ダイヤノイドでデートする上一 想いを寄せる相手と大型商業施設でクリスマスデート、不幸のデパートみたいな俺に突如降ってきた嘘みたいな僥倖。もちろんデートと称してるのは俺だけ。
実際は手乗りサイズの『理解者』が見ていたテレビ番組がダイヤノイドの特集を組み、よりによってドールハウスの取材なぞ盛り込んだのがそもそものきっかけなのだが。
丹精こめたお手製のダンボールハウスは役目を果たし切る前に無事スフィンクス大明神の手(足?)によって破壊され、ブロックハウスでも耐久性に不安が残ると言われて反論も適わず…。
父さんからクリスマス用にと電子マネーのギフトが振り込まれていたが、全て吹き飛ぶ可能性もある。いや、全て吹き飛ぶだけならラッキー、あるいはそれでも足が出るかもしれない。
突如金欠の危機に立たされ、年末年始のバイト情報を集めようとしていた時だった。
「クリスマスに女子と第十五学区、ねェ」
「もう今から既に陰鬱だよ、クリスマスムードのダイヤノイドなんて場違いな……」
コートも手放せなくなってきたある日、たまたまタイムセール中のスーパー付近で居合わせた一方通行が買い物を手伝ってくれた。
一方通行に偶然出会う、率先して買い物を手伝ってくれるというイベントの数々に俺は既に慄いていたが、恐ろしいこと奇蹟は留まらない。
「……買ってやろォか?そのドールハウス、とやら」
「は、えええ??流石に何の礼もできないのにそんな高額な、」
「礼を、いや、詫びを入れたいのはコッチだしなァ」
一方通行が詫び!?と心当たりを探すも正直あるような無いような……寧ろデンマークでのことを考えると俺の方がお詫びしなきゃいけないような気もする。
あの戦力に対抗するためとはいえ、結構なサイズの石を心臓付近に叩き込んでしまったのだ。薄い胸骨にヒビが入っていたりしないか、少なくとも痣や内出血はできてしまっただろう。
「カウンター仕掛けたオマエの手に負担をかけちまった、骨折とかしなかったか?」
「それはこっちの台詞!!」
*
出会いは最悪だったと思う。
倫理観のカケラもない学園都市の非人道的な計画、それに加担していた一方通行の所業は当然許されたものではない。しかし以降はロシアでの一件、フレメアの救助と以降共闘や対決を経て親交を重ね(てると思ってるのは多分俺だけだと思うけど)、当初は見えなかった一面が見えてくるようになった。
一方通行が強さ、もとい無敵を求めた理由。その能力の強さ故オティヌスのように理解者がいなかったであろう孤独。打ち止めや妹達を守り抜こうとする信念。そしてそのあまりに多い荷を抱えるには華奢過ぎる背……守る必要がないと分かりきっていながら、つい視線が追ってしまう。
庇護対象を見つめるときの慈しみを孕んだガーネットの瞳、陽を反射する純白の髪、人工物のような顔貌に痩躯。意思表示が薄ければ精巧なオートマタと見紛いかねない造形を。
その容姿に反し、敵視した相手を突き刺すような眼光、振り翳す膨大なチカラは何よりも強さを体現している。
ただその強さが突き崩された瞬間、ほんの僅かに垣間見える弱さにこそ、どうしても惹かれずにはいられない。完全模範生が自身の僅かなミスに見せる動揺のような。
「冒涜、になるのかな……一方通行への」
滲み出てしまう感情は今更蓋をすることもできず、そのことに罪悪感を覚えないわけでもなくて。こんな気持ちがバレたら、アイツは軽蔑するかな。
*
15分前到着。30分前に着くように計画してこの結果だから、正直運が良かったとしか言いようがない。
ひどい時はよそ見をしていた人間の持つドリンクが服にかかったり、途中で財布を忘れたことに気づいて戻ったり、見知らぬ不良に因縁つけられて追いかけ回されることもあるので用心したが、今日は幸い大したことも起こらずに済んだ。天からの一足早いプレゼントか、はたまたこの後に途轍もない不運が待ち受けているのか。
ただでさえ今朝付いてくると思っていたインデックスが「らすとおーだーに用事があるんだよ」と、オティヌスを肩に乗せてぴょこぴょこ出て行っただけでも驚きだったのに……。
冷気とも悪寒ともつかぬ気配に身震いしていると、視界の端に個性的な杖が映る。
