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    かも@ねふぁ

    @ne_fa_hoya
    ネとファの間にある親愛にやられた新人賢者。だんだん箱推しになりつつある。

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    かも@ねふぁ

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    *いていな2展示*
    ネロとファウストが晩酌中に本についておしゃべりする短いお話。
    左右不定、恋愛感情はうっすらある……かも?くらい。うっすらイチャイチャします。

    作中に引用した詩はウィリアム・コリンズの「夕べの賦」です。

    「ネロ、君はどんな本を読むの?」
    (唐突だなあ。さては相当酔ってるな、先生)
    「えぇ……?どうしたの先生、急にさ」
    「いや、ネロはけっこう本を読むだろう。それでだよ」
     小さなダイニングテーブルの向かいに座るファウストは、ほとんど水平に近い角度で頬杖をついてこちらを見つめている。いつもシャキッと伸びた背中は見る影もない。
    (嵐に靡く南天の木みてえ。)
     今日みたいに深い時間まで晩酌しないとお目にかかれない姿だけど、いまはそんな事よりも気になることがある。
    「俺、ファウストにその話したっけ?」
     たしかにネロは、時間が空いたときに本を読むのが好きだ。だが、そのことはほとんど誰にも話した記憶はない。
     訝しむ気持ちが声に滲み過ぎないように、軽い調子で訊いてみると、ファウストはこともなげに答えた。
    「聞いたことはないけど、話しているとわかるよ」
     良い趣味だと思うよ。
    (やめてくれ、そんな、趣味ってほど立派なもんじゃないんだから)
     なんとなく居心地悪くなって、言い逃れるみたいにもごもご口を動かしてしまう。
     そもそも、柄じゃないような気がしているのだ。だって読書が趣味っていうのは、もっとこう、ファウストのような人にこそ似合う言葉だろう。
    「君がどんな本を好むのか、気になっただけなんだが……いや、こういうことを訊くのは不躾だったな。すまなかった」
     すぐには答えようとしないネロを見て、「ラインを越えてしまった」と相手は思ったようだ。
    (あんたが何を恐れているのか、よくわかるよ、俺は……。)
     だって、自分が同じ立場でもそれを恐れただろうから。
     ファウストは「答えなくてもいいよ」と眉を下げた。ああ、そんな顔しないでよ。俺は安心してもらうために口を開く。つとめて柔らかい調子で。ゆっくり言い聞かせるみたいに。
    (俺たちを落ち着かせるときに、先生がいつもやるみたいに。)
    「ごめんごめん、答えたくないとかじゃなかったんだ。ただ、ちょっとびっくりして。ほら、俺って、本読みそうなタイプに見えないだろ」
     ファウストはそんなことはない、とでも言いたげに口を開きかけたが、それを遮ってワインの瓶を少し掲げる。意図を読み取ってグラスをこちらに傾けた先生は、こちらにもうしばらく主導権を預けてくれるつもりらしい。
    (ああ、勿体無いなあ……)
     先生は可哀想に、酔いが少し醒めてしまったようだった。さっきまでは薄っすらと上機嫌で、ふわふわとした空気が彼を取り囲んでいるみたいだったのに。
     ここはひとつ、燃料を再投下するしかない。さいわい、ワインはまだ残っている。俺の舌も頭も、まだ回りそうだし。
    「これまで、一度もそんなふうに言われたことなかったんだ。本読んでるでしょ、とか。よくわかったねえ」
     さすがは我らが先生。そう茶化すと、「やめなさい、もう」と呆れ笑いとともに返される。
    (でも本当に、あんたが先生でよかったって思ってるんだぜ)
     北にいた頃つるんでた奴らなんて、ネロのことを変わり者扱いさえしていた。あの頃、たまに押収品に本が紛れていると嬉しかったんだよなあ。どうせ誰も見向きもしないのだからと、こっそり抜き取っておいて、読み終えたら街でタダ同然の値段で売った。
     それはきっと数人にはバレていたが、見て見ぬふりをしてもらっていたのだと思う。
    (いや、いまはそんなこと関係ないんだった)
     酒を飲むといつも、思考があらぬ方向へ行きがちだ。特に昔のことなんかを。それは、今はしまっておきたい。
    「ネロ、聞いてるのかぁ?」
    (よしよし、赤みが戻ってきたな)
     聞いてる聞いてる。そう言いながら空いたグラスに、瓶の底に残ったちょうど一杯分のワインを注ぐ。すると、ふわふわ笑って「ありがとう」と素直に口をつけてくれた。
     復旧完了。ネロも自身のグラスに口をつける。
    「あんたに何読んでるか知られるの、全然いやじゃないよ」
     気づいたら口が勝手に、そんな台詞を紡ぎ出している。あれ、こんなこと言うつもりはなかったのに。
    「ほんとう?」
     若干不安そうに揺れる瞳が、じとりとこちらを見た。酒で蕩けたアメジスト。
    (ああ、すみれのシロップ漬けが作りたくなってきたなあ。)
     いけない、また思考が飛んでいた。一瞬上の空になったことを誤魔化すようにへらへら笑って、ほんとほんと、と言い加えておいた。
    「料理の本とか、そうでないものも。通俗小説もよく読んでる。あんまり小難しい本は眠くなっちまうけどぉ」
     そうだ、いま読んでる本見る? これも、口が勝手に。言っちまったもんはしょうがないから、立ち上がってベッドの脇へ行く。抽斗の下から二段目を引き出して、もうかなりべろべろのくせに注意深くこちらを伺っている男に手招きをする。
    (警戒心の強い猫みてえ。)
     なおも手招きを続けると、好奇心に負けた猫が、眉間に皺を寄せたまま寄ってきた。

