愛すべし可愛い人を「っ諸伏。……このこと、降谷さんには言わないでくれ」
恥ずかし気に目元を淡く染め風見さんがオレに頼みこむ。眼鏡の奥、風見さんの瞳に写るオレが口角を上げる。
『往生際が悪いぞ、風見』
『無理です。勘弁してください……!』
先日の風見さんの休日。たまには三人で出かけよう、と決めていたその日。
三人で共に暮らすその家の日用品を買うだとか、ヒトの波を見るだとか、そういったことを楽しんだ後まるで今通りがかった偶然なのだとばかりにゼロが『あれがプリクラか』と声を上げ、『せっかくだから、三人で撮ろう』と提案した。それに反対したのは風見さんだった。
最初は『男だけの団体でこういう店は入れないんですよ』と常識や則で説こうとしたがゼロは神格高い霊獣、九尾の狐だ。『僕が君たちと行きたいんだ。行けないわけがないだろう』ときょとんと小首を傾げ入っていき、それはゼロの力で人の則が一時的に歪んでいるのだけれど。ゼロにとってそれは呼吸に等しく故に、できるのが当然だ。こともなげに進んでいくゼロに顔を青ざめた風見さん、そんな風見さんをあやすようにオレが苦笑しつつ進んだ。……余談ながら、ゼロほど簡単ではないけどオレにもできるだろうとは思いつつ、とはいえ撮られたくない風見さんに強いてまで行きたいわけでもないよなとは考えていた。そもそもオレ自身、人の社会で普通に会社勤めをしているヒトの風見さんを専業主夫状態のゼロとは違う方向からサポート、と言えばいいだろうか。ちょっとした妖たる力で風見さんの会社に雇われてもいないのに『風見さんに懐く後輩社員』だと認識されるようにし『働いて』いるわけで、やりようでできるかとは思うのだ。
そんなわけで入店という砦を突破してしまいブースの前にたどり着いた後は、風見さんは『やめてください』と渋った。
『撮るなら二人で撮ればいいじゃないですか』
『君は僕のお嫁さんなんだ。一緒に決まっているだろう』
『お、横暴です……!』
『っ! 風見さん⁉︎』
きゅ。口でもゼロに勝てそうにない風見さんがオレをゼロとの盾にし、オレの腕を抱く。思わず傍観に徹していたオレから小さな悲鳴が漏れた。
役得。そう言えば聞こえがいいが、求められるのは場の収集だ。
『ゼロ。こんなに嫌がっている風見さんに頼むんだから相応のことはするんだろう』
『風見がこんなに嫌がるなんて少し想定外だったが。もちろん』
『風見さんも、ね。こう言ってますしゼロのわがまま、付き合いましょう。そして。このあと、たくさんおねだりしてください。ね』
『ん。……一回だけ、ですからね…!』
オレとしても三人で撮れるならこの機会に撮ってみたい。なんて言ったら、話がこじれること請け合いだ。優しく促して話をまとめた。ほら、ゼロなんて、『このあと、風見からのおねだり…』と口元を緩ませそわそわし始めていた。こんなゼロの顔そうそう見られないよなと思いながら、折れざるをえなかった風見さんもせめてもの仕返しだろうか撮られる前の現実逃避だろうか渋面ながらも思案しているようで、攻防のために取られた腕が下がる前にオレからも絡め。目を丸くしてオレを見る風見さんに微笑んだ。
そうして撮った一枚だった。
それを風見さんが仕事の合間にこっそり、愛おしんでいたのだ。
そんなの。
可愛いに決まっている。
さらには、オレにだったら構わないと秘め事に誘うのだ。
なんて甘美な。
「それは。全然構わないですよ、オレとしては」
「ありがとう」
「いえ。風見さんと二人だけの秘密も、風見さんからの頼みも、オレは嬉しいですから」
眉を下げはにかむように礼を言った風見さんがオレのことばに「そんなつもりじゃ…」と口ごもり頬を桜色に染める。
後ろから抱きついてもこうして手を撫でてもされるがまま。というより。風見さんから、確実に顔が指がここでは駄目だと思っているはずなのに、オレに擦り寄っていたのを知っていた。さっきも。「ここでなかったら、」と苦笑したら顔が曇っていたのも間違いない。
あぁ、心ゆくまで撫で回してあげたい。あなたを愛おしみたい。
どうしようか。
『外の空気、吸いに行きましょう』
とか適当な理由をつけたら、連れ出されてくれますか。
「そうだ。オレも手帳に入れようかな」
「手帳、持っているのか?」
「えぇ、だから。買いに行きましょう。風見さんとお揃いがいいです」
不可思議な顔をした風見さんに提案すると顔を綻ばせた。
ごめんなさい、風見さん。
ゼロ、とても聡いからそのうちバレちゃうと思うんです。
でもオレからバレないようにしますから。
あなたが誘ってくれた夢、それまで見させてください。