偏食の男④キールとディーゼルが睨み合う。キールは首を曲げてディーゼルを見開いた目で見つめる。
「図に乗ってイル?それはお前だろう。」
「はっ、何を。」
「あのお方に愛さレテ。私のものを全て奪ッテ。許さナイ。許さナイ」
いつも以上の奇行。
「...あの方?」
「我が愛、クリオネ様」
「嘘だ。あいつはヘカテが殺した」
ディーゼルの顔に一瞬の動揺が浮かぶ。
クリオネ。ヘカテの母にしてクリオネ教会の
教祖。美しく白い美女に誰もが魅了され、
誰もが心酔した。その女の中身が自己中的なものだったとしても、誰もが彼女を肯定した。そんな女だった。
「クリオネ様が死んダ?あの方が亡くなる事なんてあり得ナイ。あの方は不滅ダ。私のこの偏食を認め、愛して下さっタ」
ディーゼルの額から汗が流れる。緊張感で張り詰められた空気が、圧迫感さえ感じる。
セリカはディーゼルの袖をそっと引っ張る。
「私からセリカも奪ってイッタ。...お前は罪人ダ。今頃まで生きていたなら今もヘカテと仲のいい異父姉妹であったダロウ」
「え...」
セリカの顔が強張って、キールを見た。キールは歯を見せて笑う。
「セリカは私とクリオネ様の娘ダヨ」
その言葉にセリカはディーゼルを見つめる。
ディーゼルの反応はない。ただ突きつけた銃の照準がキールにうまく合わない。
「違うって言って」
絞り出すように声が出た。セリカの懇願が届く事はなかった。
「懺悔セヨ」
キールの号令が耳に響く。びくりとディーゼルの身体が反応した。
キールから目を逸らすり
「俺....は....」
開かれた口から掠れた声が搾り出される。
キールの号令により懺悔を強制的に促した。
これが彼の持つ力だろう。
「セリカを...愛する者を...子供達を殺した...」
その声に満足そうにキールは笑う。
手につけた高そうな腕時計を見た。
「おっと、こんな時間ダ。また来てクレ、ディーゼル。」
地面を見つめるディーゼルに背を向ける。
「私と君の仲じゃナイカ。君がそのセリカを大事だと言うなら、私にとっても大事ダ」
そうして、偏食家の男は去っていく。
ディーゼルがそれ以上追う事はなかった。
地面を眺め、小さく呟く。
「違う...。大事なんて...」
懺悔せよ。
自分の罪を認めよ。
それでも、クリオネ様は何もかもを許してくれる。
あの美しい人の前ではどんな人間も醜い。
男の劇は終了し、舞台は幕を閉じる。
さぁ、これで
セリカとの家族ごっこはおしまいだ。