「久しぶりに3人で集まらないか?」
そう提案したのは矢張で、ちょうど仕事が入っておらず暇だった僕は、それに賛同して矢張と会っているのだが。
「…何で居酒屋なんだ」
「え?ダメだった?」
いそいそと席に座る矢張に聞くと、「そんな事を聞かれるなんて思ってもみなかった」と言ったリアクションを返して来る。
「ダメって訳じゃないけどさ。
…さてはお前、酒飲みたかっただけだろ」
「…バレた?」
「やっぱり…奢ったりしないからな。
今月は出費が多くてムダな金を出す余裕が無いんだ」
「ちぇっ」
矢張は当然奢ってもらうつもりだったようで、口を尖らせながら足を組んでメニュー表を開いた。
いつ会っても矢張はこんな調子で、だけどそんな変わらない様子に少し安心する。
「奢ってもらいたいんなら、御剣に頼めよ。」
「…お前も案外ちゃっかりしてるよなぁ、成歩堂よ」
「…御剣はまだ来ないのか?三人、って言ってたんだし。
あいつも誘ってるんだろ?」
矢張の言葉に返さず誤魔化して、横に座りメニュー表を覗き込みながらなかなか姿を見せないもう一人の人物の事を案ずる。
「うーん。俺、あいつの電話番号とか持ってないしなぁ。この前道端でバッタリ会ったから誘ったんだけど」
なんて曖昧な約束…これじゃあ俺がただ矢張と飲んで帰るだけになる。…別にそれも良いんだけど、僕は御剣に会いたい。
「…御剣、来るのかな…」
腕を組んで椅子に深く座る。
既に店員を呼び、ビールと焼き鳥を注文していた矢張がこちらを向いた。カワイイ女性店員だったようで、矢張の表情は嬉しそうにニヤケている。
「あいつ、『恐らく、それまでには今関わっている仕事は片付くだろう。行くつもりでいるから、待っていてくれ』なーんて言ってたんだけど。有名検事ちゃんは仕事が多くて大変だなぁ。」
「僕は暇だから来られる、みたいな言い方をするなよな」
「わーってるって!成歩堂の事をバカにするワケねぇだろぉ!俺の恩人だぞ!俺だってバイトが休みだからこうやってお前らを誘ってんだ。サキの為に毎日働いてんだからな、俺は!」
…そんなウルウルした目で見られても、困る。
女性関係については、やっぱりいつまでも懲りないな。
その時、後ろの引き戸がガラガラと音を立てて開く音がした。
パッと後ろを向くと、店員に何名様ですか?と聞かれ「友人が先に来ている」と説明をする御剣の姿が見えた。
「よぉ~御剣ぃ!遅かったじゃねぇか!」
矢張が声を掛けると、御剣は少し申し訳無さそうな顔で呟いた。
「…すまん。…矢張に貰った住所を頼りに来たのだが、この辺りは来た事が無いものでな。途中…少し道に迷った」
「仕事が長引いた、とかじゃないんだな」
「フン。…仕事は全て片付けて来た。そうでなければこんな所で時間を潰す訳がない」
「んじゃ、御剣のお疲れ会も兼ねてさっさと飲もうぜ!」
「お前はもう飲んでるだろ…」
御剣は、矢張と僕の向かいに座った。
矢張はいつも通りの服装で、僕はタンスから引っ張り出して来た無地の白パーカー。
御剣は仕事が終わってそのままここへ来たのか、法廷でよく見る赤色のコートに、あのヒラヒラした服装だ。
「御剣、仕事終わりにすぐ来てくれたのか?」
「…?…ああ。そうだが」
「もう少し軽い服に着替えて来れば良かったのに。
…何と言うか、こう…合わないね、居酒屋に」
「確かに。そもそも御剣は、高級レストランでお高いワイン飲んでそうなイメージだもんなあ」
矢張がビールを片手に笑いながら勝手な偏見を言った。
「…べつにそういう訳ではないが。遅れると迷惑になるかと…それで、そのまま来てしまった」
「……なんだよぉ、御剣ぃ!!お前イイ奴かよぉお!!」
「!?何をするッ机越しに抱き付こうとするな!」
矢張をかわした御剣は息を吐きながらコートを正している。
「ほら、成歩堂も御剣も飲もうぜ!お姉さ~ん、ビール3つと焼き鳥2皿、あと枝豆も付けてくださ~い!」