     ネロの部屋に本棚はない。せいぜい十数冊しかない本たちは平たく重ねられ、抽斗の中にしまわれている。
    「おい、これ見てもいいものなのか」
     いけないことをしている気分なんだが。ちょっと大袈裟なくらいの神妙な面持ちで、ファウストがつぶやいた。平時より芝居がかった様子が可笑しくて、口元が弛む。
    「だから言ったじゃん、別にいやじゃないって」
    (あんたは、俺が何を読んでいてもきっと馬鹿にしたりしないから。)
     抽斗には、様々な種類の本が収められていた。料理の歴史についてのエッセイやら、何百年も前に流行った推理小説やら、近年の西の貧困地区のルポルタージュやら。ファウストは興味津々といった様子で、覗き込んでいる。
    「不思議だ……。雑多に集められたように見えて、君の持ちものとしてしっくりくるような気がする。僕もわりあい読書を好むたちではあるけれど、ほとんど読んだことがないものばかりだ。年代もばらけているな。作者の属性も……」
    (ファウスト、よく喋るなあ)
     やっぱり本が好きなのだろう。他人の蔵書を覗くというあまりない機会に、明らかに高揚している。俺はそこまで詳しいわけでもないし、熱量の違いを感じる。
    「本、好きなんだねえ」
    「そうだな。本は知識の結晶だから。それに、本を書いたり読んだりするのに、人間も魔法使いも関係ないんだ。本を通じてなら、壁を越えられ……」
    (あ。)
     ハッと、ファウストの動きが止まる。話題が悪かった。古傷に触れてしまったのだろう。直接聞いたことはないが、それなりに長い付き合いの中で、いつしか暗黙の了解となっていた。
    「ごめん、ちょっと飲ませすぎた」
     ファウストもまた、しゃべるつもりのないことまで口走ってしまったのだろう。大方酒のせいで。
     彼の両肩に手を添えて、とりあえずベッドに座るよう促す。肩が冷たくなっていたので、ブランケットをかけてやる。それからキッチンに立った。
    「俺はあんたが気持ちよく酔ってるとこ見るのが好きなんだよ。」
     背中越しに言葉を投げてみる。返事は返ってこない。
    「……いや、僕が勝手に飲んだんだ。君が謝ることなんかない」
     ファウストが次に口を開いたのは、ちょうどハーブティーを注ぎ終えるタイミングだった。ベッドに腰掛けたファウストにマグカップを手渡すと、もうかなり落ち着いた様子で「ありがとう」と受け取ってくれる。
    (俺ももう、酒はやめておくかあ)
     ネロも自分用のカップでハーブティを啜る。裏庭で採れたハーブ数種類からなる、特製ブレンドだ。さざ波が立った心も凪いでゆく。
     最近読んだ本についてぽつぽつと喋っていると、ファウストとも案外、読書遍歴がかぶっていることも分かった。もっと高尚な本ばかり読んでいるのだろうという思い込みは、俺の勝手なコンプレックスの産物だったみたいだ。
    「ファウストも娯楽小説とか読むんだ」
    「君は僕のことなんだと思ってるの」
     そうだよな。もとは何でもない村の平民の生まれだって、いつか(それもたしか酔ったときだが)話してくれたのに。
    「いや、なんか、ファウストが生きてきた世界と、俺が生きてきた世界って、一つの同じ世界だったんだなって」
     何をいまさら、当たり前のことをって思うかもしれないけどさ。なんか今までで一番身近に思えたっつーか。
    「ふふ、本当に今更だな。」
     でもなんとなくわかる気がするよ。そう言われて、感覚が伝わったことに嬉しくなる。俺はやっぱり寂しがり屋だ、と思う。

