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    hiwanoura

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    hiwanoura

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    パティシエなタルタリヤと大学の先生な鍾離先生の現パロ鍾タルです。
    ワンライ『冬支度』に参加させて頂きたもの。

    ##パティシエパロ
    #鍾タル
    zhongchi

    パティシエのタルタリヤと大学の先生な鍾離先生の話④ぐ、と。丸みを帯びた底に包丁で切れ込みを入れる。そこから刃を差し入れ、硬い皮と実の合間に力を込めて。ベリベリとめくるように剥がすと、中から顔を出したのは一回り小さい焦げ茶色の実だ。

    「…中々、難しいものだな」

    初めての作業に悪戦苦闘しつつようやっと一つを剥き終えて。詰めていた息をそっとはきだしてから隣を見ると、そこには既に五つ、皮を剥かれた実がまな板の上に転がっていた。流石だな…と。一切の迷いもなく、ベリベリと皮を剥ぎ取って行く手を見つめていると、せーんせ、と普段より幾分かひそめられた声が、静かな室内の空気を揺らした。

    「もー、オレのこと見てないで手を動かしてよ。終わらないよ?この量」
    「む、」

    小ぶりのナイフの先で示されたボールの中。山と積まれたそれに、確かに、と頷いて、また一個、手に取る。

    「ほら、頑張れ頑張れ先生」

    くすくすと笑い声を零しつつ、手は止めぬまま。俺のことを応援する青年に、あぁ分かったと返事を返して。再び手の中のそれと格闘を始めた。

    「こんなにいっぱい何にしようかなー」

    鼻歌すら歌い出しそうな程楽しそうに、あれこれと調理方法を呟きながら作業をする青年は、普段店の中で見ているよりもほんの少し、幼く見える。それはまるで大好きな玩具を目の前にして、楽しみなのが抑えられない子供のようで。今まで見たこと無かったその姿に、たまにはアイツもいいことをするじゃないか、と、今のこの状況の元凶たる男に、ほんの少しだけ感謝をしたのだった。



    事の発端は、大学の後輩であり、本人も教鞭を取る身である癖にフィールドワークと称した放浪と飲酒が趣味の昔馴染みだった。一年ぶりくらいに顔を見せたそいつ自体はまぁ、どうでもいいのだが、問題だったのがお土産だよー!と無理やり押し付けて来た代物のほうだった。ずっしりと重たいビニール袋いっぱいに詰め込まれたそれは、明らかに一人暮らしの俺にとっては消費することすらできるかどうかも怪しいもので。しかもこのいつも酔っぱらっている呑兵衛は、俺の帰宅時間を狙ったかのように押しかけて来たものだから、誰かに分けることも出来ず。結果、途方に暮れながらその重たいビニール袋を片手に帰路に着くほかなかったのだ。
    とりあえずどうするか…皮はどうにかして剥いて、さて冷凍の保存はできるのだろうか、と。手の平に食い込むビニール袋に込み上げる溜息を飲み込んで、信号待ちをしていた時だ。

    「あれ?先生だ」

    と。聞こえた声に意識が現実へと引きもどされる。聞き覚えのある、声。その主を探すよう視線を巡らせると、すぐ側に見覚えのある赤茶色の髪が揺れていた。

    「公子殿か」
    「こんばんは。先生は今帰り?お疲れ様ー」
    「あぁ」

    そう人好きのする笑みを浮かべていたのは、予想通りに最近懇意にしているケーキ屋の店主兼パティシエの青年だった。いつもの白いコックコートに黒いエプロンを腰に巻いているのではなく、薄手のパーカーに緩めのパンツ、というなんともラフな格好の彼は、おそらく近所にちょっと買い物か何かに出た所なのだろう。そういえばここはもう、彼の店の近所だ。

    「公子殿は買い物か?」
    「そ。夕飯買いにね」

    思った通りの返答に、なるほど、と頷く。彼は私服はそのような雰囲気なのだな、と。初めて見る姿に新鮮さを感じていると、ふと彼がじーっと、俺の手元を見ている事に気がついた。一体なんだ、と首を傾げると、彼はにまり、と笑みを浮かべ、

    「先生も何か買い物してきたの?なに?ほかのケーキ屋に浮気?」

    オレ悲しいなぁ、なんて。泣き真似なんてしつつ悪戯っぽく言うのに、思わず瞬く。浮気?俺がそんなことをするわけが無い。お前以外の店にはあまり興味が無いのだが、と。至極当たり前のことを返すと、目の前の顔がなんとも言えない表情を浮かべた。ふわりと目元を赤く染め、眉を下げて困ったような嬉しいような…といった様子で、先生さぁ…と唸るその顔は、何故か酷く可愛らしい。こんな顔もできるのだな、と。驚きと共にほかの表情も見てみたい、と新たな興味が湧き出てくるのを取り敢えず抑えて、彼が気にしていたそれをみせてやる。

    「浮気ではなく貰い物だ」
    「それはもういいって…というか、貰い物?」

    袋を覗き込み、一言「栗だ」と呟き、凝視すること数秒。顔を上げた彼は「先生、実はエゾリスだったりする?冬支度か何か…?」と眉をひそめてみせた。

    「いや、俺はエゾリスでは無いし、越冬の為に栗を蓄えることはしないぞ」
    「そうだよね…こんな大きなリス嫌だし…じゃなくて。いや、だとしたら、多すぎない…?焼き栗屋さんでも開くの?」

