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    ナナメ

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    ナナメ

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    死印完結(五章終了後)、『一杯奢った真と奢られた八』の幻覚を見たかったと供述しており

    キャラ崩壊の可能性が否めない

    「聞きたい事は山ほどあるが、まずは」

    「生きて帰って来られて良かったな。八敷」
    「…その無表情で言われてもあまり素直に喜べないな」

    場所は居酒屋。時刻は夜7時を過ぎた所で、薄闇に包まれる空とは反対に道沿いに並ぶ店の明かりが目立ち始める。辺りは良い感じに出来上がったサラリーマンや若者の声が飛び交っており、対面で座っている真下の声がやや聞こえ辛い。

    「一度死んだようなものだ。…八敷一男はな」「今はもう、九条家当主の『九条正宗サマ』だ…とか言いたいのか?」「…戸籍上その通りなんだが…どうも実感が湧かない」「記憶は全て戻ったんだろ」
    「ああ…だがどこか他人事のように感じる。俺にとっては、『八敷一男』として館で過ごした日々の方が充実していて、色濃いものだったんだろう」
    「死に直面し続けていた日々が一番充実していた…か。貴様の人生、驚くほどつまらないな」「相変わらず酷い言い草だ」

    頼んだ熱燗を煽りながら鼻で笑う真下を見、ジョッキを手にしたまま苦笑した。
    「俺の話はもう良いだろう。大方は話したはずだ」「…1週間前の自分なら『下らん』と一蹴するような突飛な内容だったが。…人間は変わるもんだ」

    「性格は変わっていない」と口を挟むと説教が始まりそうだったので、黙っておいた。

    「俺の方は…捜査の結果を一課に報告、書類の再確認やら洗い直しやら、面倒そうな物全部押し付けてやった」「1人で事件の全容を知って満足、ではないんだな」「俺は元刑事だぞ。それではただの後先考えないアホだ。」

    H小学校の地下で出会ってから今までで、会話する度に数秒間隔で口の悪さが露呈する真下の喋り方にも慣れてきた。

    「元々真実を知る事が俺の目的だったんだ。どうせあの事件は、捜査を外され刑事を辞めさせられた現一般人の俺が個人で抱えるにはでかすぎる」
    真下は眉間に皺を寄せ、皮肉を吐きながら苛立ちを隠そうともせず憤る。
    ─ふと、以前別れ際に真下から聞いた言葉を思い出した。

    「墓参り、…行けたか」
    「…」

    『あの人』が誰なのか。
    聞くつもりは無いし、さすがに踏み込み過ぎている。
    真下は表情を少し緩め、こちらの瞳を見据えた。

    「…行ったさ。積もる話もあったしな」
    「そうか」

    特にそれ以上広がる訳でも掘り下げる訳でもなく、ただ二人で黙り込んで机を見下ろす。


    「探偵業を始めようと思っている」
    「…………………………は?」

    数十秒の沈黙の後、突如真下の口から発せられたあまり現実味を感じない単語に自分の耳を疑う。

    「探偵…って、あの?」「他にどの探偵があるんだ?考えてから発言をしろ。…刑事を辞めてから働いてないんだ。働かなけりゃこの世じゃ生きていけない」「それは分かるが。……何故、探偵なんだ」「経験が生かせる唯一の場だ。トラブルが多いこの街なら客も寄ってくるだろう。無かったら貴様がトラブルでも何でも起こして来い。ただし雑用は御免だ」
    人を何だと思っているのか。

    「何なら貴様もやるか、探偵。」
    …この男が言うと、何が冗談で何が本気なのか分からないから止めて欲しい。
    「…俺は遠慮しておく。と言うか、九条家の家督を継いだと言っているだろう」「ちっ。つまらん…まあ、貴様と過ごしているとろくな事が無い。前も言ったが俺は命が惜しくない訳じゃないんだ」「どういう意味だ…」「お前といると命がいくつあっても足りん、と言う事だ」

