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    il10_01li

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    il10_01li

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    猫イベ直後の空ベド
    付き合ってない
    当然の如くお互いのことが好き
    普通に好きな空と、好意と信頼の境界がガバガバなベド

    「――待って! アルベド!!!!」


     俺が橙色騎士を引き取った事により、困っている猫を助けるというヴァレリナの願いが一つ叶って無事ハッピーエンド……までは良かったのだが、ついさっきまで橙色騎士の目の前でスケッチをしていたアルベドの姿がない。

    「あれ? 橙色騎士、アルベドは?」
     橙色騎士に問いかけると、彼は小さく鳴きながら鼻先を扉の方に向けた。
    「嘘、帰っちゃったの!?」
     今回、ここでアルベドに会ったのは本当に久しぶりだった。
     まさかこんなところで会えるとは思っていなかったから嬉しかったし、久々に色々と話ができると思っていたのだ。
     それなのにまさか別れの挨拶もなく、いつの間にかいなくなってしまうとは……いや、相変わらず自由でマイペースでアルベドらしいといえばそうだけど、これを逃せばまたしばらく彼に会う機会がなくなってしまう可能性もある。
     だってアルベドは、会いに来てって言う割に、いざ会おうと思って探してもどこにもいないのだ。もしかしたら彼に会えるかもと期待しながらモンドに来て、結局その姿を見かけないままモンドを後にした経験はもう数え切れない。
    「ちょっと行ってくるからパイモンのことよろしくね。夜までには戻るから」
     ンー…と微妙な鳴き声を上げながら頷いた橙色騎士は、寝の体勢に入るのか椅子の上で丸くなった。アルベドのもとで保護されていたからか、彼は賢く、俺の言っていることを正しく理解してくれる。壺の中で彼と戯れる日々は楽しいだろうなと思いながら、俺はネコモコの城から飛び出した。


     モンドの柔らかな風に靡く白いコートはすぐに視界に入った。ふわふわと揺れるプラチナブロンドの髪は陽の光に透け、彼は頬をくすぐる髪を耳にかけた。
     騎士団本部に戻る予定なのか、しかし彼は急いでいる様子もなく、立ち止まって噴水近くの花壇に咲いている花を観察していた。
     急いでいないのならなおさら、出ていく前に何か一言いってくれても良かったのに! なんて思いながら、彼の興味が尽きて再び歩みを進めてしまう前に、いつもより大きな声を出して少し遠くから彼を呼び止めた。

