「どぶろく?いや……飲めないかな」
「そうなのか?」
「なんていうか、匂いとか……風味とかが、あまり好きじゃない」
「飲めるようになったら美味いぞ」
「いやぁ、無理には飲まなくて良いかな……酒、そもそもそこまで得意じゃないしな」
「そうか……お前と酒が飲めたらと思っていたが、それなら仕方が無いな。まぁ、酒で無くても美味いものは山ほどある。気にするようなものでも無いだろう」
申し訳なさそうに顔を歪めるモクマの丸まった背を、ガコンの大きく厚い手が撫でる。
その手の温かさに少し表情を和らげたモクマは、別の話題を示しながらガコンと共に歩いて行った。
「……」
モクマとガコンの会話を木の陰に隠れ聞いていたフウガは、わなわなと身体を震わせる。
モクマはどぶろくが飲めない。
むしろ酒が飲めない。
初めて知った事実であり、フウガにとって由々しき事態でもあった。
「モクマと酒が飲めぬでは無いか……!」
至った結論に、フウガは顔を青ざめさせ頭を抱え、酷く狼狽えた。
フウガには幼い頃から抱いている野望があった。
それは、モクマと共に酒を酌み交わすこと。
あわよくば酒の力を借り、モクマが己をどう考えているか知りたい。
もっと欲を言えば、もしも己と同じ気持ちをモクマが抱いていたとしたら。その先も。
「……酒の力を借りてなど卑怯なことはせん、私が自ずから」
何度も何度も己の妄想と続けてきた対話の答えを口にするが、自ずから行く勇気が、何十年も想いを燻らせながら進むことが出来ない。
ぶんぶんと首を横に振り、フウガは湯水のように湧き上がり続けるモクマへの情念を一度振り払う。
「酒が飲めぬとなると、食事か甘味か……」
どうにかしてモクマと二人で話がしたい。
そろそろフウガは、モクマへの情念が堪えきれなくなってきていた。
城に招き何かを食べさせるか。いや、それではフウガの家族がモクマを大歓迎し、あれよあれよと大宴会が催される可能性が高い。
それは恥ずかしい上に勘弁被りたい。
里に下りて甘味処へ誘うか。
それも珍しい光景だと騒ぎになるだろう。
フウガの混乱した思考では、モクマと膝をつき合わせゆっくりと話をする機会を設けることは困難だという結論にしか至らない。
「やはり、酒」
酒ならば持ち運びも楽な上、モクマが一人で過ごすことの多い廃寺のそばの大樹でも呑むことが出来る。
しかし、モクマは酒が得意では無い。
ならば。
フウガは抱えていた頭から手を離し、立ち上がった。