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    duck_ynbt

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    duck_ynbt

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    上一/酒飲んで恥ずかしいことを言うレ/夏の終わり/法律とか全然分かりません

    バッカスの悪戯暴風は吹き遊び、その勢いは止むことを知らない
    満天の空が反転したかのように、人という人が荒れた波間で翻弄されている
    俺はといえば、目の前の液面がゆらゆら揺れるのが不安でじっと眺めていた







    「不安なら飲み干しちまえ」
    「哲学?」
    「物理じゃねェの?」

    尤もだ、と皿を持ち上げ、残ったソースを行儀悪くズルズルと啜る。
    牛肉のエスニック炒めに使用されたスープはタイカレーにも似ていて、コクはあるものの塩気はそこまでキツくない。
    周りもどうせアルコールが回っていて他人の作法なんてロクに見ちゃいないだろう、なんてタカを括れば向かいからクククッと押し殺したような笑い声。

    「言っとくけど、けしかけたのお前だからな」
    「本当にやるヤツがいるか」
    「……ガキっぽいって思ったろ」
    「ン……どっちかっつゥと、子犬?」
    「しまいにゃ喰うぞ」

    がるぐるる……と唸る真似をしていたら、今度は別卓から笑い声が聞こえてきた。

    「オマエもォやめろ、知り合いだと思われたくねェ」
    「どうせ酔っ払いしかいねえよ、ここ出る頃にはみんな忘れてるって」

    羞恥とも酔いともとれる紅を頬に差して、一方通行は少しむくれる。
    幼稚な仕草に年齢とのアンバランスを感じて、なんだかイケナイ気分にさせられた。
    俺たちが今いるのは、学園都市から1時間ほどで到着するビーチの一角。
    少し遅れてやってきた夏休みを満喫している最中である。







    統括理事長に就任すること早数年、一方通行は実質終身刑とも言い換えの効く判決を下されたものの、刑法某条某項の規定に基づき、一時的な外出が許可される運びとなった。期間はごく僅かばかりだが、報せを聞いた時は思わず飛び上がり我を忘れて歓喜していた、というのはインデックスの談だ。言葉にならない雄叫びを上げながら泣き叫んでいて気が触れたかと思ったんだよ、とかナントカ……スポーツの国際大会で自国のチームの優勝を喜ぶサポーターの気持ちなんかは長らく分からなかった俺だが、今後は認識を改めようと痛感した。

    久々に会った一方通行は相変わらず薄い身体をしており、抱きしめた腕が余るくらいだったが、思っていたよりやつれた様子は無かった。(看守の待遇や世話が手厚く、下手をすればホテルのコンシェルジュにすら近かったと後で聞き、なんとなく納得した。)少し伸びた髪は背中に差し掛かる程度まで到達していたもののボサボサに放置された様子はなく、毛先の処理まで行き届き、コシのある艶を保っていた。白磁のような肌にもヨレやくすみもなく、下手をすると入所前より調子がよくなったのでは……?と思ったが、流石に口には出さないでおいた。
    が、数日後の晩にいそいそと身体を重ねている時に「オマエに逢えると思って手入れしてたンだぜ?」なんて得意げに言われた瞬間矢も盾もたまらず、無心で腰を振りまくるケダモノと化し、そんな躊躇いも雲散霧消したワケだが。

    かねてから二人だけで出かけたいという話はしていたが、いざどこにしようかと話していたら一方通行が「学園都市外に出かけたい」と言い出した。本人がそう言うのだから、俺にできることはただその要望に従って計画を立てるだけである。
    ただ、かつては人混みを嫌がる傾向があったにも関わらず、進んで人がごった返す場所を選んだのは意外だった。ましてや夕方はビーチで日没を眺めながら酒を飲みたいなんて……。

    「独りと一人は違ェンだなァ……」

    そう言ってビールのボトルを傾ける一方通行の声色は、低く掠れながらも甘さを含んでいた。
    顎の下に添えた左手でゆらゆら揺れる頭を支える姿に、思わず庇護心を掻き立てられる。

