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    50shio

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    薫くんお誕生日おめでとう!
    薫あんwebオンリー開催おめでとう!

    ズ!軸
    薫くんの誕生日翌日に海洋生物部の部室でおしゃべりする話。

    ほんとのきもち きっとどんなプレゼントを贈っても喜んでくれる人だ。蜂蜜色の瞳をとびきり甘く細めて、ありがとうと笑う姿が思い浮かぶ。
     そしてきっと、何をあげても、もうどこかの女の子からもらったことのあるプレゼントなのだろう。そう思うと、紙にインクが染みこむように少しずつ胸の奥が重たくなって、すっかり何を贈ればいいのか分からなくなってしまった。



     祝日だというのに平日と変わらない時間に目が覚めてしまったのは、今日が何の日なのかずっと頭の中にあったからかもしれない。くるまった布団の中は温かくても、二度寝をするほどの眠気は訪れてそうにない。おずおずと手を伸ばし、あんずは枕元のスマートフォンを手繰り寄せた。ロック画面には「11月3日 07:42」と表示されている。そのままロックを解除して、思い出したようにううう、と呻く。
     スマートフォンは昨夜の検索画面のままになっていた。『男子高校生 先輩 誕生日プレゼント』で検索して、ニ、三番目に出てきたサイトだったが、いまいちピンと来るものは見つからなかった。マフラーは季節柄相当な数をもらってそうだし、香水も好みが分かれるから難しい。財布は敷居が高すぎるし、ネックレスは──彼はすでに身につけている。おまけになんだか彼女感が強いから却下。そうして考えているうちにいつの間にか眠ってしまったのだ。
     どうやらまた昨夜の続きから始めないといけないらしい。うんうんと唸りながら検索候補にちらりと目をやる。昨日、タップするのを躊躇った検索ワードが一つだけあった。なんとなく薫へのプレゼント選びには使っていけない言葉のような気がしていたが、今なら起きた勢いで調べられるかもしれない。ごそごそと布団の中に潜り込んで、これは興味本位だから、と自分に言い訳をする。何かいいアイディアがないか気になるだけ。『先輩』と『彼氏』では検索結果がどんなふうに変わるのか知りたいだけ。他意はない。断じて、ない。
     すうっと息を吸い込んで『男子高校生 彼氏 誕生日プレゼント』の検索候補をタップする。当然『彼氏が喜ぶプレゼント』というようなサイトがたくさん出てきて、思わず「わ」と声が漏れた。つま先が急に熱を持った気がして、誰かが見ているわけでもないのに慌ててその画面を閉じた。
    「……なにがいいのかなあ」
     スマートフォンを手放して、代わりにあおうみ水族館で買ったシャチのぬいぐるみを引き寄せる。ふにふにと触り続けてもシャチは答えをくれない。
     そうしてじたばたしているうちに三十分近く経っていた。ベッドの上で考えていても埒が明かない。せっかくの祝日でプレゼント選びの時間もたくさんあるのだ。温かいベッドに別れを告げて、あんずはプレゼントを探しに出かけることにした。



    「あんずちゃんおはよ~! 朝から会えるなんて運命かなっ」
     翌朝、昇降口でローファーを脱いでいるときにその声は降ってきた。
    「お、はようございます」
     不意を突かれ一瞬言葉に詰まる。昨日散々頭を悩ませた張本人にこんなに早く会うとは思っていなかった。ついこの間までは気の向くままに登校していたようで、朝から遭遇することなんて滅多になかったのに。
     ローファーを下駄箱に仕舞い、あんずは通学鞄の持ち手をぎゅっと握った。
    「学校で会うのは別に普通のことだと思います」
    「相変わらずつれないなあ。今日はあんずちゃんに一番に会いたくて早起きしたのに」
    「……私に?」
     薫はあんずが上履きに履き替えるのを待って、ゆっくりと隣を歩き始めた。あんずはプレゼントを忍ばせた鞄をさり気なく自分の方に引き寄せる。まだ、いつどこで渡すか決めていないのだ。それに、心の準備だって。