目立つ頭髪を黒いニットキャップで覆い、ダークグレーのチェスターコートに黒のインナーとスキニーのモノトーンコーデに差し色としてボルドーのカシミアマフラーを巻いた最強様がこちらへ向かってくるところだった。日頃の、ともすれば悪目立ちしかねないファッションセンスこそ鳴りを潜めているが、今は逆の意味で人目を集めてしまっている。
どうしよう、あんなファッション雑誌から飛び出してきたようなモデル様の横を歩くのがこんなちんちくりんだと思われたら……と呼びかけを戸惑っていると、すぐそばまで到達してしまった一方通行から先に声が掛かる。
「遅刻してくるかと思ったら早エな」
「お待たせするわけにもいかないでせう」
「そこまで短気じゃねェ」
言い方を間違えた。別に一方通行を怒らせたら面倒だから急いできたとかじゃない、単純に会う時間を無駄にしたくなかっただけなのに。俺の馬鹿。
「まァ今日は一日スポンサーになってやるから?エスコート頼むぜェ、ヒーロー」
「喜んで務めさせていただきます!」
クリスマスイブというだけあって、施設内は老若男女問わずごった返している。なるべく人が多い側を自分が歩き、走ってくる子供やよそ見をしている人がいれば肩を抱き寄せて避けた。
「オマエ……いつもその調子か?」
「なにが?」
「いやァ?モテる奴は違うねェ」
「えーっと?………ああああああベタベタ触ってすみませんでしたぁ!!」
慌てて肩から手を離すと、普段は鋭く細められている赤い瞳が丸く見開く。
「別にイヤとは言ってねェが」
「ホント?よかったぁ〜」
「そンな腫れ物みたいに扱わなくてもいいだろォが」
ほんの少しだけ、意識しなければ気付かない程度に膨らんだ頬がほんのり色づいていた。
(え、ええええええ!?)
(なんだよそのかわいいの!!!)
*
いざお許しをいただくと、かえって俺の方が意識するようになってしまう。
身長は変わらないのに、肩の厚さがあまりにも頼りない。距離が近づくと自然とシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。カモミール、ラベンダー…フレグランスには全然詳しくないけど、とにかくなんか高そうな感じの。どちらかといえば女性寄りの印象なのに、一方通行の雰囲気とよく調和している。
正面から見ても整っている顔は真横から見ても変わらず、鼻梁がスッと通り、真っ白で長いまつ毛は目の周りをびっしりと縁取っていた。唇は薄いけど形は綺麗で…あ、ちょっと乾燥してる?リップクリームとか持ってるのかな?まぁ女世帯だし誰かがストックしてるか……。
「おい」
「ん?」
「なンか付いてるか?」
一方通行がトントンと細い指で自分の口元を指す。
「え、綺麗な目と鼻と口がついてるなぁって」
みるみるうちに表情がげんなりしたものに変わっていく。
「なんでだよ、褒めただけじゃん」
「誰にでもやってンのか?それ」
「それって?」
「……自覚ナシかよ」
ため息をついた一方通行が杖を持たない方の手で俺の右手を掴み
「たとえばァ」
指を重ねて手を握ってきた。
「いきなりこンなことされたら、困ンだろ?」
感触がダイレクトに伝わる。室内の暖房と人混みの熱気で、軽く上がった薄い手の平の体温。
細くて長い、ふしくれ立ったところのない指。
イタズラが成功したような笑顔はかわいい。けど、こちらの気持ちも知らないような態度は少し癪に触る。
「そういう思わせぶりなことしてくる子には罰ゲームです」
「ンなッ……!?」
つないできた手を強く握り返し、ぎゅむぎゅむと揉んでやると、慌てて何度も振り引き剥がそうとする。だが悲しいかな、結局物を言うのは握力の差だ。
「目的地まで手繋ぎの刑、執行〜」
「放せエエエエエエ!!」
無論、お断り。こんなチャンスはまたとないのだから。
途中通行人が「高校生?」「デートかな」と小声で話しているのを見て悪目立ちしていたことに気づいてから、一方通行はおとなしく手を繋がれたまま処刑台に向かう囚人のような表情で歩いていた。
*
件の店の前に到着し約束通り手を離すと、先にスタスタと中へ入ってしまう。この状況だとアイツが人形グッズに興味津々と見られかねないが、いいんだろうか。
後を追って入ると、外観以上に中はファンシーと荘厳が入り乱れていた。ロココだとかヴィクトリアだとかいう能書も門外漢の俺にはさっぱり。ただ俺でも知っているシル○ニアと規模が違うことだけは分かる。客の中には、フリルやレースがたくさん付いたドレスを着てる女の子も、落ち着いた感じの女性もいて、ターゲット層の幅広さが感じられた。
