殺した、殺した。
人を、殺した――――――。
全てを終えた時田若葉は、辺りを警戒しながら時折縺れる足を前に進め、ともすれば荒くなりかける息を静めるように片手で胸元を押さえる。
小田切進から話を切り出され、彼の望みを叶えるべく、それを受け入れた時から覚悟はしていたはずだった。自分は人を殺すのだと。あの人の為に。
花嫁の役を少しの間だけ代わってほしいと霧子に告げた時も、その首を切り落とした時も、自分はきっと上手くできていた。身代わりの為に眠ったまま死んだ霧子の首は、さすがに不憫で直視することはできなかったが。
手筈通り事を終えた。そう思った瞬間張り詰めていた緊張が解けたからか、背筋に冷たいものが走った後、顔も体も急激に熱くなった。何故こんなにも興奮しているのだろう。あの人の役に立てたから?それとも初めて人を殺したから?
(分からない。でも今は、早くあの人に会いたい。小田切先生・・・・・・)
落ち合う場所にそろそろと近づいていき、若葉は潜めた声を出す。
「小田切先生、居ないの?あたし、やったよ。ちゃんとできたよ」
返事はどこからも聞こえてこない。彼はまだ来ていないのかと、少し不安になって暗闇に目を凝らしながら前方を見る。その時若葉の首に何かが触れて、そのまま強く後ろに引っ張られ、ぎりぎりと締め上げられる。
「ぐぅ、うっ、あぁ・・・・・・」
突然の苦しみに最初は呻くことしかできなかったが、そこから抜け出そうとようやく体を動かす。首元を締め付ける紐のような何かへ手を伸ばしかけながら、少しでも楽になるように軽く身をよじった若葉の目に飛び込んできたのは、会いたくてたまらなかった小田切その人だった。そのことについては別段驚きはない。話してもらっていた計画には無かったことだけれども、なんとなくこうなる気はしていたからだ。複数だと有利な面もあれば、不利な面もある。きっと、そういうことなのだろう。それでも協力したのは、この人の為なら死んでもいいと思ったからだ。
(そうよ、この人になら殺されてもいい。)
若葉が腕をスッと降ろしてされるがままになると、一瞬締め付けが止まったが、すぐさまそれまで以上の力で小田切に首を締められた。
酸欠に喘ぎ、意識が薄らぐ中で、苦しみだけではない涙を若葉は流す。彼の行為は紛れもなく殺人ではあるが、それと同時に若葉の死んでもいいと考えるほどの想いへ応えるものだったからだ。
(好き、あたしも好きよ。先生のことが、好き)
がくりと頭を下げた視界の先、何もかもが白くなったように映る。身に纏った漆黒のドレスは輪郭すらも朧気だが、汚れ一つない純白になって見えた。それは、まるで――――――。
それが若葉の目にした、最期の光景だった。