は出ていないからな。それに俺一人がここで攻撃を始めたところで博士の威光は示せないだろう」
    「ふーん……ならいいか。じゃあなんで出てこないんだよ」
    「未知の環境に警戒している。一度態勢を整えてから……」
    「何言ってんだ。行先までのショートカットを提案したのはお前だろ」

    カットマンはメタルマンの手を引いた。十代のそれを模して生成された人格特有の衝動性に乗っかって、武器を持つための手を握る。メタルマンの二世代前のハンドマニュピレーターは関節部の動きがややぎこちない。え、と聞こえた声を無視して、カットマンは歩き出す。引いた手の後にちゃんと体がついてくるのを確かめながら、目的地までの距離を計算し始めた。

    「行こうぜ。こっからなら十分も経たないぐらいのとこにあるから」
    「ああ……」

    赤面ができる仕様の頭部でなくて良かった、と内心胸を撫でおろしつつ、カットマンは排気を強めた。
    向かう先は、最近寂れつつある施設。
    ロボット博物館である。


      *****


    ロボット博物館は基本的に入場料金無料だ。企画展を有料展示室でやっているようではあるが、今日はそこには用はない。入口の守衛ロボットの敬礼にぎこちない会釈でもって返し、カットマンに手を引かれるままメタルマンは未知の世界に踏み込んだ。

    「ここは人がいないな」
    「誰一人、ってわけじゃないけどな。つっても今日はツイてるよ、社会見学の子供もいないし」
    「子供……」
    「見たことないわけじゃないだろ」

    どうだっただろうか。メタルマンは電子頭脳内のデータベースを掻きまわす。子供。こども……そういえばロックマンは少年型のロボットだった。ああいうかたちのものか。
    ふむ、とひとりで頷いているメタルマンの様子をどうとらえたのか、カットマンは歩く速さを緩め、繋いでいた手をごく自然に離した。握られてこわばっていた右手の動作を確かめてから、メタルマンは左右に揺れる大きな鋏を目印に進み始める。絨毯の敷かれた床は足音もせず、妙に歩きづらかった。

    壁面に貼られた解説文も、ロボット工学発達の歴史展示もスルーして、メタルマンの焦がれたロボットは進んでいく。街中を歩いていた時と速度はたいして変わらないのに、追い付くのに少々努力が必要だった。薄暗い室内に不意に刺さった照明にアイカメラの感度を落としながら、空気を掻くようにして進んでいく。途中何人かの人間とすれ違ったが、誰もが飾られているものに夢中で、ただ歩いているだけのロボット二機のことなど認識すらしていないらしい。排気音が妙に響く部屋の中央にあるものは、いつかどこかで見たような。

    「アレはガンマだな」

    部屋を通り抜けながら、カットマンがぽつりとこぼす。

    「うちの博士の夢の残骸だよ」

    大きなヘルメットのような鉄塊は、いつだかロックマンが壊したロボットの一部らしい。
    渡り廊下を抜けた先が、最後の展示室のようだった。


    これまでの部屋も十分に静かだったが、最後の展示室に入った瞬間、すべての音が消え去ったかのように錯覚した。そんなことはない。メタルマンの全ての感覚器は正常に作動し続けている。
    ただ、視線の先にあったものが、視覚以外の全てを阻害している。

    カットマン・・・・・が、あった。

    「これを見せたくてさ」

    薄い水膜が張られたように、カットマンの声が遠い。

    「展示説明文読んでやろうか。……『トーマス・ライト式人格メソッドを搭載された世界初のロボットは皆さまもご存じのロックマンですが、それを搭載して社会に初めて出たロボットはカットマンです。彼をはじめとした最初期のライトナンバーズは、一度アルバート・W・ワイリーの手によって改造されてなお人類の友たるために尽力し、現代の自律型ロボット社会の黎明期を支えました。当博物館はこれに敬意を表し、彼らの初期機体をライト氏から譲り受け、展示しています。』……」

    メタルマンに余裕があれば、展示室の中に他のロボットがいたことにも気づけただろう。だが彼は、たったひとつしか見えていなかった。
    立ち尽くす。隣にも、頭に鋏を戴いたロボットがずっと立っている。

    メタルマン、と名前を呼ばれてそちらの方に顔を向けた。

    「あそこに飾られてるオレたちな、実は二体目なんだよ」


      *****


    ひとつのロボットを、そのロボットであるままに長く稼働させ続けるにはどうすればいいか。
    答えは簡単だ。中身のデータだけを取り出して、アップデートした機体に再インストールすればいい。