    (あ、そうだ)
    「本、お詫びにどれか持ってく?」
     飲ませすぎちゃったお詫び。本気で構わないと思ったから提案したのに、いや、いいよ、もらえない、と断られた。
    「でも、そうだな……」
     ファウストは少し逡巡して、なにか決意したような顔で言葉を継いだ。
    「代わりに、君の好きな本のこと、聞いても構わないか?」
     言われて気がつく。そうだ、結局俺は、ファウストの最初の質問にまだ答えてない。
    「そうだなあ、いちばん好きな本、って聞かれると難しいなあ……」
    (ああ、これ答えたら、お開きになっちまうかな)
     ファウストはどんなに飲んでも自室に帰ってしまう。それは厄災の傷にかかわることだから、もちろん仕方のないことだが、今晩はなんとなく名残惜しい。
     なかなか答えないネロを見ても、ファウストはしかし、今度は引かなかった。
    「じゃあ、あの中でいちばん最初に読んだもの。あるいは、いま君が読みたいもの。」
     そう言われて、パチっとピースが嵌まるように、一冊の本が浮かぶ。最初に読んだ本。いま読みたい本。どちらにせよ同じだ。
     これほど綺麗に一冊が導かれてしまったなら、もう観念して、答えを明かすしかないだろう。待ってて、と言い残し、抽斗へ向かう。
    「これ。」
     戻ってきたネロがファウストに手渡したのは、中央の国の詩人による古い詩集だった。
    「ああ、僕も好きだよ。小さい頃にいくつか暗唱したんだ。懐かしい」
     ファウストはその場で、大声ではないが朗々と、詩の一節を誦(そら)んじてみせた。ネロの知らない詩だったので、この詩集には入っていないものだろう。
    「君も、いくつか読んでくれないか。暗誦でなく、朗読でいいから」
    「え?」
     ファウストの声に聞き惚れていたら、とんでもない無茶振りが聞こえてきた。嘘だろ?俺がそんなこと、できるわけがない。しようと思ったこともない。
    「大丈夫だ。詩は声に出してこそ真に味わえる」
    (あっ、目がマジだ。)
     平時のファウストでは考えられない押しの強さ。さてはこの男、酒が抜けてないな。
    「若い頃、酒の席でみんなでやるだろう?」
    「俺はそういう文化で育ってないんだよ。絶対に下手だし、それに……」
    「君の声で聞きたい。君のいちばん好きな詩を。」
     (酒で)潤んだ紫水晶に射抜かれてしまえば、ネロになすすべはなかった。

