記憶という名の記録**********
アンデモニオ。
地獄最大の反悪魔派勢力。
永久に生きる思想を掲げ、不滅を誓ったもの達の故郷。
そこの先頭に立つのがバリー・アン。
そう。私のことです。
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私はその背景で長年にわたりある研究を行っていた。
それは謎の媒体、ガガリナについて。
ほかの天人と同じように呼吸をし、ギルガムを鼓動させ、自力で直立している反面、自力で動くことも話すことも出来ず、誰かを見つめている訳でも無い。
定期的に彼の居場所が変わるのは、誰かがイタズラで動かしているからであることは既に公になっている。
時に神であると崇拝され、ご利益とやらを求め媒体に接触する者、疫病神として追い払おうとする者、それらすべてに該当しない者が地獄には溢れている。
この媒体はいつからいたのか。
現存する歴史書と資本では媒体は遥か遠い昔から存在しており、それは悪魔が生まれるより昔、天人というものがいたかどうかすら断言されていない。
つまり、この媒体は不死なのだろう。
永久に老いることも無く、痩せも太りも伸びも縮みもしない。
不滅の怪異なのであると考察されている。
私はそれを追い求めてきた。
天人と同じ条件を定めていながら永遠に美しいまま生き続けるあの媒体のことが分かれば、我々の永遠に生きるという思想が叶う日もそう遠くないと確信している。
生まれてまもなく知ったこの世の真相と、長きに渡る反悪魔派勢力の活動。
それらは全てあの媒体の真実を知るため。
欲しいのだ。
彼の生き方そのものが。
1000年という寿命と法律に縛られ、窮屈に生きる暮らしから脱し、ついに本当の不死を手に入れることができるならば、私は身体のなにもかもを売り払ってまであの媒体の真実を追求する。
全てを知り尽くした私になら、それは可能だ。
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なぜ今まで、彼を解剖するものがいなかったのか。
それは解剖を試みた連中が全員、彼の胴体を見たからだという。
彼の胴体を見ると、どのような優れた解剖者や研究者であっても、辞めざるを得ない感情を得ると聞いた。
それ以前に、私は未だあれに接触出来ずにいた。
私は立場上、目立った行動を禁じられている。
言われるまでもなく、私は反悪魔派勢力の先頭に立つものであり、全ての天人の目を引く存在であり、決して知られてはならない禁域の先端にいる。
それが仮装であったとしても、決して悟られてはならない。
故に、ガガリナもまた、同様に天人たちの目を引いている。
そこに存在していれば通る人全てが彼に気づき、怯えるか喜ぶか、並大抵の感情を露わにする。
その彼に私が接近するということは、大きなリスクとなる。
多くの目に囲まれた状態でガガリナと接触し、手を引いてどこかへ連れていこうものなら、何者なのかを疑われよう。
そうなっては、一体幾つの顔を失うか分からない。
私の顔はもうあまり残っていないのだ。
あの孤児院で生まれ、本を読み尽くし、何もかもを見てきた。
この世界にお前の居場所はないと、赤子の時にそう言われたのだ。
それから何年経ったのか。
常識に抵抗し逃避行しているうち、莫大な犠牲を惜しまず全てを出し抜いて、しまいには地獄でも最も恐れられている反悪魔派勢力を創り上げ、その完璧な姿へと導いた。
いつしか私の後ろには、地獄の日々に取り憑かれ行き場を失ったもの達が1列になって並び、この組織こそが我々の居場所となった。
そうやって少しずつ、我々は群れを成しながら、地獄全体を恐怖で飲み込むことが出来たのだ。
しかし。
それでも私たちはまだ天人の形であった。
いずれ何者かに辿り着かれその身を滅ぼす運命であると、常に歩く先々で掲示されて生きてきたのだ。
どの道このままでは行き止まりへたどり着く。
随分と長いこと生きてきたのだ。
死を恐れ、死から脱する為にここまで。
ガガリナ。
あれの正体が分からなければ。
私は今日、終わりを迎える。
あれほど恐れていた終わりを迎えなくてはならない。
不滅を誓ったあの日の自分を、自分で殺すことになるのだ。
日に日にギルガムがすり減り手の皮も残らないほどに、私は死に近いところを彷徨っているのだ。
そうなる前に、一刻も早く。
本物の不滅にならなくてはならない。
だから、今日という日に、私は全てを賭けることにする。
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同士様方、ごきげんよう。
ついにこの日がやってまいりました。
私たちが命をかけて作り上げてきた不滅を証明し、悪魔以上の存在になる時が来たのです。
過去に犠牲になった全ての同士様に敬意を払い、今ここに立っていることを心から喜びましょう。
皆様を信じております。
不滅を共に創り上げたその終焉にあったもの。
苦しみに溺れた末に我々を選び、捧げると誓ったもの。
多大なる犠牲を払って、各々が作り上げてきたもの。
その全てを今日、証明するのです。
我々こそが、本物の地獄であることを証明するのです。
さあ、行きましょう。
終焉を不滅にするために。
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作戦は成功した。
同士様方が開発した知識と道具、その全てが役に立った。
見上げれば、美しい炎が私を祝福している。
高く燃え盛る残骸は煙を巻き、取るに足らない群衆の視線を集めている。
有象無象の叫び、嘆き、絶望なんてもの、もう何度見たかも分からなかった。
