忍びの修行場から離れた雑木林の中。
呼び出されたモクマは少し困った顔をしていた。
「モクマ」
フウガが努めて声を和らげ呼ぶ。外面の声。お利口さんの声。この声でモクマを呼んだのは初めてだった。
「……なに、フウガ?」
襟をきつく握り、緊張した面持ちでモクマが応える。
怯えたような目を向けるモクマに、苛立ちを覚えた。
父が大切にしているモクマを。
傷つけて、駄目にしてしまえば。
父は自分を見てくれるはず。
フウガは笑った。モクマもつられて、ぎこちなく笑った。
「!?」
フウガは大股でモクマに詰め寄り、襟巻きをきつく掴みあげ、モクマをその場に押した。
驚きのけぞったモクマの足が絡み、モクマは受け身を取れず背中から倒れる。
フウガはモクマの細い身体に馬乗りになり、手首を捕まえる。
やっと、触れられた。
一瞬フウガの脳裏によぎった充足感。達成感。胸をキツく締め付ける痛み。
フウガは、自分が何を感じたのか分からなかった。
「フウ、ガ、なに……っ?」
倒された衝撃に驚き唇を噛んでしまったモクマの唇から血液が滲む。
痛みと驚きで大きく開かれたモクマの瞳がフウガだけを映し、見上げる。
瞬間、フウガの身体の奥がずくりと疼く。
ドクドクと脈打つ身体に沸騰した血が巡る。酷い感冒にかかったかのように、身体が熱い。
初めての感触に、フウガはモクマから手を離し、尻餅をついたような体勢で後ずさる。
「何をした、モクマ……!」
ずくずくと熱くなる下腹部を隠すように押さえ、フウガは声を荒げる。
薬を盛られたのか、とすら思い、呆然とするモクマに対し恐ろしささえ覚えていた。
「何かしてきたのは、そっちじゃ……っ」
地面に肘をつき戸惑いの声をあげたモクマは襟に巻いた布の端で自らの唇を拭う。
掠れた血の跡はまるで薄く惹かれた紅のように、赤く。
どうしても目が離せない。動けない。
動いてしまったら、モクマにまた触れてしまったら。
「フウガ……!?」
言うことを聞かず熱くなる身体と苦しくなる呼吸、モクマのことでいっぱいになる頭。もっと触れたいと叫ぶせいで頭が酷く痛んだ。
フウガは初めて、自分の身体を嫌いになり、気がつけば泣いていた。
ぼろぼろとこぼれ落ちる涙はフウガの中の熱を奪ってくれず、頬を伝って湿った地面に染みこんでいく。涙すらひとつも役に立たない。フウガはまた泣いた。
「お前なんか、嫌いだ、モクマ」
しゃくりあげながら顔を真っ赤に染め泣き続けるフウガの姿に、モクマは声を失った。