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    のくたの諸々倉庫

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    POIPOI 57

    転生学パロ鍾タル。なんでも許せる方向け。

    #鍾タル
    zhongchi

    「タルタリヤ、少しいいか」
    「……なあに、先生」
     呼び止められて嫌々振り向く、素行の悪い生徒と生真面目な教師。おそらくそれが、俺たちが周囲から得ている認識だろう。
    「ていうかいつも言ってるけどさ、俺の名前はアヤックスだって。いつまで学園祭のノリ引きずってるわけ?」
    「む、いけなかっただろうか。ならば公子殿、と呼んだ方がいいか?」
    「だからそれは役の名前でしょ、俺の名前忘れたの?」
     窓の外から差し込む光は、とうに夕暮れの色に染まり。帰宅部の俺をいつも引き留め、いつも何かしらの理由で長話に付き合わせてくる彼──鍾離先生の姿を鮮やかに照らす。
    「……忘れたように、見えるか?」
    「な、んで悲しそうなのさ。ごめんごめん、地雷踏んだなら謝るって。
     ……だからその、俺今日は早く帰りたいなーとか……」
    「駄目だ。お前はテストで点を取るくせに、課題の提出状況も授業態度も悪すぎるからな……その分の補習だ、それが嫌なら真面目に授業を受けることだな」
     そうして首根っこを掴まれ、ずるずる引きずられていく俺を、「またやってるよ」と周りは笑いながら見ている。まったく、俺の気も知らないで。
     ──実のところ、俺にはおそらく前世の記憶、という類のものがある。
     引きずり込まれた教室にて、手渡されたプリントを前に動かない俺を、まっすぐに見つめるその瞳を。俺はよくよく、知っているのだ。
    「ほら公子殿、書き込みさえすれば終わるんだ。ぼーっとしていないでだな」
    「あーあー分かってるって、終わらせりゃいいんでしょー?」
     最初こそ幼さ故の妄想かと思われたそれは、しかし高校に入学し、とある教師の姿を目にしたことで確信へと変わる。今世では間違いなく、初めて見る顔だったにもかかわらず。
     ああ、だって今も憶えている。こちらにふと目をやった、鍾離先生の目がほんの一瞬見開かれて。泣きたいような笑いたいような、そんな表情で歩み寄ってきて。
    「……俺のことを、知っているか」
     そう口にした彼の悲痛な声といったら。だからあえて、俺は首を横に振った。
     だっていつかの記憶が途切れる直前、「俺」が見ていたものは彼の姿だった。もっと言うなら彼は泣いていたし、これは契約だと、俺を忘れてくれるなと言ったことだって憶えている。
     だがそれは、別に彼を忌避しての行動ではない。今言うべきではないと判断した上での、言うならば時間稼ぎである。
    「──公子殿?」
    「あ、あーごめん! ちょっと考え事してた」
     思考の海に沈んでいたせいか、止まっていた手を咎められたのだろう。先生の顔が近付いてきて、俺は慌ててのけぞった。
     それにまた、傷ついたような顔をする先生を見てひっそりと、胸中に灯るものは優越感だった。
     俺には今目の前にいる鍾離先生が、俺と同じように記憶を持った別人なのか、あるいは長い時を生きた本人なのか分からない。けれどどちらにせよ、彼にはいつかの「俺」と恋仲であった記憶があるのだろう。
     記憶の中の彼が、「俺」を見つめていた時の目と今向けられている視線はよく似ている。
     前世、俺は全てを捨てて彼と、なんてことができる立場ではなかった。けれど全てのしがらみから解き放たれた今、彼がまた俺を望むことは、まあ分かっていたから。
     そう、だから。だから俺はあえて、彼のことを憶えていないふりをしたのだ。
    「……終わったよ。ねえ先生、この後時間ある?」
    「帰りたいのではなかったのか?」
    「それはそうだけど。
     ……俺ね、先生のこと結構好きなんだよ」
     言えば静かに、目は見開かれ。けれどすぐ「……そうか」と伏せられる。彼の望む「好き」と俺の言うそれが食い違っているのだろうと、きっと彼は思っているのだ。
     ──だから。
    「先生はさ、異動の時期とか……まあ分からないよね、上の人が言うことに従うしかなさそうだし」
    「そうだな、確かに今は……そうなっている」
    「でもま、俺が卒業するまではちゃんといてよね。卒業式に号泣する先生見たいし」
    「さすがにそこまではしないが……」
     席を立ち、窓辺で伸びをする俺を、追いかける目にはいつかの光が宿っている。俺の死を嘆き、涙したその姿を、俺は一度も忘れたことはない。
    「もうちょっと、待っててくれる?」
    「……何を、待てばいい」
    「そりゃあ俺の卒業。先生待つの得意だって言ってたでしょ、だからさ、ね?」
     微笑む俺の意図を正しく悟れないほど、彼だってもう清らかではないだろう。長く人の世を生きれば、神性だってきっと薄れる。本質は変わらずとも少しずつ侵食され、彼はもう人であるはずだ。
    「……大人をからかうものではないぞ」
    「はは、分かってないなー。いや、分かってるから言うんだろうけどさ」
     窓を開ける。鮮やかな風が室内を吹き抜けて、先生の長い髪を揺らし。
    「それとも俺が、そんなに危うい存在に見える?」
     手すりに背を預け、そのまま後ろに体重をかけてみればすぐ、青い顔をして飛んでくる。俺の腕を掴む手が震えているのを見て、笑う俺はきっとひどく薄情だ。
    「好きだよ先生。だから待っててよ、俺だってあんたとの契約忘れるほど……空っぽの頭で生まれた覚えはないよ」
    「──ッ!」
    「ね、『先生』。あんたの気持ちが何百年も何千年も、あるいはそれ以上変わらないんだって言ってくれるならさ。応えてあげるよ、だからもう少し……生徒と教師でいよう」
     いつになく優しく、笑えた自覚がある。うつむいた彼の表情は見えないけれど、「信じて、いいのか」と震えた声が続いた。
    「もちろん。やっぱほら、出会ってすぐ言ったら先生犯罪者になりそうな顔色してたもんね。
     今を生きるのはさ、退屈だけど悪くはないよ。だからほら、泣かないでよ」
     耳にこびりつく泣き声が遠ざかった気がする。いつか俺を、涙と共に見送った彼が抱えるものは──まあ多少、俺にも責はあるわけだし。契約に義理堅く、なんてほんと、誰のせいでこうなったんだろうね俺は。
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    のくたの諸々倉庫