    「旅人?」
     少しだけ目を丸くしたアルベドは、スケッチの手を止めてこちらを振り返った。思ったよりも大きな声が出てしまい、アルベド以外の通行人も何かあったのかとこちらを振り返ってしまって、少し恥ずかしくなる。
    「うわ……ごめん、ちょっと声が大きかったかも」
     そもそもアルベドは耳が良いのだ。叫ばなくたって普通の声で名前を呼べば彼なら気付いてくれただろう。……というか名前を呼ぶまでもなく、アルベドなら足音で俺に気付けるのでは? 気付いたからこそ、ここで足を止めて暇つぶしに花を観察していたのでは? なんて思って余計に恥ずかしくなる。
    「大丈夫だよ。だた、少し人目を引いてしまったから、移動しようか」
     息を切らせて駆け寄った俺を気遣うように、アルベドはゆっくりと歩く。
     広場を抜けて建物の影に入り、壁を背に足を止めたアルベドの隣に並んだ。
    「椅子を用意しようか?」
    「いや、大丈夫」
     スケッチブックを出そうとしたアルベドを止め、彼の正面に回る。
    「今日、会えると思ってなかったから」
    「うん、ボクも驚いたよ」
    「いつの間にか帰っちゃうから」
    「ああ、すまない。橙色騎士には伝えていたのだけど……」
    「そこは直接俺に言おうよ」
     なんで同じ部屋にいたのに猫に伝言を頼むんだ。
     というかアルベドは、久々に会ったのに、俺と話がしたいとか何もなかったの? 思わず出かかった言葉を引っ込め、アルベドを見つめる。さすがにこれはちょっと女々しいし、押し付けがましい気がする。それに椅子を用意しようとしたということは、今は時間があり、そしてそれを俺のために使うつもりもあるということだろう。
    「旅人? ……ボクはキミに何かをしてしまったみたいだね。なんだか不満そうな表情だ」
     いつもの考えるポーズを取ったアルベドは少し困ったように眉を下げた。
    「良ければ話してくれないかい?」
     アルベドに非はない。勝手に俺が期待していただけだ。けど、やはりこれだけは言いたい。
    「……忙しかったのは分かったけど、錬金薬の試験のとき一度も様子を見に来てくれなかった」
     拗ねた子供のような声音になってしまい、じわじわと羞恥心が湧いてくる。でも本当にこれは結構ショックだったのだ。
     俺の様子は最後まで一度も見に来てくれなかったのに、猫は探しに来るんだ!? となってしまったのも許して欲しい。調査小隊所属のエマートから、アルベドは最近本部で業務報告書を書いていてとても忙しくしていたという話も聞いている。けど、
    「ちょっと、アルベド!」
     ふと、アルベドがわずかに微笑むように空気を揺らした。まるで幼子を見るかのように、微笑ましいものを見るかのように、小さく笑った。
     悪意はないとはいえ笑われてしまった恥ずかしさと、俺としては笑い事じゃなかったんだよ! という気持ちで彼を非難すると、アルベドはしっかりと俺を見て口角を上げた。
    「キミなら、ボクの考えた試験を全てクリア出来ると分かっていたからね」
     キミの実力は理解しているつもりだよ。と、惜しむことなく信頼を差し出されてしまい、思わず言葉に詰まる。
    「で、でも……アルベドは、俺に会いたいとかなかったの?」
     しどろもどろになりながら、さらに墓穴を掘っている自覚はあった。アルベドは相変わらず微笑んでいて、余計にいたたまれない気持ちになってくる。
    「……。錬金薬の試験は、キミのことを思いながら試験内容を考えていたんだ」
    「え?」
    「こういう問題を出せば、きっとキミはこう答えるだろう。いや、ボクの想像を超えた新たなインスピレーションをボクに与えてくれるかもしれない。だから試験内容を考えている時、ボクはとても楽しかったんだ」
     思い返すように首を傾げたアルベドは楽しそうに語る。
    「そしてスクロースからキミの話を聞くたびに、次にキミに会う機会があったらどんなことを話そうかと楽しみに思った。橙色騎士にもね、キミのことをたくさん話したんだよ」
     あの大きな猫に微笑みかけながら楽しげに俺の話をするアルベドを想像し、無意識に手が動く。
     アルベドが真っ直ぐに伝えてくれる信頼と好意が嬉しくてもどかしい。
     俺が勝手に掴んだ肩を気にもせず、アルベドは言葉を続ける。
    「あの子は賢いだろう? 保護したばかりの頃は警戒心が強く、怯えてばかりだったけど、キミのことを話しているうちにボクの言葉を理解し、反応してくれるようになったんだ。だからきっとあの子も、キミに会えて嬉しかったと思うよ」
    「……あの子”も”」
     肩を掴んでいた手を頬へ滑らせても、アルベドは何も言わなかった。
    「うん」
     それどころか俺の手のひらに頬を寄せ、心地よさそうに目を閉じる。
    「あ、アルベド……」
    「ふふ、キミに撫でられる猫たちは、きっとこんな気持ちになるのだろうね」
     じわりと手のひらに汗をかき、グローブをしていて良かったという気持ちと、彼の柔らかな頬を手のひらで直接感じたかったという気持ちで目の前がぐるぐるとしてくる。
    「空?」
     ぺたりと、少しひんやりとしたものが額と首筋に触れ、俺の混乱が許容量を超える音がした。
    「少し熱いね、脈も早いようだ」
     脈を測るためか、手首から先のグローブを外したアルベドの白い指先が、俺の額や首筋に触れている。
     真っ昼間のモンド城で、人目を避けるように建物の陰に隠れ、向かい合って互いの頬や首筋に触れているってどんな状況だよ!と内心叫びながら、俺は身動きが取れずにいた。
     動いてしまえば彼の手が離れてしまうかもしれない。動いてしまえば、俺が……
    「さっき走らせてしまったからかな。気が付かなくてすまない。何か冷たい飲み物を買ってこよう」
     するりと指先が離れていこうとし、咄嗟に彼の手首を掴んだ。そしてその冷たい手のひらを自分の頬に押し付ける。
    「冷たくて気持ちいいから」
     離さないで。そう言うとアルベドは驚いたように瞬きをする。しかしすぐに心得たとばかりにもう片方の手も俺の頬に触れさせる。
    「キミの温かさで、ボクの手もすぐに冷たくはなくなってしまうだろうね」
    「それでも良いよ」
     アルベドが俺にしているのと同じように、俺もアルベドの頬を両手で包む。
     やはりグローブを外しておけば良かった。だけどもうそれは今更で、この手を離すのはあまりにも惜しかった。
    「空」
    「……何?」
    「ボクも、キミに触れられるのが好きだよ」
     視線が深く絡み合うと、アルベドは少しだけからかうような笑みを浮かべる。

    「ところで、キミはグローブを外してはくれないのかい?」

     叩きつけるように地面にグローブを脱ぎ捨て、そっとアルベドの頬を撫で、その影が重なるまでにそう時間はかからなかった。
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