    「そうだよ。昨日が何の日だったかあんずちゃん知ってる?」
     なのに薫が甘く微笑みかけるから、心臓がいろんな方向に跳ねそうになる。
    「文化の日ですか?」
    「もう。分かってて意地悪言ってるでしょ」
    「ふふ、お誕生日おめでとうございます」
    「そうそう正解。ありがとう」
     わざとらしくむっとした顔を見せたかと思えば、お祝いの言葉を口にした途端、ぱっと明るい笑顔になった。少し鼻歌も混ざっている。朝からこんなにご機嫌な彼を見るのは珍しくて、なんだか不思議な気持ちになった。
    「ケーキとか食べたんですか?」
     定番の話題を何気なく投げてみると、うんまあ一応ね、と声を落として曖昧に笑う。もしかして女の子とデートだったのかもしれない。それ以上ケーキの話はしそうになかったから、あんずも追及するのはやめにした。
    「それで、本題なんだけどさ」
     あんずの教室がある階に辿り着き、薫が足を止めた。彼の言葉に振り返ると、家を出る前に香水をつけてきたのか、爽やかな香りがふわりと舞った。じっと見つめられて、鞄を握る手に力がこもる。
    「あんずちゃん、今日の放課後空いてないかな? 誕生日プレゼントに放課後デートとかもらえたら嬉しいなあ、なんて」
     窺うような表情の彼から誕生日プレゼントという単語が出てどきっとする。
    「えっと、……ごめんなさい。今日はレッスンを見る予定があって」
     自分で答えておきながら、だったらプレゼントはいつ渡すんだと途方に暮れる。放課後に時間を取れたらいいが、レッスンの前くらいしかチャンスがなさそうだ。本当にちゃんと渡せるだろうかとほんの少し不安が広がった。
    「そっか。残念だけどそれならお邪魔できないね」
     あんずの答えを聞いて薫はどこか寂しそうに笑った。物分かりのいい子どものようだ。そんな顔をさせたいわけじゃない。お祝いしたい気持ちはあるのだ。今日のどこかで会う約束を取りつけないと。
    「あの、」
    「じゃあさ、」
     言葉が重なって顔を見合わせる。どうぞどうぞと譲り合い、先に薫が口を開いた。
    「レッスンが終わるまで待ってるから一緒に帰るだけでも駄目かな?」
    「私は大丈夫ですけど……。遅くなるかもしれませんよ」
    「平気平気。部室でいくらでも待ってられるし」
     願ってもない申し出だった。薫の言葉に甘えて、こくんと頷く。海洋生物部の部室で落ち合う約束をして彼はひらりと手を振った。
    「放課後楽しみにしてるね」
     デートじゃなくても楽しみなんだ。そう思うとくすぐったいような恥ずかしいような気持ちになって、口の端が勝手に緩んだ。



     職員室に用事があるから、と言ってあんずは一人レッスンルームに残った。誕生日をお祝いしたいだけで後ろめたいことはなにもないはずなのに、言い訳をしたくなるのはどうしてだろう。レッスンルームの鍵を返さないといけないから「職員室に用事がある」というのもかろうじて嘘ではない。
     ぱたぱたと廊下を駆けて、海洋生物部の部室の前で急ブレーキをかける。今の足音が中まで聞こえていないといい。鞄の中に手を入れると、朝と変わらずプレゼントがそこにある。ふうっと息を吸って、それからゆっくりドアを開けた。
     薄暗い部室の中を見回す。水槽のそばに人影はなく、薫は部屋の隅にある椅子に深く座っていた。なんだか体が傾いている。お疲れさまですと言いかけて口を噤んだ。ドアを開けても動かない彼を見て、もしかして、と思う。さっきまで走っていたとは思えない足取りで静かに彼に近づくと、あんずの思った通り眠っている。ライトに照らされた横顔がドラマのワンシーンみたいだった。
     起こさないようにそっと鞄を置いて隣の椅子に座り、ふと机の上の書類に気づく。そばにシャーペンも転がっているから、どうやら何か書きかけで眠ってしまったらしい。
    なんだろうと思い暗がりの中で目を凝らすと、紙には「進路調査票」と書いてあった。書いては消してを繰り返したのか、紙には皺が寄っている。なんて書いたんだろう。なにを消したんだろう。気になって身を乗り出した瞬間、「ん?」と声がしてどきりとする。
