懐古
「アニーさん、そのおもちゃ見せてもらってもいいかな?」
ハンター、サバイバー両陣営が揃う談話室の隅でおもちゃ達を広げていたアニーに声をかけたのは技師の彼女だった。
「えぇと、このブリキの兵隊さんですか?」
「うん。あ、その、嫌だったらあの……」
「まさか!ぜひ手に取って見てくださいな」
「わぁ、ありがとう!……あぁ、やっぱり。この子私が幼い頃買ってもらったあの子と同じ」
手渡された掌サイズのブリキ人形を、トレイシーは大事に持ってしみじみと眺めた。
「嬉しくて、お出かけの時に一緒に連れてっちゃったの。その時どこかに落としちゃって……アニーさん、見せてくれてありがとう」
「いえ、そんなに大事に思ってくれる方がいてくださるなんて、この子達を扱う身としてはとても嬉しいです。この子を差し上げる事は出来ませんが、いつでも会いに来てください」
「本当?アニーさんありがとう!」
そんな会話が始まりだった。
お茶の用意が出来たの!とワゴンを引いてきたエマがそのやり取りに気づき、私も見せて欲しいとせがみそれをアニーが了承した所からアニーを中心に人の輪が出来上がる。
部屋から他の子達も連れてきますね、とアニーが立ち上がった事で小さなおもちゃ博覧会は始まったのだ。
長机を3台並べて、その上にクマのぬいぐるみ、ひらひらドレスのお姫様人形、繊細な作りのドールハウス。
ブリキで出来た兵隊に、ネジまき式の小夜鳴鳥。凧に水鉄砲、他にもさまざまなおもちゃ達が並ぶ。
オフェンスが凧を広げて、これなかなか上手く上がらないんだよな!と言うと傭兵がコツがあるんだと応えてアニーに使用許可を取りに行く。
大事に扱ってくだされば、どのおもちゃも皆さん好きに遊んで構わないとのアニーの言葉にイェイ♪とご機嫌な声で数名外に大はしゃぎで駆け出していった。
祭司は謎の煙がもこもこと出る謎のおもちゃを手にとって、実に興味深いねと意味深に微笑んでいる。
占い師の彼が小夜鳴鳥へ手を伸ばしたところで、ふわふわの彼の相棒は私がいるのに!とでも言いたげに羽根をばたつかせていた。
夢中なのはサバイバー達だけではない。
芸者の彼女はガラスで出来た色鮮やかなメダルのようなものを摘んで陽に翳したり、泣き虫と信徒に手を引かれた白黒無常の手には大きなコマがあった。
皆それぞれ懐かしさや珍しさで手を伸ばす中、一人だけ不思議そうにそれらを眺めている男がいる。
探鉱者、ノートン・キャンベル。
いつもならばこういう騒がしい事があると黙って部屋に戻っている事が多い彼が、珍しくその場に留まっていた。
「何か馴染み深い物でもありましたか?」
「リッパー。……いや、こういったものは初めてで」
いつもならもっと連れない態度の彼が、ずいぶん素直に応える。
なんとなく機嫌が良くなって、ついついお節介を焼きたくなってしまった。
「貴方なら、そうですね。この辺はどうですか」
そう言って彼に渡したのは円形のプロペラが付いたもの。
ただのおもちゃなのに、何これ?とでも言いたげに訝しむ様がなんだか可愛らしい。
「紐を引いてごらんなさい。あぁ、覗き込んではダメですよ」
「?」
言われるがままに、ゆっくりと紐を引く。
カチっと音がしてこれ以上引っ張れないとわかると、これで?と目線だけこちらに寄越す。
「手を離して」
「離す…わわっ!!」
彼が紐を離した瞬間に糸が巻き戻り、その仕組みでプロペラがふわりと宙を舞う。
プロペラに施されたペイントは、くるくると回ると花がふわふわ宙を舞っているように見える細工だったようだ。
ただそれだけのこのおもちゃは、重力に従ってそのままぽとりと床に落ちた。
「すごい。花が浮いてるみたいだった」
ただそれだけなのに、この男には随分と感動を与えたようで探鉱者は床に落ちたプロペラを拾い上げて裏表を確認したり軸を指で触ったりしている。
「他にもありますよ。ほら、これなんかは?ゼンマイを巻いてごらん」
「鳥?これも飛ぶの?」
「さぁ、どうでしょう?おっと、あまり回しすぎないで」
きりきりゼンマイを思い切り回す彼に、途中でストップをかける。