     ファウストは眼を閉じて、無二の友人の声に聴き入っている。
    『清らかな夕べよ、私のこの麦笛が、この牧歌の調べが、お前のしとやかな耳を慰めることができれば』
    (ネロ、照れてるな)
     かわいい、と思ったが、言わない方がいいと酔った頭でも分かったので、黙っておく。
    『お前の静謐な泉の、そうだ、お前の泉の音と、静まろうとしているお前の風の音が、お前の耳を慰めているように』
     ネロの朗読は、本当に上手くなかった。途中でつっかえることもあるし、抑揚もあまりついていない。
     それでも、その詠うというより呟くみたいな独特のしらべは、不思議と心地よく耳に馴染んだ。
    『おお、物静かな夕べよ、ニンフよ、金色の髪を靡かせている太陽も、ようやく遥かな西の幕舎に沈みかけ』
     徐々に視界の揺れがひどくなってくる。「横になっていいよ」という言葉に甘え、座ったままの上半身をベッドに預けた。自分のものではないリネンの匂い。
    『おお、夕べよ、静かなる乙女よ、心なごむ歌の調べを奏でるすべを私に教えてくれ』
     詩の内容は、夕べを愛する者の隠喩として見立てた、要するに愛の歌だ。
    (ネロ、この詩が好きなのか。)
     ネロの口から紡がれる、静かだが情熱的な愛のことばは、何だか新鮮だった。
    (そういえば、これは最初に読んだ本と、いま読みたい本の、どちらだろう)
     最初に読んだのと、いまこの詩を読みたくなったのでは、だいぶ意味が変わるような気がするが……。照れているネロ。
     ファウストには、予感だけがある。なにか甘やかですばらしいことの予感。
    『今こそ、私は再び訪れてきてくれたお前を喜び迎えようと思う。』
     そんな予感が当たろうが当たるまいが、最早どうでもいい。ただ、この夜のことを永遠に覚えていたかった。照れながら詩を読むネロは最高にかわいい。それは永遠の真理だ。
     いつまでも聴いていたい気持ちとは裏腹に、気持ちよく酔った体は獰猛な睡魔に襲われている。ああ、もったいない、眠ってしまっては。もう少しだけ起きて、彼の声を聴いていたいのに。
    『憩いの時を告げる宵の明星が空に現れ、青白い灯火を点じた今、それを合図に……』

     ネロは一度だけ、ファウスト、と肩を揺すった。起きなかったので、脚をそっとベッドに揚げ、布団をかけてやる。そして隣に潜り込んだ。明日どんな苦情を言われるか、分かったもんじゃないけれど。普段より狭いベッドはその分あたたかく、睡魔はすぐにやって来た。
    (終)
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    Replies from the creator

    かも@ねふぁ

    DONE*もちふた2展示*
    パス外しました。人生初のサークル参加だったのですが、とても楽しかったです。来てくださった方々、主催者様、ありがとうございました。

    現パロ、バウムクーヘンエンドのネファ。全年齢です。

    電気が点かない部屋のエピソードは友人の実体験です(許可得てます)。Gさん素敵なネタをありがとう。
    ウェディング・ベルは彼を知らない


    プロローグ

    「もしもし、ネロか?」
     耳にしっくりと馴染むその声を聞くのは、かなり久しぶりだ。「僕だ。ファウストだ」と簡潔だけど礼儀正しく名乗るのを聞く前から、もちろん電話主が誰かなんて分かっている。
     ファウストが電話をくれるなんて、珍しいことだった。彼が向こうへ移ってからもときどき葉書が送られてきていたので、連絡自体が途絶えていたわけではなかったけれど。こないだのは何だったか、たしか暑中見舞いの時季に届いたグリーティングカードか。いつも通りの彼らしく趣味の良い絵葉書に、二言三言メッセージが添えられているものだった。ときどき送られてくるそれらはしみじみと嬉しいもので、ネロは毎度欠かさずに返事を返す。といっても、洒落た絵葉書なんかどこで買えばいいのかも分からないし飲食業の身ゆえ時間もないので、短いメールでの返事だが。ともかく、声を聞くのは久しぶりのことだ。
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