広い店内の中央には、先日まさにテレビで見た通りのドールハウスが展示されている。
実物を目の当たりにすると結構なサイズ感、正直寮に置くにはかなり大きい。
「アレか?あの魔神が欲しがっていたのは」
「ああ、ただ……」
「オマエの部屋に置くのか?」
「うぐぐ……」
ディスプレイの側には凝った装飾を施された値札が鎮座している。0の桁を5つ数えたところで値段を確認するのはやめた。
「買えなくはねェが……生活スペースは確実に狭まるぞ」
「本人に電話して訊いてみる……」
しばらくコール音が鳴った後インデックスが出てくれたので、オティヌスに代わってもらった。
*
「で、なンだって?」
「ドールハウスはやっぱりいいって、まぁスフィンクスの対策は別途練るさ。あと帰りは一緒に黄泉川先生の家に寄れって……なんか折角ついてきてもらったのに悪いな」
買えもしなかったもののために体力の低い人間を連れ回したのは、流石に気が咎める。
「こっちも払うと言った以上一銭も出さないのは引っ込みがつかねェ……時間、もう少し取れるか?」
「お、おう。俺は全然平気だけど」
「服、見に行くぞ」
そう言うと一方通行は俺の手を握ってフロアマップの方へ歩き出した。今度は俺の方が慌てて足がもつれそうになる。これってちょっとデートっぽくないか?
連れてこられた店は、知らない名前のメーカーだった。しかし、陳列されてる商品の価格からハイブランドであることだけは判る。本当に俺みたいな人間が入っても大丈夫なのか心配になるくらいには。
普段着てる服は少々…理解し難いセンスだけど、今日着ているものから判る通り、一方通行は結構ファッションにこだわりがある。冬物の追加、または春物の購入だろうか。
「そのコート、いつから着てる?」
「え!?いつ……かなぁ」
寮に置いている冬用のコートはひもじいながらこれ一着、記憶を喪う前に買い替えたかどうかは判るはずもない。一応オフシーズンにはクリーニングに出していたから、問題なく着れてはいるが。
「袖口が擦り切れてる、表面は毛羽立ってる、丈も若干短く見える」
「そ、そんなにダメ出しする……?」
「素材が悪くねェからこそだ、試着しろ」
今のってひょっとして褒めてくれてる?と浮かれたのも束の間、矢継ぎ早にコートを手渡される→着る→脱ぐという工程をひたすら繰り返され、完全にそれどころではなくなってしまう。俺が適当に袖だけ通す度、一方通行がショルダーラインや裾を引っ張って調整して店員と侃侃諤諤論議を交わす。飛び交う専門用語の銃弾に被弾し続け、着せ替え人形としての執務にも疲労を感じてきた辺りで、最終的に購入する一着が無事決定した。
「こんなに暖かいのにここまで軽いってすごくないか?こんなの初めてだ!」
「大袈裟なヤツ……」
「ハアァ……これがロシアやデンマークの時にあったらなぁ」
「ズタボロにすることを前提にすンなっての」
「当たり前ですって、一方通行から買ってもらったんだからそりゃ後生大事にしますのことよ!」
「勿体ぶらずに普段使いしろよ、このデザインなら通学にも使えるハズだ」
値札を切ってもらったコートに袖を通し、ルンルンしてたら「テンションたけえ」と笑われた。
好きな相手から懇切丁寧にコーディネイトしてもらったのに、テンションが上がらずにいられるだろうか。
そういえば値段見てなかったな、後でブランド名と品名で検索してお礼考えないと。
*
帰路につく頃には日もとっくに沈んでいたが、イルミネーションが煌々と輝いているお陰で足元の心配は無い。なのに鼓動は色とりどりの点滅に呼応するかのように脈打つ。思わず隣に聞こえてやしまわないかと危惧するほどに強く。
「寒くねェか?」
「大丈夫、買ってもらったコートが暖かいから……ただ、」
一世一代の大博打だ、負けたら正直……ダサい、かなり。
「手がちょっと冷たいかも」
「手袋も買っておけばよかったな」
「……でも、一方通行が繋いでくれたら寒くなくなるかも」
なーんて、と言いかけて横目で見ると、一方通行もこちらをじっと見つめていた。頬の赤らみや薄く涙の膜が張る瞳は寒さの所為か、あるいは。
「オマエ……自分が言ってることの意味、わかってンのか?」
「その言い方だと、俺の言いたいことがわかってるように聞こえるけど?」