…矢張のこの様子じゃ、結構飲むつもりらしい。明日に響かないと良いけどな…
店員さんが机に置いてくれたビールを口に付ける。
「それで、御剣。終わらせた仕事ってのは、どういう?」
「…守秘義務と言うコトバを知らないのか?成歩堂。弁護士のくせに」
「まあ、そうか。ちょっと気になっただけだよ」
「フン…そういうキミは、そもそも仕事はあるのか?」
「何だよその聞き方。あるよ、仕事くらい。一応最近じゃ、少し名の知れた弁護士として紹介されてるんだ」
「それで浮かれているようでは、今に落とし穴にハマるぞ」
「せ、説教された…」
ジョッキを持ったままぐだぐだと話す僕と御剣を見ながら、矢張が枝豆をつまみながら呟いた。
「お前らのその感じも昔っから変わってねえなぁ。んで、もう付き合ったのかよ?お二人さんは」
「「はぁ!?!?」」
声を揃えて矢張の方を見る。
御剣の方はビールを吹き出しそうになり、
むせて咳き込んでいる。
「な、?…何の事だ矢張…?」
「我々が、つ、つつ付き合う…?だと…?」
「あれ。まだだったの?ショージキ、見てて焦れったいんだよなぁ、お前ら。それ見せられる俺の身にもなってみろって」
矢張は呆れた顔でビールを飲み干し、店員を呼ぼうとしている。
「い、いや、ちょっと待て矢張!そもそも、いつ僕が御剣を…す、好きだって言ったんだよ!」
「そ、そうだ、私だってそんな事は一言もお前に言っていないはず…!!」
「……この際だから言っちまうけどよ。俺と成歩堂、俺と御剣ってカンジで別々でマンツーマン?で話してる時に、分かるんだよな。延々お互いの事しか話してねえんだもん。好きなんだろ?もうずっとノロケ聞かされてんの。俺の恋愛相談もマトモに聞いてくれよなぁ~…てか今のお前らの反応もわかりやすすぎるだろ。
…あ、すみませーん、ビール一つお願いします~!」
呆れた顔で言い放った矢張を前に、そうだったのか、と顔を覆う。…完全に、無意識だった。
あまりにも、恥ずかしすぎる。
確かに僕は… 御剣の事が、好きだ。
友達としてじゃなく。…恋愛的に。
…矢張の言っている事が本当なら、御剣も僕を…
つまり、僕達は『両思い』…ってヤツになるんだけど……そんな都合のいい話が存在するのか?
「…………………帰る」
御剣が突然席を立ち上がり言い放った。
「なっ!?ちょ、ちょちょちょっと待ってくれ、御剣!な、何で急に…」
慌てて自分も立ち上がり、思わず手を掴み止めてしまう。
はっと振り向いた御剣の顔は、赤かった。
酒の酔いが回ったせいなのか、あるいは…。
「…………」
「…………」
黙り込んでいると、矢張が「ほら見ろ」と言わんばかりの顔で腕を組んでいる。
「…んじゃ、俺は用事思い出したからさ。
あとは二人で仲良くな~っと」
矢張が背後をすり抜け、鼻歌を歌いながら店から出て行ってしまった。
…やっぱり金は払わないらしい。
止めようとしたが間に合わず、矢張に投げ掛けようとした声は落ちて消えた。
どうしてこういう時に限って矢張に気を遣われるんだ…!
どうしようもなくなって、ゆっくり元々いた席に着いた。
御剣もよろよろと着席する。
あんな事を暴露されてから二人きりにされても、何を話せば良いのか全く見当がつかない。
これじゃあまるで、初対面同士のお見合いだぞ…
御剣はさっきから俯いたまま、顔を上げない。たまにジョッキを力無くずるずると引き寄せて、ぐいと煽っている。
「…………あのー、さ…」
沈黙に耐え兼ね僕がぎこちなく声を掛けると、御剣はびくりと肩を震わせてビールを流し込む手を止めた。
「…………………何だ」
「………いやぁ…何だって言われても……」
さっきまで普通に会話していた相手なのに、どう話せば良いのかサッパリ分からなくなっている。
どう話を切り出せばいい?
やっぱり、ちゃんと目を見て話すべき?
どういった会話を交わしていたっけ…?
