「……無理だ…」
自室の机に突っ伏して魂が抜けたようにぼそりと水心子は呟く。
何が無理かと言えば、ここ二週間ほど清麿からキスをされていない。いや、正確にいえばキスどころか手も繋いでいないし触れられてもいないし、もちろんセックスだってしていない。
普段であれば清麿から手を繋いできたり、抱き締めてきたり。あるいは自ら甘えるように抱き着いたりキスをしたり。そして夜になれば一緒の布団に入り、そういう雰囲気になれば甘い夜を過ごす。けれどこの二週間はそういったことが全くと言っていいほどにない。出陣や非番だって被っているし、共に過ごす時間だってある。それなのに、だ。
一週間程前に手を繋ごうとすれば慌てたように手を離され、三日程前には、痺れを切らしてキスがしたいと強請ったところ、「ごめんね」と一言やんわりと断られてしまう始末。
「……まさか、もう私のことなんか嫌いになってしまったんじゃ…」
親友だ、恋仲だと浮ついて刀剣男士であるという使命を果たせない新々刀の祖など、と見限られてしまったのかもしれない。それならば、清麿への恋幕を忘れるくらいであれば我が主に頼んで刀解して貰った方がマシだと突っ伏した机に頭をゴツン、とぶつけた時だった。
「わっ…水心子、何してるの」
すらり、と障子を開けて入ってきたのは今の悩みの種である清麿本人だ。そういえば清麿は今日は畑当番だった。きっとそれを終えて帰ってきたのだろう、と打ち付けて痛む頭で考える。
「ねぇ、大丈夫?たんこぶ出来てない?」
隣へとしゃがみ込み心配そうに覗き込んでくる清麿を首の向きを変えて恨めしく見つめる。
こちらはこんなにも思い悩んでいるというのに、当の本人…いや本刃は全くもっていつも通りに接してくるのだからタチが悪い。それでいてこちらから触れようとすると避けるように躱される。もはや訳が分からない。
「……大丈夫」
「えぇ…絶対大丈夫じゃないでしょ…」
重く低く絞り出した声で答えたものの、それが逆効果となり更に心配させてしまったらしい。清麿が水心子の額へ手を伸ばそうとしたところで、はっと気付いたように伸ばした手を戻す。
ほら、やっぱりだと水心子は確信する。清麿は自ら触れないようにしているのだ。その表情はどこか苦しそうで、何かを堪えるようにして眉間に皺を寄せている。
そんなに苦しむくらい自分のことが嫌いになってしまったのなら無理に優しくなんてしなければいいのにと水心子はギリ、と歯を食いしばってから口を開く。
「……、なのか…」
「えっ…?」
「清麿は…私のことが嫌いなのか…」
自分でも驚く程に情けない声が出た。それにとんでもなく情けない顔をしていると思う。こんなことでは更に清麿から嫌われてしまうかもしれない。そう頭では考えるけれど声も表情も今更変えることなど出来ず、突っ伏したままだった顔を上げて清麿をじっと見れば全力で横に首を振っている。
「そんなわけないじゃない。僕は今もこれからも、ずっと水心子が大好きだよ」
「それなら何故!…なんで僕に触れようとしないんだよ…触れようとしても今みたいに苦しそうにするし、僕から触れようとすれば避けるじゃないか…!」
一度言葉にしてしまえば、もう取り繕う余裕もなくなってしまう。思い悩んでいた言葉を吐き出せば同時に決壊したかのようにぼろぼろと涙が溢れ出てくる。
「もう、親友としてすら嫌いになったのなら…我が主に刀解してもらうからっ…だから無理に優しくなんて」
「水心子っ…!」
言葉を遮るように、清麿が水心子の身体を引き寄せて力強く抱きしめる。
たった二週間、されども二週間。求めていた愛しい温もりと優しい匂いに包まれ、水心子は更に涙を溢れさせた。
「うっ…ー…こんな、情けない姿っ…もっと、嫌われてしまう…っ」
「嫌いになんて…!ごめん、ごめんね水心子…そんなことを言わせてしまって本当にごめん…僕が悪いんだ」
震える身体を清麿が強く抱き締めれば水心子もおず、と控えめに背中へと手を伸ばす。
ごめんね、と何度も謝りながら幼子のように泣きじゃくる水心子をあやしながら髪に唇を寄せる。
「…本当に、嫌いになってないのか……」
「本当だよ。ごめんね、理由をちゃんと話すから聞いてくれるかい?」
肩越しに小さく頷く水心子にありがとう、と返せば抱きしめた身体を離す。そして徐に唇を開いたかと思えば、べ、と舌を覗かせた。
