ごはんを食べよう⑤「イライ……!」
逃げなければ。心音は近付いている。
自分たちを探しているのだろうか。
イソップはイライの手を引いて立ち上がった。
「イソップくん……?」
「こっちへ」
ここで隠密していてもすぐに見つかるだろう。
ならば少しでも可能性の高い生存方法を選ぶべきだ。
「イソップくん、私のことはいい、君だけでも……」
「黙って」
イソップはイライの治療を完了させて言った。
分かっている、暗号機の解読をしない以上、二人で出ることは不可能だ。少しでも生存の可能性を増やすなら、イライの言うとおり、イライを囮にして自分だけハッチで出るのが一番いい。
それをしないのは、昨日、イライに身を挺して庇われて、自分だけ逃がされたせいかもしれない。
イソップはどうしてもイライを逃したかった。
さく、の雪を踏み締める音が響く。
心音は相変わらず近い。おそらく、足跡で追われているのだ。
その時、不意にイライの足がふらついた。
立ててある板にぶつかって、大きな音を立てた。──居場所がバレた!
イソップはイライの手を引いて走り出した。目指すのは月側にあるハッチだ。空に大きな月が浮かんでいる。あれを目指して走る。
ああでも、イソップの治療は終わっていない。
上手く息ができなくて苦しい。
「イソップくん……!」
イライが泣きそうな声で言う。わかっている。これはゲームだ。死んだらまた蘇る。
でも──でも──このイライは、今ここにしかいないのだ。
イソップは、もう二度と、イライを失いたくないのだ。
足に力が入らなくてよろけたイソップを、イライが支える。けれど支えきれず、二人して雪の中に転んだ。
ハンターの凶刃が迫る──イソップはイライを抱きしめた。背中合から溢れたのは、鉄錆にも似た臭いの赤い色のもので、イソップはイライを腕の中に抱きしめたまま、その場に倒れ込んだ。
「だめ、だめだ、イソップくん、離して、逃げて」
「イライ、大丈夫、だから、あなただけでも、にげ……」
意識が薄くなる。景色が遠ざかる。
朧げな意識の中、イライを抱きしめた感触だけが鮮明だった。
『あなただけでも逃げてほしい。僕の命を対価にして』
それは、きっとイソップによる呪いだった。
どうしてかわからないけれど、本当にこれは呪いだったとわかる。
イライの泣き叫ぶ声が聞こえる。
目が、見えなくなる……。
その時だった。かたん、という音、風の音。
だった数秒に満たない間隔のあとで、ハッチが空いた。
息を呑む音がする。ああ、自分は死んだのかな、なんて思って──次の瞬間、視界が暗転した。