バレンタイン 街中のあちこちからチョコレートの香りが漂いそうな今日は二月十四日、バレンタインだ。職場でも義理チョコが飛び交っていたが、貰ったチョコは全部仕事を進める上での脳の栄養となった。本日の仕事を終わらせ、残っている社員に軽く挨拶をして足早に帰路へと着く。今日はリョータが休みで家でのんびりしているだろうから、早く帰って少しでも長く一緒に過ごしたい。
帰る途中で見かけた男性は花束を大事そうに抱え、緊張した面持ちをしていた。彼はこれから大事な瞬間を迎えたりするのだろうか。その場面と、いい結果を想像して何故か私の方が浮足立ってしまう。
「ただいまー」
いつもなら鍵が開く音で玄関まで飛んで来るリョータの出迎えがないことに疑問を抱く。
「リョータ……?」
私が呼ぶ声に返事はない。部屋の電気は点いているし靴もあるので、もしかしたら待っている間にソファで寝てしまったのかもしれない。そう思い、リビングに続く廊下を気持ち静かに歩く。リビングの扉を少し慎重に開ければ、ソファから飛び上がるリョータの姿が目に入る。
「あ、アヤちゃん……!」
「あら、起きてるじゃない」
「……おかえり」
目線を逸し後ろ手に何かを隠しているようだが、サイズ的に隠しきれていない。さっき見かけた男性のこともあって期待が膨らむが、リョータはまだタイミングを決めかねているのかソワソワとしている。
「それ、見たいな」
リョータの後ろを覗くような仕草をすれば隠しきれていないと察したのか、こちらに見せてくれる。春を感じる優しいピンクのチューリップに、雪のような小さな花のカスミソウが添えられている。
「いつも貰ってばかりだから、今年は俺からと思って……いつもありがとう」
「ありがとう、嬉しい」
リョータから受け取った花束の明るさに引き寄せられるように顔に笑みが綻ぶ。花束を貰うのはプロポーズをされた時以来だろうか。
「贈り物ってやっぱ緊張するね……」
リョータは空いた手で頬を掻き安堵で顔を緩める。
「定期的にくれてもいいのよ」
「……う、考えておきます」
そう肩をすくめるリョータに本当かしらと意地悪な視線を向けつつ、花束に顔を寄せれば甘いお菓子のような春の香りがほのかにした。