「おいで、ノートン」
呼ばれるままに、椅子に座る彼の元に歩み寄る。
長い腕が大きくこちらへ差し出されて、膝上に乗るように促される。
なんだか子供扱いみたいでこの触れ合い方はあんまり好きじゃないんだけれど。
仕方なく伸ばされた腕に手を添えて、そのまま彼の膝に向かい合わせに座った。
一度ぎゅっと抱きしめられて、僕も彼の背中に腕を回すとにこりと満足そうに微笑まれる。
「それで、何をするって?」
「先日面白いものを見かけましてね」
どこから出したのか、ジャックの手には白い箱があった。
それを僕に差し出して、開けてみてと笑う。
言われるままにシンプルな装飾を解いて箱を開けると、中には3色のチューブが収まっていた。
「なにこれ、化粧品?」
僕はあまり詳しくないけれど、女性が使っているのを何度か見かけた事がある。
まさか女装しろとでも言うのだろうか?
そういうのは勘弁して欲しいが、彼はやると決めたら通そうとする男だ。
どうしたものかな、どうやって被害を少しでも軽くしようかとチューブを眺めていると、ジャックがまた話し出す。
「リップグロスのようでしょう?実はこれ飴なんですよ、面白いなと思いましてね。それを見てたら思いついた事がありまして」
そう言って、僕の唇に人差し指を添えた。
「ノートン、私とゲームをしましょう。これを唇に塗って、キスをして何の味か当てっこするんです」
「……最近のジャック、思いつく事がオッさん臭いよ」
「まぁ、私も歳が歳ですので」
いやぁ、加齢には敵いませんね!なんて笑いながらジャックは黄色のチューブを取り出して、自分の唇に薄く塗りつける。
ふわりとさわやかな酸味のある香りが、わずかに鼻を掠めた。
「レモン?」
「さぁ?どうぞ、ご自身で確かめてみてください」
てらりとリッパーの唇が光る。
これに乗っておかないと、後々酷い目に遭いそうではある。
キスくらいで終わるならまぁいいか。
「目、閉じてよ」
「大好きな貴方の顔を見ていたくて」
「ばーか」
軽口を交わしながら、ジャックの頬に手を添えて顔を近づける。
ちゅっ、と妙に可愛らしい音と共に、ぺたりと張り付くような感覚がした。
それからふにゅり柔らかな感触がして、口を離すと飴のせいで引っ付いてしまった唇同士が離れたくないと我儘を言ってるみたいでなんだか恥ずかしかった。
「何の味かわかりました?」
「んー、レモンだと思うんだけど」
「本当に?」
「舐めたわけじゃないからわからないよ」
「では、今度は舐めて確かめてください」
ジャックはまた飴を下唇に薄く塗り直した。
「すけべ」
「まぁ、そう言わず。もう一度」
ぺちょりと触れ合う唇がふにゅ、とまた柔らかい感触を寄越す。
いつもならジャックが僕の唇を食んだり舌を差し入れたりしてくるのに、今日は僕をじっと見てるだけ。
どうしていいかわからず、取り敢えず彼の下唇を舐めてみる。
ふわりとした爽やかな香り、甘酸っぱい味が舌にじんわり広がった。
これは知っている味、やはりレモンだ。
「やっぱりレモン」
「ふふ、正解です」
「合ってたじゃないか」
「間違ってるなんて言ってませんよ?回答を確認しただけです。さぁ、次はノートンの番ですよ」
白い箱を差し出されて、適当に1本を取りだす。
キャップを開けると、ふわりとみずみずしい甘やかな香りがほのかに鼻を擽る。
「おわっ、出し過ぎちゃ……んむ」
加減がわからず出し過ぎてしまった飴が唇から垂れ落ちてしまう、そう思った時にはジャックの顔がすぐ目の前にあった。大きく口を開けた、その顔が。
食べられる、本当にそう思った。
「んんっ、じゃ……く……ん、んあっ」
だらりと垂れかけていた飴を器用に舌ですくい、閉じ忘れた僕の口内に差し込まれる。
舌先でノックするみたいにされると、縮こまっていた舌を無意識に差し出してしまう。
絡んだ舌が上になったり下になったり、どっちが自分の舌なのかわからなくなってしまいそうだ。もしかしたら溶け合ってしまってるかもしれない。
ちゅ、くちゅ、と唇の合わせ目を変える度に漏れる水音が脳みその真ん中をじんじん痺れさせる。
もうとっくに飴なんて無くなってる筈なのに薄い舌で何度も口内をなぞって、最後に知らぬうちにピンと伸ばしてしまっていた僕の舌をちゅうっと吸われた。
「んあっ!んんっ、ふ、はぁ……」
「ん、ご馳走様です」
「しつこすぎ……もう」
唇も舌も、口内そこかしこがじんじんと疼く。
連動してるみたいに内股がもそもぞ動いて、下着が僅かに濡れた感触がした。
「で、何の味かわかった?」
「いいえ?わからないですねぇ」
なので、もう一度。
そう言ってまた、ジャックの顔が近づいてくる。
今度は目を閉じて、自分を受け入れてもらえるものだと信じ切った顔が。
なんとなくそれが面白くなくてその薄い唇を飲み込んでやる為に、僕は大きく口を開けて自らジャックに顔を寄せた。