    だが、と一呼吸置いて真下が俺を指差した。

    「お前になら、この命預けても良いと思った」

    自分の頭で、その言葉を反芻する為に思考を加速させようとしたのだが…ジョッキの氷がカランと音を立てたのを皮切りに、何も考えられなくなった。
    黙っていると、真下がため息を吐きつつこちらを睨んで来る。

    「何だ。不満か?」「……それなりに信用を置いてくれている、と言う事で合っているか?」「ああ。頭の鈍い奴だ」

    真下悟と言う男を、少しでも…他人よりは理解しているつもりだったのだが。まだそう判断するには速かったのかもしれない。

    こいつが俺を信用している。
    命を預けても良いと、思える程に。

    「過大評価だ」「そうかもな」

    褒めたいのか貶したいのか分からない物言いだ。
    しかし、…知れば知る程変わった奴だが、人に頼られていると言う事実に、悪い気はしない。だが、プライドが高い真下がそれを本人に言うとは─

    「…お前、酔ってるか?」「あ?何だ突然…そりゃあ、飲み始めてから時間も経っているからな。多少酔いは回っているんじゃないか」

    数秒お互いの顔を見ていたが、真下が何かに気付いたように眉を上げた。

    「八敷貴様、さては俺の今の言動が酔っ払いの戯れ言だと言いたいのか」「………」「随分と失礼な野郎だな、俺をここにいるような酔いどれ共と一緒にするとは」
    真下もたった今、失礼な事を吐き捨てたが。

    「俺が貴様を信用しているのは事実だ。酔いが覚めても変わらない…生死を共にした、…一時的にも、運命共同体…ってやつになっていたんだからな」「…あの時は本当に世話になった」「…花彦と対峙した時、俺は貴様がいなけりゃあの廃校で呆気なく死んでた。シミ男で真実を追うついでに、借りを返しただけだ」
    真下は、何故か苦々しそうな表情で熱燗を口にする。

    「たまには館に顔を出せ」「何で俺がわざわざ貴様なんぞの顔を見に行かないといけないんだ。それに俺も暇じゃない」「暇になった時でいい…今度は俺が奢る。あの広い館に1人でいるのも気が滅入るし、真下の仕事の愚痴…は程々にして欲しいが、どうでもいい話をしよう」「……暇になった時に、な」

    人間らしい話をして、現実を感じたい。怪異に触れ続けていては、いつか壊れてしまうかもしれない。真下とは、自分として…「八敷一男」として、しっかり話が出来る。そんな気がした。
    メリイが力を取り戻してしまった暁には、真下はもう巻き込みたくないが…

    「貴様が死にそうになった時には力くらい貸してやる」「死にそうになる前に貸して欲しいんだが」「贅沢を言うな」

    何だかんだ言い合っても、お互い助け合える。
    そんな関係であれる事は、嬉しかった。

    「縁」とは不思議な物だ。
    死の恐怖を分かち合った俺達が、今じゃその話を肴に酒を酌み交わす事が出来る。

    最も、これから再び俺達を追い詰める「大きな事件」が迫っているなんて、その時は想像もしなかったのだが。

    その後、いつもより少し顔色が良くなった真下を見送る為店を出た。足元はしっかりしているが、意識の方は頼りない。

    「律儀な奴だな」「今にも倒れ込んで眠ってしまいそうじゃないか」「そんな事はしない」「するしないの意思は既に関係ないんだが」

    「一男」

    不意に名前で呼ばれて、反射的に顔を上げる。

    「…風邪引くなよ」
    「何だそれ」
    真下の口から労いの言葉が発せられた事に少し驚いた。薄い内容に見えるが、それが真下の精一杯の声掛けだろう。
    思わず口元が緩み、笑って返した。

    「悟もな」
    「貴様は名前で呼ぶな気色悪い」
    「理不尽だろ」

    結局、最後はいつもの真下を見て別れた。これでいい。
    俺は火照った体に涼しい夜風を受けながら、珍しい上機嫌で帰路に着くのだった。

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