    「……あれ? あんずちゃん?」
     掠れ声に驚いて思わず身を引くと、目を覚ました薫が眠そうに瞬きをしていた。
    「ごめんね。いつの間にか寝ちゃってたみたい」
    「いえ、私の方こそお待たせしてすみません」
    「ううん、俺が待ちたかっただけだから気にしないで。ここ暗いから眠くなるんだよね」
     ふわふわとあくびをする横顔をちらりと見てみる。まだ半分夢の中にいるのか、机の上に広げた書類を気にする素振りはない。
    「あの、これって」
     あんずの問い掛けに薫は視線を机に向けた。書類に目を留めて、思い出したように顔をしかめる。
    「あ~そうだ、まだ途中なんだった。進路調査の紙だよ。二年生でもたまーに書くでしょ?」
     そう言ってひらひらとつまらなそうに紙を振る。さっきはよく見えなかった第二志望の欄に、うっすらと「大学」という文字が残っているように見えてはっとする。大学、と声に出さずに呟いてみた。目の前の彼とその言葉がうまく結びつかない。なぜか漠然と、みんなアイドルを続けるものだと思っていた。レッスンをサボってばかりだったこの人も、この先も一緒に。
    「羽風先輩、大学に行くんですか」
     なんでもないような声を出したつもりだったが、できていたかどうか自信がない。
     虚を突かれたように固まってから、見えちゃったか~、とあっさり笑う。ひたひたと胸の内側を冷たい水が通っていくような感じがした。
    「どうだろうね。選択肢のひとつなのかな、とは思ってるけど」
     せんたくし、と彼の言葉を繰り返す。
    「はっきり言われたわけじゃないけど……多分親はそうして欲しいんじゃないかな」
    「先輩は」
     薫の言葉にかぶせるように声を上げた。あんずの声に薫がこちらを振り向く。自分でも驚くほど切羽詰まった声になってしまって、あんずはぱっと俯いた。スカートを握った指先に力がこもる。
    「羽風先輩はどうなんですか」
     音のない部屋にあんずの声が反響する。暗くて、静かで、海の底に迷い込んでしまったようだった。
     しばらくして「そうだね」と呟いた声は穏やかで優しかった。きっと悩んでいるはずなのに、あんずの方が頭を撫でられたような気になる。そんな声色だった。薫は進路調査票に目を落として、その淵をなぞるように触れた。ほころびひとつない綺麗な指先だった。かっこよくマイクを握る手だと思った。握っていてほしいと思った。
    「……自分で言うのもなんだけど、こう見えても中学まではけっこう真面目にお勉強してきたからさ。どうせ家を継ぐしかないなら、高校ぐらいはって思って夢ノ咲に入ったんだよね。だから卒業したら大学に行くのがお決まりのコースなのかなって思ってたんだけど」
     普段よりも落ち着いた声が水槽の間に溶けて、混じる。
    「最近はもうちょっと続けてみたいなって思ってるんだよね」
     顔を上げると柔らかく笑う瞳と目が合った。大切なものをそっと教えてくれるような彼の言葉が胸に響く。
    「ようやく楽しくなってきたところだし、この先を見てみるのも悪くないかもって。それにほら、大学に行くとなるとあんずちゃんにも会えなくなっちゃうでしょ?」
     最後だけ明るくつけ足して、おどけたように肩をすくめた。あんずが黙ってしまったのを気にしてわざとそういうふうに振る舞ったのかもしれない。自分の気持ちを上手に仕舞って、楽しませようとしてくれる人だから。
    「……おうちの人には話したんですか」
    「実はまだできてない」
    「ちゃんと、話した方がいいと思います」
    「うん、やっぱりそうだよね」
     薫は眉を下げて困ったように笑った。
    「──昨日もちょっとこの話になったから」
     あんまり楽しい誕生日じゃなかったんだ。
     胸の奥がぎゅっと締まって、不意にいつかの放課後が頭をよぎる。きっと気に入っているはずのその髪を「親がうるさいし切ろうかな」と手放そうとする彼を思い出す。諦めにも似たそのときの笑顔が、目の前の彼に重なった。
     重なって、それから、指はひとりでに鞄を引き寄せていた。
    「あの、わたし、先輩に渡したい物があります」