「…さっきの、…あの…矢張が言ったヤツだけど」
「……あ、ああ…」
もう、こうなりゃヤケだ。
腹を括って、自分から突っ込んで行く。
御剣は目を泳がせ、分かりやすく動揺している。
「僕の…アレについては、…本当の事。」
「…アレ、とは」
「…………」
念を押すようにして確認される。
「その…、僕が矢張に…御剣の話ばっかりしてたかもしれない、って話。…無意識だと思う」
「……うム……まあ、私も、…確かに…よく成歩堂の話をしていた…と思う」
会話は出来るものの、核心には触れられない。
『僕達は両思いなのか?』と。
そんな事を聞ける勇気は到底無いし、聞いてしまえば何だかすごくナルシストっぽく見えるし、「ちがう」とハッキリ否定されてしまったらしばらく立ち直れる気がしない。
「もしかしたら、」なんて淡い期待を抱けるような相手じゃない。
結局会話は止まってしまって、またお互い黙ってビールを飲み始める。…振り出しに戻ってしまった気がする。
「…………………とは………」
「……え?」
御剣がボソリと何か呟いた。
反射的に聞き返すと、小さな声で続けた。
「……矢張が言っていた…好き、と言うのは………友愛とはまた、違ったモノなのだろうか」
「………………………」
御剣の言う「好き」が友愛の話だった場合、
この気持ちは僕の一方的な片思いになるワケで。
「……そ…そう…いう場合も…あるんじゃない、かな」
曖昧な返答を返してしまった。
とても、僕の口からは…
「…キミは、違うのか?」
「へッ?」
つまみが乗った小皿に手を伸ばしていた僕は、ミゴトに裏返った声を上げてしまった。
「ち、違う、って…、どういう…?」
「…成歩堂が言う『好き』は、友愛か?」
…とんでもないことを聞かれているぞ。
面と向かって聞くか?それ。
「ええと…つまり、何が?」
「何が?ではない。…成歩堂が、私に持っている気持ちは『友愛』なのか?と聞いている」
とぼけてみるが、変わらない。
……御剣の顔を見て確信した。
こいつ、さっきからずっと飲み続けてたな。
目が……完全に……据わってる…………
どう足掻いても質問をかわす事は出来そうにない。
敏腕オニ弁護士に尋問される被告人の気分は、こんな感じなんだろうか。
「聞いているのか。成歩堂龍一」
「き、急にフルネームで呼ぶなよ…
…み、御剣は、僕にどう思われてたいの?」
「異議あり。逃げるな……質問に答えたまえ」
「うへぇ………本格的………」
…今の御剣は随分酔っ払っているし、
何を言ってもどうせ、明日には忘れてるんじゃないか?
今日僕が何と言おうと、全部忘れていつも通り、あの無表情で法廷に立つんだ。
そう思うと、悩んでいたのがバカらしくなって。
「好きだよ。…友達としてじゃない。
…手繋いだり、キスしたい…って好き。」
ふん。…言ってやったぞ。
御剣は表情を変えずに、またビールを飲んだ。
そして一言、
「そうか。」
「………………それだけ?」
「……?」
簡潔すぎる言葉に、拍子抜けしてしまう。
「……あまりにも、その……無反応過ぎない?『好き』って分かる?……引いたり、とか。無いの」
「何故」
「…ずっと友達?だったやつがさ、
…こんな所で好きとか言って来るの。」
「…………」
自分で言いながら悲しくなって来る。
どうせ、明日忘れてるんなら…いいか…
「…私も同じだ」
「………………………」
「はい?」
「私の"これ"も、恐らくキミと同じもの…。
きっと、好きなんだろう。」
「成歩堂龍一、キミの事が」
どこか他人事のような話し方だったから、一瞬話の内容が入って来なかった。
それでなくとも、居酒屋の喧騒に紛れ消えてしまいそうな小さな声だったのに。
「…ちょっと待って、……一旦落ち着かせて」
「勝手にしたまえ」
目の前で悠々とビールを飲む御剣の顔は法廷で見るようなあの余裕に満ちた表情で、僕だけが焦って困惑してるんだ自覚させられて、恥ずかしい。ただ、酔っているからなのか、御剣の顔は赤い。
