スパイということ宇佐美をスパイにすべく鶴見が教育する。
柔道によって鍛えられた体術に磨かれた白兵戦の技術、観察力、思考力、対応力、記憶力、分析力、
そして何より。裏切らないということ。
言語力、尋問耐久訓練、監視術
但しこれは秘密裏に行われた。
スパイというのは本人とその教授以外知るべきものではないからである。
月島軍曹は露西亜語が堪能であり、それで鶴見中尉殿に是非にと買われたのだ。
尾形上等兵も露西亜語ができるそうだ。
そんな話が師団内を飛び交うことがある。
月島のそれは公然のもので読み書きと口頭の会話と両方を仕事で使う様は師団内の彼の人望と相まって羨望と憧憬を織り交ぜた声で語られる。
尾形の方は聞く者も少なく、というよりわざわざ皮肉を万度言う尾形と積極的に話そうとする者がそもそも少ないため半分眉唾のようなしかし、彼ならもしかしたらという信憑性で語られるのであった。
宇佐美上等兵は露西亜語ができた。専門用語はできずとも簡単な日常会話なら困らない程度に。
宇佐美上等兵は英語もできた。同様に。
けれども誰もそれを語る人はいなかった。
誰も、知らないからだ。
鶴見と宇佐美本人、二人しか知らないことだからだ。
「二人だけの秘密だ」と鶴見は言う。
その言葉に宇佐美はのぼせた。
敵を欺くにはまず味方から、スパイ育成の鉄則通りであり身のうちに潜んでいる造反者を見つけるにあたり必要なことだ。
また宇佐美は鶴見との「二人だけの秘密」という響きに滅法弱くそれを完遂するための努力を怠らなかった。
秘密は好きだけどイコールで関係性も秘密にする必要があり、逆に公然と劇場される鶴月に「わかっています」「大丈夫です」と言いながらもやもやする宇佐美。
誰よりも信頼するから情報将校の要の技術を宇佐美に教える鶴見と、自分はすべてをかけられるくらい鶴見を愛しているけど鶴見からの想いは嘘なのだろうと思っている宇佐美の。両片想いのような話。
鯉登誘拐事件に宇佐美がかかわっていないのは「露西亜語できない設定を貫くため」という解釈。
ちなみにあのお洒落な情報将校さん。何カ国語できるんでしょう。その言語能力を含め少しずつうつされていたのだなぁと考えると。