Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    hiwanoura

    @hiwanoura
    好きな物の文を投げる人

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 25

    hiwanoura

    ☆quiet follow

    パティシエのタルタリヤと大学の先生な鍾離先生の、現パロ鍾タルの三個目の話。
    ワンライ『ハロウィン』に参加させて頂いたものです。

    ##パティシエパロ
    #鍾タル
    zhongchi

    パティシエのタルタリヤと大学の先生な鍾離先生話③ぴぴぴ、とオーブンから響いたタイマー音に、あぁちょっとまって、と独り言を呟いて、右手の絞り袋に力を込める。左手を添えた回転台をゆっくりと回し、白いキャンバスに描くのは、薔薇の蕾だ。ぷっくりと丸く、大きさの整った蕾をいくつも縁に並べ、何も無かった世界をクリームの花で彩っていく。一瞬でも呼吸が乱れれば、全てが台無しになる、作業。手の震えなんて以ての外、息を止め、全神経を集中させるその作業は、緊張感と共に完成時の高揚感も味わえる、お気に入りの作業であった。
    一周をローズバッドで囲み、真ん中には苺を甘く煮た物をならべて。仕上げに上から砕いたピスタチオを散らせば、最近人気のピスタチオと苺のケーキの完成だ。スポンジの合間には鮮やかな緑色のピスタチオクリームと苺ジャムを挟み、交互に緑と赤とが並ぶ断面も美しい。甘すぎないそれは、女性だけでなく男性にも人気があり、オレ自身もお気に入りのものだった。

    「よし」

    美しく並んだ薔薇の蕾に一つ頷き、上半身を起こす。ずっと曲げていた腰を軽く叩いて時計を見れば、調理場に入ってもう二時間、短針は八の位置を指していた。

    「あ、もうこんな時間か」

    オープンは十時半なので、まだ仕込みには十分時間がある。が、最近はこの時間になると決まって休憩を挟んでいた。以前は休憩するついでに生クリーム泡立てたり、梱包作業をしたり、と細かい作業をおこなっていたのだが、こうしてちゃんと休憩を取るよう変えたのは見計らったかのように店内に響いた『コンコン』というノックの音の主であった。

    「はいはーい」

    手に填めていた手袋を外し、エプロンも取って。パタパタと体に着いた粉を叩いてから、調理場からガラスケースの置かれた店内へと向かう。そうして店内への入口の鍵を外し、濃い金色のドアノブを捻った。

    「おはよ、先生」
    「あぁ、おはよう。公子殿」

    柔らかな朝の陽の光と、ひんやりと冷たい空気とともに、低く通る声が耳を撫でる。それに思わず顔が緩むのを感じながら、扉の前に立っていた来訪者を店内へと招き入れた。

    「今日も冷えるね。先生、モコモコじゃん」
    「あぁ、布団から出るのが辛くなってきたな」

    深いチョコレート色のコートに黒色のタートルネックを合わせ、微かに鼻の頭を赤くする来訪者……鍾離先生に、確かに、と笑って。どうぞ、と案内した店の中は、ふとしたきっかけで出会い、こうして毎日のように店に顔を出すようになった彼の為に少しエアコンによって温められていた。

    「これからもっと寒くなるけど、どうするのさ先生」
    「む…」

    緩く吹いてくるエアコンからの風にやっと少しは暖まってきたのか、強ばっていた手を解すようにグーパーを繰り返していた先生そ、オレの言葉に情けなく眉を下げた。どうする、と言われても、耐えるしかない。厚着をするな…と。普段の物言いとは真逆の、どこか弱々しい言葉に、思わず笑いが零れてしまう。あははと声を上げ、もっともふもふになっちゃうね、というと、むう、と眉が寄った。

    「冬なんてすぐだよ?」
    「……あぁ」
    「もー、どれだけ寒いの苦手なのさ」

    じゃあ寒がりな先生のために、店の中、もっと暖房の温度上げとかないとね、と。そう言ってやれば、頼む、と世話になる気満々な返事。それが何故か無性に嬉しくて。顔がにやけそうになるのを誤魔化すようにそういえば、と手を打った。

    「ねー、先生?これどう?」

    店の端に置かれていた小さなテーブルから魔女の帽子のようなとんがり帽を持ってくる。そうしてそれを頭に乗せて、似合う?と首を傾げてみせたオレに、先生はぱちぱちと目を瞬かせた。黒と紫に彩られたそのとんがり帽は、この時期ならば、割とよく見かけるパーティーグッズだ。おそらく女性用、だけれど、まぁ一日被るだけだしと用意したものなのだが…、