    怪訝そうに首を傾げるのに、いやそれもしないと首を振り、知り合いに土産だと押し付けられたのだ、と話す。

    「正直、どうしたらいいかと途方にくれていたのだ」

    そう溜息混じりに言うと、目の前の深い青色の目がぱちぱちと瞬いた。

    「なら、オレがどうにかしてあげようか?」
    「うん?」
    「だから、食べられるようにしてあげるよ」

    流石に量が多いから、先生にも手伝って貰わないとだけど、どう?と。器用に片目を瞑り首を傾げてくるのに、頷く以外の選択肢があっただろうか。

    「頼む」

    一も二もなく即断で返事をした俺に、彼はその整った顔に喜色を乗せて、任せてよ!と答えたのだった。



    今日は定休日だからこっちから入って、と。案内された店の裏口から中へと入り、辿り着いたのは今まで見ること無かった調理場だった。

    「ほぅ、」

    銀の調理台に、巨大な冷蔵庫。それに多数のオーブンや、何に使うのか分からない器具たち。それらを背に、ようこそオレの城へと両の手を広げた彼は、まるで宝物を自慢する少年のようだ。

    「凄いな…」
    「でしょー。これでもちゃんとパティシエなんだ」

    ここで毎日ケーキ作ってんの。そう、調理台を撫で、楽しそうに語る。そんな彼に、思わず顔が緩む。

    「あぁ、知っているさ。貴殿のケーキに魅せられたのだからな」
    「ふふ、じゃあこれからも先生に飽きられないように精進しないとね」

    大きめのボールを取り出し、他にもいくつか道具を用意しながら。あとは何が必要だったかなーと独り言を言う背中に、首を傾げる。

    「飽きる…?」

    恐らく彼は何気なく言った台詞。それは分かっているのに、その中の単語の一つが酷く引っかかり、口の中で繰り返す。ケーキの味は当然だが、彼という存在も含め、自分はこの店に…彼に、これから先飽きることがあるのだろうか。会えば会うほどに興味が湧き、いつもと違う表情を見る度に他にどんな顔をするのかと、気になってしまう。毎回、味覚だけでなく視覚からも新しい刺激を与えてくれる…こんな存在に飽きる方が難しい。

    (あぁ、そう言えば最近はずっと彼のことを考えているな)

    なんて。ふと思い当たり、それと同時に今まで気が付かなかった何かを掴めそうになった――その瞬間、ガサリと手にしたビニール袋が鳴った。

    「さて、さっさと皮剥いちゃおうか」

    引き戻された現実で、両手を腰に当てた彼が笑う。掴みかけた何かは指の間をすり抜け手にする事は叶わなかったが、向けられた青い目急かされて。まぁいいか、と内心で頷いた。今はそれよりも、栗をどうにかせねば、だ。


    そうして、今に至るわけだ。

    「――っあーおわった!やっと!全部!剥けたー!」
    「すごい量だったな…手が痛いぞ…」
    「流石に一気に剥く量じゃなかったね…お疲れ様」
    「あぁ…助かった公子殿」

    ありがとう、と頭を下げる俺に、暇だったし気にしないで、とヒラヒラと手を揺らした彼は、それにね、と目じりを下げた。

    「少し懐かしかったんだ」

    ボールの中にはコロコロと大量の栗。それを二つに分けて、ひとつには湯を張り、もう片方はそのままにして中で転がすようにゆっくりと手でかき混ぜながら。どこか懐かしむように、彼はふ、とその唇に笑みを浮かべた。

    「昔さ、まだ師匠のじいさんがいたころ、この時期になるとこんなふうに栗剥いて、グラッセとか甘露煮にしてたんだ。ほら、クリスマスケーキに使うからさ。冬になる前の恒例行事みたいになってたんだけど、ここ数年はやってなかったから、なんか懐かしくなって」
    「だから、声を掛けてくれたのか」
    「そ」

    生のままでは足の早い栗だが、加工すれば二、三ヶ月はもつ、と聞いたことがある。なるほど、本来ならばもう少し前…秋の終わり頃から仕込み始める作業なのだろう。懐かしむように栗を眺める横顔に、ふと浮かんだのはエゾリスの話。

    「なるほど、ならば栗を仕込むのは公子殿にとっては冬支度、なのだな」

    冬の為に木の実を集めるエゾリスと、冬の為に栗を集めて仕込む公子殿。似ているのでは?と思った事を言うと、青色の美しい目が驚いたように丸くなり、

    「あはは、そうかもね」

    と、腹を抱え笑い出す。オレ、リスと似てるなんて言われたの初めてだよ、と。暫し声を上げ笑ってから、目尻に浮かんだ涙を拭った彼は、すっかり硬い皮を剥かれた栗をひとつ摘みあげた。

    「じゃあ先生、冬本番を楽しみにしてて」

    美味しいの食べさせてあげる。そう、自信満々な笑みを浮かべる彼に、またこの店に来る楽しみが増えたのだった。



    「ところで先生、この栗の渋皮、剥くのも手伝ってくれたら夕飯に栗ご飯ご馳走するけど、どう?」
    「あぁ、勿論手伝おう」

    その後、また二人で栗と格闘する事になるのだった。


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