父さんがなかなか帰ってこられない時も、母さんが亡くなってからも、俺のそばにはいつでも兄さんが居てくれた。
自分ではそうしているつもりはなかったけれど、学生時代は素行不良と評されてるらしいのもあってか、やたらと上級生から絡まれていた。そんな時も兄さんは必ず来てくれた。多勢に無勢で流石にヤバいかなと心折れ掛けた俺の背へ、寄り添うように兄さんのそれが重なると、胸が温かくなり、もう大丈夫だと思えた。実際兄さんは駆け付ける前に教師や警官へ連絡してくるので、そういう意味でも安堵できた。
それでもタイムラグはある。隙を作って二人で逃げるか、時間稼ぎをするか。殴り合いの喧嘩なんて幼い時に俺としたぐらいしか経験のない穏やかで優しい兄さんだから、他人に手を上げるなんてきっとできない。それでも俺を守ろうと、微かに震える体で身構えてくれる。この瞬間を嬉しいと、愛おしいと告げたら、兄さんは怒るだろうか。それでも最後には、仕方ない奴だと呆れながらも笑って許してくれる。そんな気がするんだ。だって、そういう人だから。
兄さんが俺に安心をくれたように、俺も兄さんに何かをあげたい。兄さんの助けになりたい。
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「イング・リュード、もう一度聞く。」
接触回線越しに響く、凛とした落ち着きのある女の声が訊ねる。
「その機体諸共、我々と来い。お前はもう皆の所へは帰れない、自分でも分かっているはずだ。拒否するというのなら、他の者の命は保証できない。この意味が分からない程、愚かではあるまい。」
「俺の兄さんが、そう簡単にやられるわけないだろ。・・・・・・それに、俺がやらせないさ。着いていけばいいんだろ。」
こうやって俺が突然勝手に居なくなっても、兄さんは最後には仕方ない奴だと呆れながらも笑って許してくれる。そんな気がするんだ。だって、そういう人だから。そう思える安心をくれた兄さんが大好きなんだ。でもやっぱり、会って別れの挨拶ぐらいはしたかったけど。俺、兄さんの助けになれたかな。