何度観ていても、それはやはり美しくて愚かだった。
今日に命をかけると誓った多くの私の親愛なる同士様方は、この炎に包まれ、あるべき場所へと帰っていく。
不滅と忠誠を誓い、永遠に私と共に生きると言い残して。
そうした積み重ねの産物。
過去の全ての同士様方にもこの景色が見えているであろう。
あともう一息。
炎が消える前に、あと一つだけ。
そこに答えがあった時。
ようやく私は…………………
「ガガリナ。ご覧になってください。」
私は媒体を炎の前に導いた。
崩れ落ちた冥廊の入口がはっきりと見えるように。
数多の憶測が飛び交い事実が歪み続ける中。
私がこの身を滅ぼすほどに追求し、導き出した答えだ。
ガガリナ
それは──────「運命の記憶」。
この世界、この世界線が生まれた時から存在し、今に至るまでの全ての歴史を記録する。
目で見て耳で聞いて鼻で香って息をして、感情も時間も自由も不自由も利益も損益も、その何もかもを全てを記録する。
この不条理な世界が生まれたその時から、ただその美しく愚かな世界があったことを決して忘れ去られることがないよう、創造主が作り出した記憶の媒体。
この体の中には、その全てが詰まっている。
過去の歴史も
血にまみれた残酷な時代も
悪魔の進化の仮定も
地獄の目まぐるしい変化も
獄民が交わす言葉一つ一つも
この世界で起きた全ての出来事を「天人として」記録する。
時代に手を出すことなく、本物の真実を記録するための、生命のない記憶の媒体。
もっと簡易的に、端的に言うなれば
「この世界を一つの物語として記憶する媒体」。
それがガガリナ。
それが、この媒体の正体であると私は信じている。
私は知っている。
全ての世界線には各々の記憶の媒体が1つ存在し、始まりから終わりのその全てを記録して残し続ける仕組みがあると。
歴史に干渉することがないように、居ないに等しい当たり前のものに化けて、案外私たちの身の回りに潜んでいたりするのだ。
その世界が終わりを迎えた時、それらはひとつの記録となり、全能の神の元へと帰っていく。
数多に存在する世界線と、それの記憶の媒体。
少なくとも、この世界…
私が生きたこの冥界。そして地球。
その記憶の媒体が「ガガリナ」だっただけなのだ。
そうでなければ何だというのだ。
どこにでも現れて、どこにでも居られる。
不死……いや、死という概念もなく、動くことも笑うことも泣くこともなく、ただ光景を見ているガガリナが記憶の媒体でないならば、この世界に不死は安易に存在する。
手が届かない遠くに、あるかないかも分からない不死。
私がずっと追い求めてきたもの。
生き物以上のものになれば、死という概念すら失う。
私はその真相に早い段階から気づいていたのだ。
「ガガリナ。
どうか、記憶してください。
今あなたの目に写っているこの景色を。
地獄の運命を、冥界の運命を大きく変えたこの日の記憶を。
私たちが生み出した産物です。
私たちを……………
………私を記録してほしいのです。
あなたに残したいのです。
あなたという記憶の媒体に残しておきたいのです。
私たちが生き物以上になるために起こした全ての奇跡。
さあ、私を見て。
私を見て。ガガリナ。
私を、あなたの中に記憶してください。
あなたが私を記憶したなら。
私の体がこの世界から消え去っても、
私の魂はずっとあなたの中にある。
物語の登場人物として。
あなたに記録された記憶の一つとして。
私は、あなたの一部になる。
朽ちることなく永遠に生きるあなたの一部になる。
ついに。
ついに。
ついに私も、朽ちることなく。
永遠に生きることができるのです───────」
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☆368年09月01日。
地獄側の冥廊入口にて大規模テロが発生。
:調査結果:
反悪魔派勢力が爆薬を利用し冥廊の入口にて巨大な爆発を発生させ、冥廊の入口は崩れ落ちた瓦礫により塞がれ出入りが不能になった。
その崩れ落ちた外壁の残骸は、未明の種の炎に包まれている。
未明の炎は水で消えることがないため、数日の間、公正型が総動員し消火活動にあたっていた。
鎮火完了後、開放された冥廊内の調査を開始。
冥廊内にいた多数の天人の死亡が確認された。
その死者に、公正型自治構成員のラヴ・ランダが含まれた。
天国側からの締め出しを受け、地獄側はテロにより入口が崩壊、その冥廊に閉じ込められていた数日間のうちに災厄を受け、死亡したと考えられる。
皎撈は後日、火葬式を獄都心にて行うものとし、一般の悪魔の立ち入りが許可されている。
朱撈は現在、冥廊の復旧作業のために想創型の人員を募集することを明示し、郊外の堕凶魔たちにも司令を届けた。
「想創型以外でも、公正型や天罰型の資格を持っているなら、みんなで協力して地獄の怪我を治していこう。
んで終わったらみんなで美味いものでも食べよう。」
参加した半数以上の悪魔たちの合意により、その計画は実行が予定されている。
一方、瓦礫から見つかった死体から、一連のテロ活動の主犯はアンデモニオであると判定され、現場で発見された主幹の「バリー・アン」が確保された。
その際、媒体「ガガリナ」との接触があったとして調査を実行したが、媒体への被害は一切なく、即日2番街へ再配置となった。
バリー・アンの脅威は数千年以上に渡り地獄を蔓延っていたため、詳細に尋問を実行。
被告の精神状態は不安定だが、一連の罪状を否認する様子は見られず、記録に残っている限りのテロ活動の罪状を全て承認した。
冥廊テロの翌週。
バリー・アンは過去一連の罪状に伴い、極刑が執行された。
なお、現在のアンデモニオの残党勢力は不明となっている。