９月馬鹿一方通行の本名が実は鈴科百合子ちゃんだったら、それはちょっと楽しそうじゃないか？



転校生は結局姫神だった。
一夏の事件を経て縁が生まれた相手だ、当然嬉しくないワケは無い。
それでも俺はふと思い浮かべてしまう。
一方通行がセーラー服を着て教室前方の扉から入室する様を、それはもう具つぶさに。

８月21日の夜に対峙した時、それはもうものの見事にアドレナリンが大量分泌された殺意満点の表情だった。ミラーニューロン効果で俺も売り言葉に買い言葉、状況も状況で落ち着いて話す隙もなく、荒々しい言葉遣いで突っかかってしまった。
しかしもし平時だったら？あいつは向き合ってる最中、当然だかコンマ一秒単位も表情を崩さないなんてことは流石に無かった。吊り上がった双眸も時には呆れ気味に下がったり、時折目元の涼やかさが際立つこともあった。
涼やか……？確かにあいつは落ち着いていれば結構整った、直球に言えば綺麗な貌立ちをしている。顎はそこまで発達せずほっそりとしていて、もしかしたらあまり硬いものを食べてこなかったのか。遺伝の可能性もあるけど。顔面の男女差を象徴する鼻梁も細く、小鼻は所謂忘れ鼻。
顔面について総括すると美少女と言われても美少年と言われても納得できる、としか言いようがない。

次は首から下。
向かい合った時の印象は細い・薄い・白いの３拍子。虚弱甲子園の大谷翔平、嘘、野球は詳しく無いからこの喩えは適切さに欠けてそう。
幼少期は入院生活とか言われたらうっかり信じてしまいそうな身体の薄さ、肘の骨が浮き出た腕は筋肉も脂肪も少なく皮膚の下からスジが覗いていた。脚を覆ってなお余裕のあるボトムスは細身のシルエットを却って強調する。やたら飛んだり跳ねたりできていたのもベクトル操作の補助が大きかったのではないか。
体型に関しては、正直あれだけ細いと男女の区別がつけづらい部分がある。判別ポイントも強いて言えば声くらいだが、女子でも喉仏が出ていて低い子もいる。一方通行の声色が落ち着いてたら案外そのくらいかも？
仮に男だったところでセーラー服を着てもそこまで違和感がないような気もする。青髪ピアス辺りなら「アルビノ女装美少年や〜！」とか喜びそうな……うん、断じて渡さん。なんでかわからないけど渡したくない。

さて、一方通行が鈴科百合子さんだったとして、もし教室に入って俺の姿を見たらかなり驚くだろう。俺だってセーラー服を着た一方通行が教壇上で小萌先生の真横に立って転校生と紹介されていたら、大口開いて呆気に取られない自信が無い。
血圧低そうだから面倒を嫌がって気付かない振りをするかもしれないし、驚くまま「あの時の三下！？」と名指ししてくれるかもしれない。後者だったら俺は「ああ、転校生ってお前だったのか」とか一丁前に余裕風吹かせちゃったりして？クラスメイトに「また上条かよ」「上条属性が…」なんて言われた日には名誉回復のためにはっきり断言しないとな。
「俺が鈴科属性だ！！」
と。

自己紹介はどうだろう、控えめな声色で「鈴科百合子です、お願いします」？
まぁ先日のあの口調で自己紹介しようものならそれはそれでギャップ萌え……いやいや、青髪のレーダーに引っかかって横から掻っ攫われても困る。大変悩ましいところではあるが、ここは何卒穏便に……お淑やかキャラで頼んだぞ鈴科。
教科書の貸し借りはいつでも準備万端だ、置き勉だしそもそも１学期は全然通学できてないから教科書は新品のピッカピカだ。夏休みの補習と引き換えにな！

お昼休みはやっぱり定番の屋上呼び出しコース？この日の購買は我慢しよう、鈴科との逢瀬のためなら武士も食わねどなんとやらだ。
いざ屋上に着いたら先に鈴科が待ってる、どこか憂いを含んだ表情で遠くを眺めながら。
俺が着いたことに気付いて振り向くと視線を少し外しながら重々しく口を開く。
「俺のこと、嫌じゃねェのかよ……」
それはもうしおらしげに。ここで「クラスメイトだからな、仕方なくだよ」と突き放すのも一興だが、初日の段階でやったところで「まァ、そりゃそォか」なんて流されかねない。しかしこういうのはもっと親交メーターが貯まったところで一気に突き崩す方が面白いのだ、あくまでストラテジーは綿密に。
「今は妹達に危害を加えるような実験には参加してないんだろ？」
と無難に訊くと、弾かれたように顔を上げて決まり悪そうに頷く鈴科。
「なら別にいいんだ。お前といがみ合いたいわけじゃないし、出会い方さえ違えば意外といい友達になれるんじゃないか？」
「じゃあ俺らはサイアクだな」
「そんなことねえよ。今からでも始めようぜ、学園生活！」

こうして俺と鈴科のめくるめく学園ラブコメファンタジーは幕を開けるって寸法よ、定期試験も大覇星祭も一端覧祭も修学旅行もいつでも一緒ってな！ワハハハハハハ……



「とうま、こもえから出された追加課題が多すぎてとうとうおかしくなっちゃったんだよ……天にまします我らの父よ、願わくばとうまの元に救いの天使が現れますよう」

２学期初日の夜は更けていく。