「…なんで、そんな余裕でいられるんだよ…
好き、って…そういう事だよな」
「何度言わせるつもりか、成歩堂。
私はキミより前からキミの事を想っていたさ」
「……全く思考が追い付かないよ……」
御剣は更に酔いが回って来たのか、段々と眠そうな目になっていく。
「矢張に告発されてしまうのは想定外だったが…どうせ私1人では…永遠にキミに心の内を明かす事はなかっただろうな」
「告発って…まあ、僕も言える気がしてなかったからな。…今こうして会話が続いてる事が信じられないんだけど…ずっとうじうじ悩んでて、結局言わないつもりだったんだ」
「キミは自信家のくせに、変な所で気弱だからな」
「御剣が言えた事じゃないぞ」
御剣の眠気が限界に近付いたようで、目を閉じてうとうとと微睡み始めた。
「あのさ。…ちゃんと確認しておきたいんだけど」
「………………?なん…だ」
「僕達、両思い…って事で…良いんだよね」
御剣は何とか応えようと目線をこちらに向けて来る。
「…そう…だな…」
「じゃあ、あの…僕と、…付き合っ…て…くれない、かな」
「……………」
眠りに落ちる直前、御剣がふっと微笑んだ。
「…よろしく」
僕はそのまま腕を組んで寝息を立て始めてしまった御剣を背負って帰る事になった。御剣は眠る前から予め自分が出す分の金を机に置いていた。矢張とは天地の差がある生真面目さだ。
三人分の金額を払って店を出ると、冷たい冬の風が火照った体に容赦なく吹き付けて来る。思わず首を竦めた。
自分と同じ歳の体格の良い男を背負うのは思っていたよりきつくて、途中何度か挫けそうになった。
でも、先程の店内での会話を思い出しては緩む口元を押さえて、気合いで成歩堂法律事務所まで辿り着く事が出来た。
いつもなら自分の家まで帰るけど、そこまで歩ける体力がない。力を振り絞って扉を開け、部屋の電気を付ける。
真宵ちゃんは…さすがにもう帰っているらしい。
テーブルにある置き手紙に真宵ちゃんのカワイイ字で、「ナルホドくんへ ちゃんと水を飲んで寝ること!ソファで寝ちゃダメだよ!」と書かれている。
今日の昼、三人で居酒屋に集まる事を話していたのだ。真宵ちゃんが「焼き鳥食べたい!」とリクエストをしたので、とりあえずパックに入れて数本持ち帰って来ている。
とりあえず焼き鳥のパックが入ったビニール袋をテーブルへ置き、御剣をそっと降ろしソファに寝かせる。
置き手紙の内容も、ろくに頭に入っていない。
上着を脱いで、ソファの隣にしゃがみ込む。
寝息に合わせて上下する御剣を胸囲は、きっちりと着込まれたスーツに押さえられて少し寝苦しそうだ。
何も考えずに、御剣のスーツを脱がせる。他意は無い。
首元のクラバットをするりと外し、シャツのボタンも上から順に外す。ちなみにこの「クラバット」と言う難しい名称は、以前御剣に直接聞いた。自分がつける時なんて来るとは思えないけど、知っているだけでなんだか少し賢くなったような気がする。
ボタンを半分外した所で、眠そうに呻く御剣の声で我に返った。どうして全部脱がせようとしてるんだ、僕は。
シャツのボタンは、上二つ開けておけば呼吸が楽になるだろう。一度開けたボタンをそっと付け直した。
他意は無い…つもりだったけど、ばくばくと高鳴る心臓がそれを否定するようで、どうしても顔が熱くなる。
ボタンを外しながら触れた指先に伝わった御剣の体温、それに少し反応し声を漏らす眠った御剣。
何がとは言わないが、危なかったかもしれない。
シャツから覗いた綺麗な白い首筋と鎖骨が、頭から離れない。
明日、御剣は僕になんて声を掛けるんだろう。
なんにも言わず僕より早く起きて、お礼の置き手紙だけして帰ってしまうのかな。
居酒屋でヤケになった自分の言葉が脳裏を過った。
「何を言っても明日には忘れてるんじゃないか」
「どうせ明日忘れてるんなら…」
本当に忘れてしまうのかな。
今日交わしたあの言葉、交えた契約。
全部、朝日が昇れば、無かったことに?