    「へ?」
     突然話題が変わったことに一瞬目を丸くして、それでもすぐに「なあに」と微笑んでくれる。優しいこの人に大切な気持ちを仕舞い込んでほしくない。
     丸一日鞄に入れていたせいか、プレゼントを入れた袋は少しくしゃくしゃになっていた。プレゼントだってバレることになっても、強がらずに別の袋に入れておけばよかった。今さら後悔したって遅いけど、せめて綺麗になるように皺を伸ばす。
    「一日遅れちゃったけど、お誕生日おめでとうございます」
     賞状を渡すように両手をぐっと差し出した。薫は目の前の袋とあんずの顔を交互に見ている。
    「ええ、ほんとに? これってもしかしてプレゼント?」
    「そうです。お誕生日の」
    「俺に?」
    「ほ、他に誰がいるんですか」
    「いやちょっとびっくりしちゃって」
     進路調査票を机に置いた薫はあんずの差し出した袋を受け取った。うわあ、とため息をこぼしてきゅっと目を細めている。喜んでもらえたようでひとまず安心したが、嬉しい嬉しいと繰り返されると、じわじわ恥ずかしくなってくる。
    「なんだろ、タオルかな?」
     袋の上から感触を確かめながら薫は首を傾げた。
    「……ヘアバンドです」
     結局『男子高校生 先輩 プレゼント』で調べても『男子高校生 彼氏 プレゼント』で調べても、あんずの心に引っかかる物は見つからなかった。ならば、と彼のことを思い出しながらウインドウショッピングをして見つけた物だった。薫の好きなもの、好きなこと。本人に言ったら否定するだろうけれど、最近はみんなと仲良しに見えること。それがとても楽しそうなこと。ちゃんと朝から学校に来て、放課後はあんずがいなくてもレッスンをしていること。うんうん唸りながら選んだプレゼントだった。
    「最近の先輩はレッスンを頑張ってて、それで、レッスンのときに髪を結んでる姿も見てたからこれがあれば邪魔じゃないかなって思ったんです。いろいろ見て回っててこれを見つけて、店員さんにもダンスレッスンのときにもおすすめですって言われて。汗も落ちてこないし、あ、レッスン終わりに顔を洗うときに使ってもいいですし、」
    どうやったら伝わるのか、拙い言葉でいいのか分からなかったが、それでも言葉に託すしかなかった。
    「ずっとめんどくさがってたけど最近は楽しそうにレッスンしてるのも知ってます。たまに一番にレッスンに来てくれるのも、私だけじゃなくてみんなもきっと知ってます。先輩がアイドルを続けたくてどうしてもご家族に反対されるなら、私も納得してもらえるように、応援してもらえるように手伝います。だから、」
     続けてほしいです。
     溢れた言葉を吐き出して、はっと息を吐く。膝の上のこぶしは強張ったかのように動かない。話し終わった今になって、うなじの辺りが熱くなってきた。
     いつもたくさん話してくれる薫が黙っているから、気持ちを押しつけすぎたかと急に不安になる。顔を上げようとしたそのときに、視界の端に彼の手が伸びてきて、あんずの手の甲に触れた。重なった体温に小さく肩が跳ねる。それでも、その手が震えている気がしてふりほどけなかった。
    「ありがとう」
     少し掠れたその声に顔を上げる。覗き込まれた瞳が近くて息が止まった。
    「大事にする。プレゼントも、あんずちゃんの気持ちも」
     声が上擦りそうになる。
    「自分の気持ちも大事にしてください。ちゃんと、大事にしてください」
    「うん、ありがとう」
     暗闇の中で彼の瞳がきらりと微笑む。やわらかい笑顔をまっすぐ向けられて、やけに心臓がうるさい。耳たぶも、手の甲も、心も、じんじんと熱かった。
     きっとあんずがどんなプレゼントを贈っても、薫は喜んでくれただろう。でも今日のこの瞬間、いまの彼にこのプレゼントを贈ることができてよかった。悩んで、選んで、届けられてよかった。
     もう一度、ありったけの気持ちを込めて言葉を紡ぐ。
    「お誕生日おめでとうございます」
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