(未定) 縁側の老夫婦。そんな情景に憧れがあった。実物をこのエルジオンで見ることはないけれど、ソフィアの目には道行く夫婦がみな仲睦まじく映る。目の前にあるその情景を花の墨で記そうとしたこともあったけれど、なぜかさらさらと散ってしまった。
「ごちそうさま。……美味しかった」
「そうか」
休憩がてら寄ったつもりのカフェで、思いのほか長居してしまった。手元の器を見る。ミックスジュース、カフェラテ、レモンティー。ついでにレアチーズケーキ。初めから全部を注文したのではない。ソフィアが頼んだドリンクを空にするたび、ジェイドがなにかいらないのかと店員のように言うせいだ。そのくせ自分は最初にコーヒーを頼んだきりで、しまいには知らないうちに会計が終わっているという状態。憎たらしい。
「このあとはどうする?」
つっけんどんな低い声。真っ直ぐに目を見て聞いてくれることが嬉しい反面、いつも決めるのはソフィアで、たまには彼に合わせたいのに、いつ聞いたって彼はどこでもいいと言う。それがいちばん困るのだけれど、毎度のやりとりでもう慣れた。
夕日が見たいと言ったら、ジェイドは分かったとだけ答えた。行先は言わずに歩き出す彼の半歩後ろをついて行く。どこでもいいというくせに、どこにだって連れて行ってくれた。ジェイドと2人で歩くとき、大して会話が弾むわけではない。アルドやシンシアと話しているほうが余程和気藹々とした空気だ。間が持たない、のが2人の当たり前で、会話が途切れているのが普通。ジェイドというのはそういう男で、ソフィアにとっては今更苦にすることでもなかった。用事はなんでもいい。どこに行くのでも構わない。ろくに話もしない相手と、ただ話したくて会っている。向こうがどうだか知らないが。
ときおり恥を承知で聞いて回りたくなる。ジェイドの隣を歩くとき、自分たちは周りからどんなふうに見えているのだろう。兄妹? 友人? それとも、……。
ジェイドの横顔を見上げて、思考を打ち切る。そんな妄想に浸っているのはどうせ自分だけだと、戒めのように言い聞かせるたび、淋しくなった。恋をしていた。いつからか心に住み着いた、痛くて穏やかな気持ちが、ソフィアにそれを自覚させた。