灰色の男④ミスティルホテル内。
不恰好な木の彫刻の顔がこちらを見ていた。
作りかけとはいえ、木の板に人の皮を広げたかのような顔が目に映る。
そこでようやくディーゼルは自分が呆けていたことに気がついた。
手にしていた彫刻刀で自分が作品の製作活動をしていた事が分かる。むしろ、バーで男と会話してそこからの記憶が朧げだったことにディーゼルは辟易していた。
指先を彫刻刀で切るまで全くの無意識だったのだ。そこの注意散漫さにディーゼルはまだ残ってる酒の匂いを感じながら小さく唸る。
「まじか...」
傷ついた指先からは血の球が滲み、今にでも垂れそうになっていた。
「セリカちゃん。絆創膏持ってきてくれるー?」
そこでホテルの同居人を呼ぶ。だが、返事は返ってこない。そこでセリカが出かけているのだと悟る。こうしてやることがない日にセリカが単独行動にでるのは珍しくない。
今にも垂れそうな血を結局舌で舐めとると、ディーゼルは製作途中の物を放り出した。
思い起こしたくもない、女のことを思い出す。それもあの鈍色の瞳の男がその女の話を振り返したからだった。
頭痛と不愉快な感覚に歯軋りした。
(仕方がない、外にでも出よう)
部屋にいたところで、常に視界にいる女がいて気分が晴れることなんてないのだから。
ディーゼルはよれたコートに袖を通し、傷んだ牛皮のブーツを履く。
ホテルを出ると
今朝の雨の名残がまだ街を湿らせていた。
街の騒々しさと湿気に少しだけ眉をひそめ街を歩き始めた。しばらくしてセリカを見つける。
「何してんの」
あどけなく、ディーゼルは小さい相棒に声をかけた。
「いや、アタシの周りって貧乏ばっかだなーって」
呆れたように遠い目をしたセリカに言う。
「それ、俺に言ってる?」
突然の言われのない非難。おそらく自分に言ってるのだろうとディーゼルは思った。
「どーだろーな。」
「馬鹿にするなよ。おじさんだってやる時はやる男だ。」
大人の威厳のためにも否定する。夢も希望もないかのようなセリカの言葉に、消し去った威厳を取り戻そうと必死に弁解した。
「守銭奴って言って欲しいね。」
「ものは言いよう」
最近の子供の口は達者である。とほほ、と負け戦に負けたディーゼルは、セリカの傍らにある自販機の缶ジュースをセリカに奢るのだった。
そこでセリカの横にロイドがいることに気づく。ガムテープで修正された痛々しい財布が目に映る。
「なるほど、お前のせいか。」
「人聞きの悪い。守銭奴って言ってもらいたいですね。」
「その言い分はいまさっき俺がいい伏せられた。諦めろ少年。今の餓鬼は1つの言葉で10は返ってくる。」
「なんて恐ろしい」
その言葉にロイドは身震いした。
セリカはちまちまと缶のトマトジュースを口にしながらディーゼルとロイドを一瞥した。
「うえ、まずい」
セリカの嗚咽の声が聞こえた。