宛先のない手紙教室の空気は静かだった。
古典の教師が黒板の前に立ち、手元の資料を見ながら穏やかな声で話し始める。
「これは最近発見された室町時代頃の文書の一部だ。筆跡などから多分男性のものと推測され、強い想いが込められた当時の恋文のような内容になっている」
生徒たちの興味を引くように、教師は一拍おいてから、その資料をそっと読み始めた。
『届くはずもない文に想いをしたためて、溢れそうになるこの気持ちに封をした。我ながら女々しいと思うが、そうでもしないと思わずぽろりと零れてしまいそうで。宛先は白紙のまま。自分の墓場まで持っていくつもりだ。これも自分の一部だから。捨てることのできない想い。届かないほうが、いい』
朗読が終わった瞬間、教室に微かなざわめきが広がった。
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