灰色の男⑤曇天の雲。重い空気と暗い色が男の雰囲気によく合っていた。
少女は道のり、男を見上げていた。
不気味というより、ただ、男の中身はまるでがらんどうだった。
男から感じる重々しい雰囲気の他、中身のない人形を相手してる気分だった。
少女はそんな男に興味を持ち、声をかける。
「奥さんと来てるの?」
少女は男に問う。
「いや」
「何をしに来たの?」
「ある方に会いに来た」
「それって奥さん?」
「確かに最愛の方だ。」
少女はへぇーと繋がれた指に鈍く光る指輪を凝視した。
「誓いのようなものだ。これを見ていつも俺は彼女を愛してるんだと自覚する。」
「きゃっ、素敵だね!」
口元に両手を添えて少女は無邪気に笑う。
その様子に今まで無機質だった男の表情がほんの些細に緩む。
「そうだろう」
廃教会の重い扉を開ける。
目の前に広がるのは礼拝堂。所々に劣化は見られるものの、中は掃除されていた。
「ヘカテさーん」
女の子の声が教会内を反響する。返事は返ってこない。
「おかしいなぁ。いつもはいるんだけど」
ジリリリリ
見計らったかのように教会にまで聞こえるヴィンテージ調の時代錯誤な古びた電話特有の高いベルの音。音は礼拝堂の奥、ヘカテが使う自室から聞こえている。
少女はびくりと肩を震わせた。
ここは廃教会。ヘカテが一人管理しているため、光熱費も最低限にするため、電気がついてることのほうが少ない。窓から差し込む日光とステンドガラスの光。それだけの光だけで、人がいないとそれなりの雰囲気がある。
実際街の大人からすると、ここは不気味だと口にする者もいる。廃教会もそこに住む2メートル超える黒髪の女シスターも、嫌煙されていることは事実だ。
男が少女の小さな肩に手を置いて、奥の部屋に近づいていく。
「待って。勝手に奥の部屋に行くと、ヘカテさん怒るかもしれない!」
少女は慌てて男を止める。男は足を止めて少女を見据えた。
「ヘカテさん。すごく優しいけど、でも、怒るとすごく怖いらしいの。だから...」
「大丈夫だ」
不安気な少女に短く男は返事をする。
諭すように、静かな声。
「ここで待っていて」
その言葉に少女がこくりと小さく頷く。男は部屋に入っていくのを見送り、少女は礼拝堂の長椅子に腰を下ろし、不安気にステンドガラスを見上げた。
扉の中に入るとまず目に入るのは細い廊下だった。廊下は礼拝堂以上に暗い。鳴り続ける電話のベルの音をたどる。たどり着いた質素な部屋にある電話機に近づく。受話器を手に取った。
『ヘカテさん?』
覚えがある声。ホテルのバーのマスターをしていた男の声だった。
ガタン。物音が聞こえる。何かが落ちた音だろうか。扉は開けたままにして、廊下の方に視線を動かした。そこにいるのは女の形をした機械人形。球体関節が軋む音をさせ、こちらを覗いていた。
『何の音ですか?』
答えのない電話越しの相手への不信感。男と人形はしばらくの間睨み合っての沈黙。
「........」
そして、男は人形に見える形で礼拝堂のある部屋へと指差した。人形はギギッと首を回転させその指が刺した方向へ走っていった。
『ヘカテさんですか?』
男は電話に耳を傾けたまま、エルツの問いにはだんまりとしていた。エルツにとってそれは嫌な答えを連想させ、疑心を煽るものだった。
冷静に、そして確信を得る為にエルツは聞いてくる。
男は結局エルツの言葉に答えないまま、静かにガチャリと受話器を置いた。