「もういい?もう少し巻く?」
「そのくらいでいいんじゃないですか?あまり巻くと壊れてしまうそうですし」
私の言葉に素直に頷いて、ゼンマイから手を離す。
少ししてから、ゼンマイがきりきり逆回り。
小さな小さな嘴で拙い愛の歌を紡ぎだした小鳥にも、彼は目を大きくした。
「え!歌が聞こえる!どうして?」
「台座にオルゴールが仕込んであるんですよ。小さいのでどうしても音は拙いですが、見事な細工ですね」
「へぇ……」
本当にこういったものに全く縁が無かったようだ。
歌う偽物の小鳥を見る目はきらきらしていて、とてもあの試合中憎らしくてたまらないあの男と同一人物とは思えない。
歌い終えた鳥をまた手にとって壊さないように巻き過ぎないように、きり、きりりとゆっくりと再度ゼンマイを巻いて愛の歌を聴いている。
すごいなぁ、なんてぽつり溢れた言葉は幼児のそれだった。
思わず黒々とした癖っ毛なまぁるい頭に手が伸びる。
なでり、なでりと髪を梳くように手を動かすと垂れ目なダークブラウンの瞳が、まん丸としてこちらを見ていた。
それがまた、なんだか妙に可愛らしい。
「振り払わないのですか?」
「え、あ、えぇと……びっくりして」
「嫌じゃない?」
「いや、じゃない……かも」
「そうですか」
嫌でないならと殊更頭を撫でる。
いつかの私でない私がされていたように。
いいこ、いいこと優しく慈しむように。
「りっぱー、恥ずかしくなってきた」
「フフ、そろそろオフェンス君達も戻ってきそうですしね。ではこれで最後」
なで、なで、なでり。手を離し
やっと解放されたとホッと気を抜いた所を狙って、また手を伸ばす。
「ハイ、最後のおーまーけ」
「え?うわぁぁあ!ちょっと!リッパー!」
真っ黒癖っ毛を先程とは打って変わって、思い切りぐしゃぐしゃと掻き乱してやった。
「リッパー!」
「あっはっはっはっは!男前になりましたよ、探鉱者くん」
「もう!」
ぐしゃぐしゃに鳥の巣のようになった真っ黒頭をがしがし梳かそうとするものだから、余計に髪が絡んで酷い有様になっていた。
「あーあ、貴方それ手櫛では治りませんよ」
「誰のせいだと!くそっ!」
苛々した態度で私の横を通り抜けて、後ろにある鏡の前で頭をやたらと撫でつけているようだ。
それに振り向く事なく、声をかけてやる。
「お風呂にでも入ってきたらいかがです?なんでしたらヘアオイルをお貸ししてもいいですよ」
なに、可愛らしい一面を見せてくれた礼と、ちょっとイカしたヘアスタイルにしてしまった事へ詫びと考えれば悪くない。
「……ほんと?リッパー。じゃあ貸してもらおうかな」
「おや、今日の貴方は本当嫌に素直ですね。いいでしょう、私のお気に入りを……ヘアァッ!?」
振り向いた瞬間、冷たい水が顔に大量に吹き掛かる。
慌てて顔を覆うも、更に水をかけられてその場でたたらを踏む羽目になった。
「っ!!探鉱者くん!!」
「あっはっはっはっは!!リッパー!男前になったよ?よかったね!」
泣き虫達が外で遊んでそのままにしていた水鉄砲を片手に、探鉱者が高笑いをする。
全く、さっきまでの可愛らしいあの子はどこへやったんです!と声を荒げる私に向かって、そんな奴最初からいないと舌を見せるその姿はいつものそれよりはかなり子供っぽい。
あぁ、澄ました顔よりも得意げにはにかむ、そういう顔の方が好みだ。
可愛らしい顔も、小生意気な顔も、ほかの顔ももっと見てみたくなった。
「覚悟しなさい、探鉱者くん」
「あんたに僕が捕まえられるかな?」
そう言って笑いながら駆けていく君は、君が思っている覚悟と私の言う覚悟の意味が違う事をわかっていないだろう。
けれど、この私の心を揺さぶってしまったからにはもう逃がさない。
例え君が泣いても嫌がっても、その腕を掴んで特等席で君の色んな顔を見る事に決めた。
次のゲームでは特別甘やかしてやろうか、それともいつも以上にいたぶってやろうか。
その時、君はどんな顔を見せてくれるだろうか。
逸る気持ちを抑えて、今はただの鬼ごっこに興じる事にした。