    「オレたちはお前んとこの博士に改造された。知ってるよな? その時にロックがオレたちをどう鎮圧したかってったら、当然破壊したわけだ。でも心臓部……人格データの詰まったチップ、それだけは回収してくれたからオレたちは今もこうして生きてる。
    なあ、メタルマン、お前って、オレの機体設計をベースにして作られたんだよな。合ってる? よかった。よくないな。だってお前の元になったそれ・・、もうロックマンに破壊されてこの世にないんだもんな。
    ……それでさ、二体目、っつったじゃん。あそこに置いてるオレのこと。今喋ってるオレはさあ、五体目なんだ。もうすぐ六体目が組みあがる……ま、寿命だからな。こないだ誰かさんが両腕落としてくれちゃったせいで縮まっちまった寿命だよ。別に責めてるわけじゃない。多分、この先ずっとこうだから。
    オレたちは……というか、……一番最初に社会に出た自律思考型ロボット、カットマンは特別なんだ。文化遺産だぜ。頑張ったんだ、十六年前のオレは。そう、十六年前だ。ライト式メソッドの特許取得がそれぐらい前。頑張らなきゃいけなかった。実用に足りるロボットじゃないといけなかった。いい子じゃないといけなかったんだぜ? 頑張ったよ。アンタらんとこの博士に台無しにされたけど。でも、頑張ってたから、二体目ができた後も大事にされた。三体目ができたあたりで、オレはわかっちまったね。
    オレたちに寿命はやってこない。
    気まずいぜ? 同僚がどんどん壊れて新しいのが入ってくるんだ。
    ロボット新法ができた時はがっかりしたよ。期限切れロボットの廃棄がお題目のくせしてオレたち特例は例外にしてくれるんだもんな。あの時のオレは四体目だった。あんなの廃止されてくれてよかったよ。……あいつらもいつか終われないことに後悔する日が来なきゃいいけど。
    ロボットの機体寿命は本来短いんだ。人間よりもはるかに早く終わっちまう。だから体を丸ごと造り変えて中身を入れ替えれば長持ちする……その点お前んとこの博士はよくやってると思うよ。メタルのその機体、メンテはしっかりしてるっぽいけどおおよそのパーツは作られた時のまんまだろ? 手ェ握った時に確信した、関節部のゆとりが違う。最初のオレとそっくりだ。……」

    カットマンが、展示物の前に立つ。瓜二つに見えたそれらも、並べてみれば差異が目立った。

    「な、見てみろよ。見て、んでさあ、答えてほしいんだ。大事なことだから」

    メタルマンは見た。カットマンを見た。カットマンと、カットマンを見た。ここへ来るまでに自分を引っ張っていた、カットマンの左手を見た。

    「お前が掘ってた木の人形。アレのモデルはオレじゃなくて──最初の・・・カットマンだろ?」


    わからない。
    メタルマンはわからなかった。
    メタルマンにとってカットマンはカットマンだし──例え機体がバージョンアップされていたとしても、それで何かが変わるとも思えなかった。何か変わるものがある、という発想すら無かった。
    確かにメタルマンはカットマンの木像を作っていたが、それがカットマンの初代機体かどうかがカットマンにとってどんな意味を持つのかも、さっぱり考えられなかった。
    だから、素直にそう言った。

    「わからない」
    「……あ?」
    「カットマンは、カットマンだろう」
    「ああそうかもな。でもお前の知ってるそれ・・じゃない」

    メタルマンは他人の感情を表情から読み取るのが不得意だ。そも、戦闘用である。他者との友好的な交流を前提に組まれたプログラムをしていない。
    そうであることを差し引いても、今のカットマンが何を考えているのかわからなかった。
    こちらを真っ直ぐに見据える大きな目が、どんな感情をはらんでいるのか、どうにも察しようがない。

    「わからないんだ、カットマン、お前は俺に一体何を求めてるんだ」
    「求めてるのはそっちだろッ、……」

    吐き捨てるように言った後、カットマンははっとしたように目を見開き、口を閉じて、こぶしを握る。首を横にゆっくりと振って、数秒後に「違う」と言葉を落とした。

    「違うわ……悪い、メタル。もうここ出よう。人が来ちまう」

    震えたような声だったのが気にかかる。踵を返して出口へと向かうカットマンの手を、どうしてか握っておきたくなった。伸ばした腕は中途半端な高さで空を切り、追う距離はちっとも縮まらない。

    「カットマン、」
    「続きは別の場所で話すから」
    「……どこで?」

    トン、と足音が鳴って、それでようやく博物館の敷地の外に出たのだと知れた。声の届くだけの距離を保ちながら進んでいくカットマンの後ろを、逃げられないようについていく。

    「行きにさあ、泊まりも見越せっつっただろ」
    「ああ、言っていたな」
    「ホテルとってあんだよ」

    ビジホのツインな、と続けられたその用語の意味はメタルマンにはわからなかったが、ともかくどこかの宿泊施設にこれから向かうらしい。

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