    DONEいずれ永遠へとつながる奇跡/鍾タル人というものは不変の日常に、「いつもと同じ」であることに安堵しながらも、望む以上を与えられれば絶望する生き物だと聞いた。
    「おはよう先生、元気してる?」
    「……ああ、公子殿か。そうだな、健康状態が良好かどうか……という意味でなら、おそらく元気であるだろうよ」
    「はは、どうしたのその言い方。まるで心は元気じゃない、みたいに言ってるように聞こえるけど」
     俺の部屋を訪ねるなり、ソファにどっかりと腰を下ろした公子殿。人好きのする笑顔を浮かべ、けれど深海のように濁る瞳で──しばし思案の海に沈む俺を、「先生?」と不思議そうに呼んだ。
    「どうしたのさ、本当は体調悪いんじゃないの?」
    「……お前たちが異常だと、病的だと呼ぶ事柄について……少し考えを巡らせていた」
    「へえ、例えば?」
    「例えば……そうだな、公子殿はもし今この瞬間から、その身が不老の存在になったとしたならばどうする?」
    「難しい質問だねえ……まあそれが誰に言われたか、どんな瞬間にどのように言われたかでも信じるか信じないかは変わるね。不老かどうかなんてさ、そこそこ時間が経たないと分からないだろうし……というかそこ、不死はつけなくていいの? 1804