自己犠牲に泣き顔 ──パン!
薄暗い部屋の中、高い破裂音が響く。
──パン!
部屋の主である自分は目が見えない。
だからもったいないと言って部屋に明かりを点けることはあまりなかった。
ぼんやりした明かりが照らすのは、青い透けるような装束を身に纏った黒髪の青年と、白いフードを被った盲目の自分だった。
何故か顔立ちや色のわかるその青年は、とんでもなく怒っていた。
「ひ、ぁ……い、いたいぃ……!」
えぐえぐと涙を流す自分は、日に焼けない白くまろい臀部を晒している。
そこを何度も、何度も叩かれて、いまやその尻には紅葉のような痕が残っている。
しかし、泣いたからと言って青年の手は止まらない。
むしろ、痛いと悲鳴を上げる度に美しい青年の眉間には皺が寄り、その手に力が籠るありさまのだった。
「痛いですか?」
「いたい、ぃ、です……」
「そう。それはよかった。きちんと『わかって』貰わないと困りますから」
──バシン!
「ひぃ……っ!」
平手で尻を叩く音が響く。
イライ。青年はそう言ってまた手を振り上げる。
「イライ、あなた、そうやって、また、自己犠牲ばかり、して」
「い、ぁあ……っ! いたい、いたい……」
「痛くしているんです。当たり前でしょう」
イライと呼ばれた青年は、青い装束のどこかふわふわと浮いたような青年の叱責するような声にびくりと肩を震わせた。
「ど、して」
「僕があなたを守っているからです」
「まもって、る」
「はい」
それならどうしてこんなに痛いことをするの、そう言いたいのに、青年に気圧されて言えない。
ふう、と息を吐いて、青年がゆっくりとイライの尻を撫でる。
甘やかすようなその動きに、しかし安心はできなかった。
次の衝撃の予感に身をすくませても、青年がそうしている間はタイミングがつかめないからだ。
「は、は……」
「……イライ」
「ひ」
パン、パン、パン!
勢いよく三回も叩かれて、イライの目から涙が散る。ひくひくと震えるばかりの身体が恨めしい。
逃げることができないとわかって、イライの身体は勝手に屈服していた。
「ゆる、してぇ……」
「いいえ、許しません」
「どうして、どうして……っ」
「……純白の塩、なんて、誰がつけたんでしょうね」
それはイライの呼び名だ。
イライを神の使徒と呼ぶ人々は、イライをそう称した。
痛くて痛くてたまらない。尻が……身体が……いいや、そのほかの何かが。
突然イライの部屋に押し入ってきて、お仕置きと言って尻を叩くその人を、イライは知らない。
けれど、その人の目から落ちた涙がイライの頬を濡らしたあの瞬間、イライはこの青年を追い出すことができなくなってしまった。
パァン!と勢いよく手のひらが降って来る。
痛いのに、どうしても拒絶できない。
「もう、二度と、あなたを消費させない……」
あの荘園の二の舞になんてさせない。
荘園とはなんだろう。どうしてこの人はイライを知っているのだろう。
消費ってどういうことだろう。
どうして──この人は、泣いているのだろう。
その理由を、そして、この人の名前を、イライは知らない。
知らない、はずなのだから。