甘い話「何でこんなに優しくに押し倒せるんですか?」
「…………あ?」
ベッドにぽそっと押し倒されて、上から圧し掛かられるまま、リゼルはやけに真剣な表情で己を押し倒した男を見上げた。
お互いに良い歳をした大人の男だ。
お互いに気分がノれば夜を共にする事に今更照れるような事もないのだけれど。
最初の頃は、男……ジルにこうして抱かれる為に押し倒される事に、口には出さずとも妙な違和感と羞恥を覚えたものだけれど、それ以上にこの目の前の男を、どのような形であれこうして自分のモノに出来る幸福の方が大きかったから、今はむしろこうして押し倒されて欲される事を喜んで受け入れているのだけれど。
交代でシャワーを浴びて、ラフな私服のままジルの部屋のベッドで隣り合ってゆったりと静かな時間を過ごす。そうして、ふと隣のぬくもりに深く触れたいと顔を上げれば、見下ろしてくる灰銀の目を目が合った。
しばし無言でじっと見つめ合っていたが、不意に同時に小さく噴き出すと、そこで柔らかくなった空気のまま身を乗り出してきたジルの気配に、リゼルは素直に目を閉じる。ちゅ、と可愛らしい音を立てて唇が重なって、ジルの大きな手が頬を撫でて指先が髪を梳くようにリゼルの後頭部に回ったと思えば、ほんのかすかな浮遊感を覚えた時には、ころりとベッドに仰向けに倒されていたのだ。
リゼルがジルに触れられて心地良くなっている間に、あっさりと気持ち良くベッドに押し倒されている。何故だ。
ふと湧き上がった疑問のまま、空気も読まずに口を開いたリゼルに、いい加減慣れていたジルはそれでも「はー……」とリゼルに圧し掛かったまま心底疲れたような深いため息をついた。突然の思い付きを口にするリゼルには慣れている。そう、慣れているはずなのに、時々どっと脱力をさせられる。
これでジルに抱かれるのを拒んでいるのではなく、リゼル本人はやる気満々なのだから、ジルとしては一瞬逸らされるこのやる気をどうしたものかと頭を抱える事が多々あるのだけれど。
不思議そうに首を傾げながらジルの首に腕を回すリゼルに引き寄せられるまま、間近からじっとリゼルを見下ろしていたジルは、ふと何やら思い付いたようににやりと笑みを浮かべる。
「ジル?」
「そうだな。……優しく押し倒すって話か?」
「はい」
リゼルの首の横に置いていた手でするりと頬を撫でてやると、とろりと蕩けるように目を細める。このリゼルが無防備に蕩けた顔を見せるのがジルだけなのだと思えば。
「まぁ、俺の特別な相手には、俺と二人で居る時は気持ち良い事しか感じて欲しくねぇからな」
「……は、」
あまりに思いがけない台詞に、しばしきょとん、とジルを見上げていたリゼルは、不意に。
「!! ……ッ、ひ、ぅ……、あぅ……!」
声にならない悲鳴を上げて、音がする勢いで頬に朱を上らせた。
あぅあぅ、と珍しく良く回る口が回らず、心配になる程耳から首筋まで真っ赤になったままジルの腕の中でガチガチになっているリゼルをしばし堪能して、最後ににんまりとそれはそれは意地の悪い笑みを見せた。
「後、お前のその照れた顔が、俺の大好物なんだよ」
「!!! き、君、悪趣味です!!」
「ホント、イイ顔すんなぁ」
「悪趣味!」
それでもジルの腕から決して逃げようとしないリゼルに、ジルの方がよっぽど幸福で満たされて、照れてしまいそうなのだけれど。
「ま、それは追々な」
「何の話ですか?」
「いいや?」