その舌を見て水心子は思わず目を丸くしてしまう。清麿が覗かせたその舌先に、丸い金属がついている。
「……ぴあす…?」
「うん。舌のピアス。これを開けたのが理由だよ」
本当にごめんね、と眉を下げて謝る清麿に水心子はふるふると首を振るが、舌につけたピアスと自分に触れてこなかった理由がイマイチ結びつかない。訝しげな表情を見て察したのか、清麿はそのまま言葉を続ける。
「舌にピアスをあけるとね、いくら刀剣男士と言えどヒトの身だから一週間くらい舌が腫れてしまうんだ」
「一週間……でも、清麿が私に触れなくなってから二週間は経ったぞ。それに、触れなくなった理由にもなっていない」
清麿はうぅん、と悩んで言葉を濁す。やはり何か言い難い理由があるのだろうかと再び泣き出したくなる気持ちを抑えながら清麿の言葉を待つ。
「…、…恥ずかしいことにさ。僕、水心子に少しでも触れたら我慢出来る自信がなくて。そもそも舌が腫れていたらキスだって上手く出来ないだろうし、細菌とかもあるから二週間は安静にさせた方がいいって書いてあって……だからその間に水心子に少しでも触れてしまったら…」
我慢なんて無理だよ…と清麿は手で顔を覆う。
つまり、清麿の言い分として。舌にピアスを開けたはいいが二週間は安静にさせなければいけない。けれど水心子に触れれば我慢出来ずキスもしてしまうし、それ以上の事もしてしまう自信しかない。だから触れないように、触れられないようにしていたと。
「……ばかまろ」
「…ごめんね」
「私も先に理由を聞かなかったのは悪かったと思う…けれど、ひとこと言ってくれたら良かっただろう…」
「舌にピアスなんて開けるなんて言ったら水心子がビックリしちゃうと思って」
「今こうやって教えてるし、いずれ知るんだから先に言おうが同じじゃないか!」
「はっ……そうだね…!?」
今更気付いたのか、この天然は。と、流した涙も引っ込む程の天然具合に思わず苦笑してしまう。清麿がぴあすが特集された雑誌をよく読んでいるのは知っていたし、別に舌だろうが何だろうが開けることに驚きはしないというのに。
悩みに悩んで情けなく泣き顔まで晒してしまった自分があまりにも恥ずかしくなってくる、と水心子はそのまま清麿に抱きついて身体を預ける。そしてせめてもの仕返しだ、と軽く肩に頭突きをお見舞いするが絶対に効いていないし、なんなら先程自分で打ち付けた額の方が痛いくらいで逆に悔しい。そして暫しの沈黙のあと、水心子はぽつりと言葉を紡ぐ。
「…今日で二週間だ」
「うん」
「…清麿に触れられていない」
「うん」
「……きす、しないの?」
「…していい?」
控えめに尋ねてくる清麿へ、返事の代わりにそっと唇を押し付ける。
清麿は嬉しい、と吐息混じりに呟いたかと思えば最初は控えめに。そして啄むようにリップ音を響かせて唇を食んでくる。
「ん、ぅ……」
「好き…好きだよ、水心子」
僕も、と返事をしようと唇を開いたところで噛み付くように唇を塞がれる。そして、ぬるりと湿った舌が咥内へ侵入したかと思えばすぐさま舌を絡め取られてしまう。
粘膜同士が絡み合うふわふわとした気持ちよさと、舌先に触れる丸い金属の感覚が交差して脳を溶かしていく。
「ふぁ、ぁ…む…ンん…っ」
歯列をなぞられれば、カチ、カチリと金属の当たる音が鼓膜に響き、上顎を嬲られれば初めての感覚にぞくぞくと背中が震えてしまう。二週間ぶりのキスがこんなにも気持ちいいなんて。
「はっ…は、ぁ……きよ、まぉ…」
じっくりと咥内を翻弄され、唇を離される。求めるように名前を呼ぶ呂律が回らない己へ、清麿は熱を孕んだ瞳を向ける。そしてぐり、と下腹部を押し付けてくれば確実に熱を持ったソレの感覚に水心子は思わず顔を更に赤くしてしまう。
「ね…?キスだけで、こんなに興奮しちゃうんだよ」
「じゃあ…」
「うん?」
「……二週間分のきすも、それ以上のことも…今からしてくれるんだろう?」
押し付けられた下腹部、布を押し上げるソレにそっと手を添えて撫であげれば清麿は瞳を細め、ぺろりと唇を舐める。
その舌先に光るピアスで、きっと更に翻弄されてしまうのだろう。
えも言われぬ期待と興奮に無意識に恍惚と頬を緩ませ、水心子は再び清麿へ唇を押し付けたのだった。