質問を質問で返すのは卑怯だ、なんて言われたらまぁそうとしか言いようがない。人を助けるためならいつも口よりも先に体が動く俺が、こんなにも躊躇してしまう。何かが変わってしまうことに、恐れを感じている。
一方通行がおずおずと伸ばす手が、自分の手に触れる。指を絡ませたのはどちらが先か、そんな瑣末なことは脳の奥に追いやられていた。
「これから行きたいとこがあるんだ、一緒に来てくれるか?」
「今更断るように、見えるか?」
素直じゃない、けれど精一杯のYesに胸の辺りが甘く疼いた。
今口を開いたら、何を言ってしまうか、何をしてしまうかわからない。心の準備が必要なのはどちらも同じだったと思う。
「ヤドリギなんて、こんなところにあったンだな」
「俺も、つい最近知ったよ」
そう零して、一度深呼吸をする。横で一方通行がびくりと震えるのが伝わるほど、感覚は研ぎ澄まされていた。
「一方通行、今日はありがとう」
「あァ」
「当初買おうとしてたものは買えなかったけど、でもそれ以上の物を貰っちまって」
「俺がやりたくて、やったことだ」
「お前からは何かと貰ってばっかりだな」
「オマエには敵わねェよ」
いつもそうやって俺のことを高く見積もってくるから、俺が調子に乗っちゃうんだよ。なんて責任転嫁も甚だしいか。
「一方通行の強さはよく分かってる、けどその上で、崩れかけてしまいそうな時は守りたいとか、戦うその背を守りたいとか……見当違いなことばっかり考えちまう」
「ン」
「でも、もしそんな俺を受け入れてくれるなら……お前のこと、好きでいていいか?」
一方通行の口がやわやわと開き、声を発そうとしては閉じ、俯いてから暫く経った。
辺りは鎮まり返り、か細い吐息の音で支配されている。
「今の俺があるのは正真正銘オマエのお陰だ、掛け値無しでな。ただオマエにとって俺は偶々手を差し伸べた大勢の中の一人に過ぎない、」
「一方通行!!」
「俺の上条当麻に対する気持ちはともすれば重荷になりかねない、それでも構わねェってんなら……この気持ちを、赦してほし、!?」
罪を告白する罪人のように頭を垂れる一方通行を見ていられなかった。その表情を視界から外したかったのか、愛おしさが込み上げたのか。あるいはその気持ちはニアイコールで繋がれるようなものなのか、判断を追及できるほど俺にはまだ分別が無い。今腕の中にいる子が自分に身体を預けてくれていることだけ、真実としてここに存在している。
ヤドリギは永遠を象徴する神聖な樹、花言葉は「忍耐」「困難に打ち克つ」。この二人が初めて口付けをかわすのに、これほど適した場所はないだろう。
*
「ふたりとも遅い〜!!ってミサカはミサカは憤慨してみたり!」
「とうま〜、もうチキンもケーキも準備万端なんだよ!早く白い人と手洗ってきて!」
ドアを開けた瞬間吹っ飛んできた2発の小型弾道ミサイルの攻撃に「グフゥッッ!!」と漫画みたいな呻き声が出て思わず蹲る。幼児を待たすべからず、と自分の中の辞書にラインマーカーを引きながら追記する。
「ン」
見上げれば、先に靴を脱いだ一方通行が左手を差し伸べている。なるべく体重をかけないようその手を握って立ち上がり、靴の向きを正した。
「あら、進展ありってとこかしら?」
リビングの方からやってきたのは、保護者の片割れ。一方通行の苦虫を噛み潰したような表情から察するに、おそらく粗方の事情はお見通しなんだろう。
「芳川さん、今日は一方通行をお借りしました」
「借りるなんて、別に私達の所有物じゃないわ」
「大事にします」
「まだあげるとも言ってないけどねぇ」
グサリ、と核心に刺される。これに泉川先生、攻略は結構困難かもしれない。
「人間、釣果はあったようだな」
オティヌスが新しいコートのフードをつつきながら当てこすってくる。新品に瑕疵がつくのを恐れ、とりあえず下手に出続けることにした。
「悪かったよ、お望みのものが入手できなくて」
「あの猫を退ける術さえあれば手段は問わない」
そう言いながらも、あのドールハウスへの未練は若干残しているようにも聞こえる。気を鎮めてもらうためにも、いずれ近いうちに埋め合わせを考えないとなぁ。
「しかし案外大胆なものだな、服を贈るとは」
「?」
「知らんのか?恋人に服を贈ることの意味を」
オティヌスに耳打ちされた内容に思わず叫んでしまい、黄泉川先生に叱られるまであと数秒。