ソファにもたれ掛かるようにして顔を埋め、冷たい床に座ったまま目を閉じる。
いやだな。
忘れられたくない。
僕だけ全部覚えてて、御剣は何も覚えていない。
録音でもしておくべきだったかな。
そもそも、あんなに酔った状態で聞く質問じゃなかったのかな。酔った勢いで言わない方がよかった…かな。
1人で喜んだり悲しんだりしている自分が、まるで道化師みたいで滑稽だ。
居酒屋から出た際の浮かれた気持ちはどこへやら、後悔ばかり募って、思考が淀んで行く。
気付かないうちに、御剣の横で眠ってしまっていた。
翌朝、何の兆候もなく耳に飛び込んで来た御剣の大きめの声によって強制的に叩き起こされた。
「ッ…!!!!」
「んがっ!?」
ばっと顔を上げると、二日酔いの頭の痛みと共に寝起きであろう御剣の姿が視界に飛び込んで来る。
ユメかと思い二度寝を開始しようとしたが、昨日の出来事を思い出し慌てて立ち上がった。
「みっ御剣…おはよう」
「………………………」
ぎこちなく挨拶をするが返事は無く、御剣の険しい表情は崩れない。
やっぱり忘れられてるのかな…
「き、昨日は…その、申し訳無い」
「…?酔い潰れて寝た事か?気にするなよ」
わざと笑って誤魔化そうとすると、僕が想定していたものと全く違った返答が返ってきた。
「いや、…その。………色々………
……好きだと、言っただろう。…キミの事が」
「うん、そうだね……。…………ん?
…………………………………なんて?」
「………………………ぐ…ぬ…………
………昨日。矢張に呼び付けられ、居酒屋へ向かった。……そこで、………矢張が、……私達の関係性について、指摘した。私は…その時既に、酔っていたのだろう。確か、キミにこういった旨の質問をしたはずだ…『キミが私に抱く感情は友愛か?』…と…覚えていないのか、成歩堂」
「………………御剣……忘れてないじゃないか……」
全部、覚えてるんじゃないか。
そんなにハッキリ。
「………そのあと、は」
「……………………………………………」
自らの記憶を辿る御剣の顔が、真っ赤に染まっている。視線は下を向き、目が泳いでいる。何度も喉から何か言葉を出そうとして、寸前で止めているようだ。小さく呻き声が聞こえる。
「………僕が答えた…んだよね、…もちろん覚えてるんだろ?…それも」
御剣は無言で小さく頷いた。少なくとも、寝てしまうあの瞬間までの出来事は覚えている…と考えていいだろう。
なんだよ。昨日の僕のムダな心配は何だったんだよ。
笑おうとして、ふととある思想が過った。
会話を覚えていたって、あの時の問いに対する返答をした時は完全に酔っていたわけだから、冷静に判断できるようになった今、考えが変わっていても不思議じゃない。
突如心を暗雲が覆い、御剣の顔を見られなくなる。
御剣がこちらの心を読んだかのように、
小さな声で、でも力強く言葉を発した。
「…わ、私の気持ちは…変わっていない。」
「……………どれだけ、
僕の気持ちを乱せば気が済むわけ?」
「な、…何か気に障っただろうか」
「上げて落として上げて…ジェットコースターじゃないんだから。ついていけないよ」
「どういう事だ…?わかるように説明したまえ…」
「ごめんごめん、何でもない。……嬉しくて…」
「…!」
力が抜けてへにゃ、と笑うと御剣は更に顔を赤くした。
いつも険しい表情の御剣がこんな顔をしてくれるのが珍しくて、可愛くて、また笑ってしまった。
呼吸を整えて、目の前の御剣を見つめる。
「改めて、…言っていい?昨日は酔ってたし…」
「……………ああ」
「…僕は御剣が好きだ。…付き合ってくれないか」
「…………」
御剣は少しうつむいて、呟いた。
「その、こういうのは…初めてで…何と言えばいいのかわからない。……………宜しく頼む、………これで、いいだろうか」
ちらりとこちらの表情を伺ってくる不器用な相手が可愛くて、思わず強く抱き締めてしまった。
「んなッ!?な、な…なんなのだ突然ッ!!」
あたたかく脈打つ胸から、言葉が溢れる。
「…大好きだよ、御剣…」
「う、ム…………………そのッ………
……わたしも……」
それからしばしの沈黙が続き、事務所に勢い良く入ってきた真宵ちゃんの大声が響くまで、僕達は互いの熱を感じていた。
興奮してはしゃぎ回る真宵ちゃんを落ち着かせて説明を済ませ、事の発端になったのは矢張だと言うと「これは菓子折りを持ってお礼に行かなきゃね…」と妙に張り切り出した。
なんで真宵ちゃんが保護者みたいな立ち位置にいるんだよ、と突っ込みながら、御剣とふたりで笑った。
いい人達と巡り会えたなぁ、と幸せを噛み締めながら事務所のテーブルに目を向け、千尋さんにも報告をする。
千尋さん。今、僕は幸せです。
またいつか会えた時には、しっかり話しますから。
終