    「もしかして、意味わかってない?」

    きょとんと不思議そうにこちらを見てくる顔に、微かな不安が湧いてくる。この時期に、この帽子……といえば、答えなんて一つだ。最近なら大人から子供までみんな知ってる行事。

    「トリックオアトリート?」

    とりあえず、これなら分かるか、と決まり文句を言ってみる。もしこれで反応がなければ、オレはただのコスプレしただけの恥ずかしい男だ…そんな不安と共に、先生の伺うと、ようやっと「あぁ、」と反応があった。

    「ハロウィンか」
    「うん、そう。よかったー、先生知らないかと…」
    「一応、知識としては知っているが…こうして問われたのは初めてだったんだ」

    なるほど。確かに、いい大人――しかも男ならば、関わりがなくても不思議は無い。そっかー、と頷くオレに先生は、じ、とその石珀色の目を向けて。

    「似合うぞ。可愛らしいな」

    と、唐突に言い出した。

    「へ?なにが?」
    「いや、その帽子が似合うか、と聞いただろう。公子殿は黒と紫も似合うのだな。可愛らしい」

    そう真っ直ぐに告げられて、じわりじわりと顔が熱くなる。まさか、ちゃんと聞いていたとは……思わぬ返事に、なんと返したらいいのか分からず、あー、うん。ありがとう…とだけ呟いた。かわいい、なんて。あまり言われたことがないから、何となく照れてしまう。先生から可愛い、なんて言われた事に嫌悪感も腹立たしさも感じない理由に関しては気が付かないふりをして、帽子の縁を指先で弾いた。

    「一応お菓子屋だからね。そういう行事には乗っかるんだよ」
    「なるほど、な」
    「だから、トリックオアトリート」

    お菓子くれないと悪戯するぞー、と。両手をワキワキさせながら言うオレに、先生はというと、

    「ふむ」

    と、ひとつ頷いて見せた。

    「菓子は、持っていないな。というか公子殿の店に来るのに菓子を持っては来ないだろう」
    「あはは、そりゃそうだ。じゃー、イタズラだね!」

    想像通りの返事に、なんだか楽しくなる。さてさてどうしてやろうか、と。ポケットを漁り、見つけたのは一本のペンだった。

    「先生、手ぇだして」
    「こうか?」

    オレの言葉に、なんの疑問もなく差し出された手を掴む。それをニギニギと何度か握ったあと、行儀が悪いとは分かりながら持っていたペンのキャップを歯で噛んで外した。

    「くすぐったくても、動かないでね」

    捕まえた手の平に先端を押し付けてすすす、と滑らせる。きゅ、きゅと音がするのを鼻歌交じりに聴きながら、数秒で書き終えて。はい、おわり、と手を離した。

    「これは…」
    「いたずら。油性だけど何回か手を洗えば落ちるから」
    「『タルタリヤ』か」

    手の平に書かれた文字を、ゆっくりと。一つずつ読んで出来たオレの名前に、顔が緩む。まさか手の平に落書きされるなんて思ってなかっただろう。驚いたかなーと。その顔を伺うと、なぜか、ひどく嬉しそうな顔をしていた。

    「まるで、記名されたようだな」
    「え?」
    「自分のモノには名前を書く、と言うやつだ」
    「はっ!?」

    そう言われ、気が付く。確かに子供や、たまに大人も。自分のモノだという主張に、名前を書く。完全に無意識でしていた行為の意味に、一気に全身が熱くなった。

    「そ、そそそそんなつもりないんだけど!?」

    イタズラでかく文字なんて何でも良かったから!思いつかなくて、名前書いただけだし!!と。言い訳をしても時すでに遅く、そうか、と返事をする先生はゆるゆるとその唇を笑みの形にして、己の手の平を凝視していた。それがなんともいたたまれなくて。

    「すぐ消す!」

    と、叫び、その手を掴むが、なんと意外なことにその掌はぎゅう、と握りこまれてしまった。

    「消さないぞ?」
    「ちょ!?なんで!?」
    「せっかく貰ったイタズラだからな。暫くは手を洗うのも止めよう」
    「やめて!」

    どんなに文句を言っても何処吹く風。『タルタリヤ』を握りしめた先生は消してその手を開くことはなかった。

    「ふふ、名を貰うとはいいな」
    「そんなつもりじゃなかったんだけどね…」

    なぜか嬉しそうな横顔に、もはやオレはどうすることも出来ず。ただ、赤く染ってるだろう熱い顔をガラスケースへとくっ付けて、ため息をついたのだった。





    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💙😍❤💖😭😭😍😍😍😍😍💖❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works