    「そうは言ってもあの人工悪魔は常に一緒だし、打ち止めや黄泉川先生辺りとは結構顔つき合わせてたろ?」
    「まァな、それに元々誰かと連むこともあまり無かったから……何も変わンねえと思ってた」

    「ただ、自分が統括理事長として下の手本になろうと心掛け、面倒を見てるうちに、」

    一方通行はボトルを深く傾け、喉がコクン、と上下した。

    「人が生きてる、ってコト自体がなンだか愛おしく……変なこと言ったか?」
    「いや、続けてくれ」
    「まァ、色々あるけどどンな生命体であれ良くも悪くも懸命なンだな、と」
    「刑務所で人との触れ合いが無い生活を送る内、そういう境地に至ったと」
    「そンな感じ?」

    目尻を下げる表情は、どこか慈しみに満ちていた。

    「だから、久々にシャバに出たら、人間が社会生活を営んでる様子を見てみたいと思った」
    「……たまに下界に降りてくるタイプの神様?」
    「オマエの肩には乗らねェよ?」
    「よく考えたら神様めちゃくちゃいたわ」

    たまに一方的に連絡が来て無茶振りさせられたり、めげずにコールしたらごくごくたまに運よく出てもらえたりとか、その程度のコミュニケーションはこの数年の内にも何度かはあった。
    しかし、今日のやり取りはそれを何百回繰り返し凝縮したところで到底埋めることのできない差が、確かに存在している。今日初めて知った変化や側面が多過ぎるのだ。
    おまけに多分、多分だが、滅多に摂取してないであろうアルコールの所為か口が若干軽くなっている。やんわりした表現や曖昧な単語がどうも普段より多い。

    「それに、何よりも、オマエに会いたかった……オマエは?」
    「会いたかったに決まってるだろ……こうしてまた会える日が来るなんて、思わなかった」

    ボトルを握る手の甲をそっと包むと、瓶の温度が伝い冷えていたが、こちらを見る瞳の温度には熱が篭っていた。正直さっきの俺よりよっぽど恥ずかしい発言を繰り返しているが、それに乗せられないでいられるワケもなく。

    「離したらまた帰っちまうんだよな」
    「離さなかったところで強制送還されるだけだ」
    「そっか、今日は帰さなくていいんだよな?」
    「あァ、ムショに帰れなくなるくれェ抱き潰せよ?」
    「移送してもらえるから平気って?」
    「そォそォ」

    馬鹿だ、完全に馬鹿同士のやり取りだ。なのになんでこんなに胸が熱いんだろう。
    夏が熱い所為だろうな、とりあえずそういうことにしといてくれ。
    会計は前払い済のため、後は席を立つだけ。
    予約も無いしアテも無いが、あれだけホテルが並んでるんだから一室くらいは今からでも抑えられるだろう。
    足取りのおぼつかないこの子をそのまま返したらどんなお小言が来るか分からないし、そもそも俺たちはもう子供じゃない。一応一報だけは入れておくけど。

    「なァ」
    「どうした、気分悪い?」
    「へェき……それより俺、酒飲んだの

     今日のオマエとが、ハジメテ……」

    そう言うと一方通行の身体からは今度こそ本当に力が抜け、ガクン、と重さが一気に乗っかってきた。アルコールで体温が上がり、彼にしては珍しく身体中にじっとりと汗をかいている。酔いの所為で演算が阻害され、ベクトル操作もままならなかったに違いない。

    「マジか……セーブしとけばよかった」

    悔やんではみたものの時既に遅し。取り急ぎ空調の効いた施設にこの子を運ぶのが先決だ。
    辺りはだいぶ前から暗くなり始めているし、そんなに目立たないだろう、と真っ白な痩躯を横抱きに持ち変える。
    ふと空を見上げれば奇しくも年に一度の最大満月。
    自分の座席からは見えなかったが、一方通行からは見えていただろうか。
    とりあえず明日も月が綺麗であることだけは祈っておこう。
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