冬の夜、甘さを求め「しめぱふぇを食べに行きたい」
こたつに潜り込み暖を取りながら真剣かつキラキラとした眼差しで端末を見つめて唐突に呟くのは水心子正秀だ。
「しめぱふぇ…?パフェって、よく長船のみんながおやつに作ってくれるアレ?」
向かい側に座り手持ち無沙汰とばかりに卓の上のみかんを重ねていた村雲江は首を傾げる。その言葉に水心子は持っていた端末をずい、と近付けてみせた。
「あぁ。最近万屋街にしめぱふぇ専門店というものが出来たらしい。我が本丸の燭台切達が作るぱふぇも勿論美しく見事だが、このしめぱふぇというものはまた違った美しさがあるんだ」
村雲は差し出された端末を受け取り視線を落とす。そこには最近万屋街にオープンしたと話題になっている刀剣男士向けの記事。それをスクロールしていけば、確かに普段見るものとはまた違った華やかさのパフェが顔を並ばせていた。
パフェの名前にも季節にちなんだ花やイベントのものがつけられていて、ひと目見ただけでも洒落たものだと分かる。
「まぁ確かに綺麗だし美味しそうだけどさ、なんで締めのパフェなの?」
差し出された端末を返そうとしたところで水心子が向かい側から村雲の隣へと場所を移動してくる。せまいよぉ、なんて言いながらも横にずれてスペースを作ってやれば嬉しそうに目尻を緩ませた。
「どうやら酒を飲んだ後の締めとして食べるぱふぇ、という趣向らしい。このぱふぇ自体にも少量の酒が使われているようだしな」
ほら、と指さされたものを見れば確かにクリームやトッピングにアルコール使用の文字が記載されていた。
「とは言っても、酒を飲まずともこのぱふぇだけを食べに行く者もいるらしいが」
「なるほどねぇ」
こんな洒落たものもあるんだねぇ、と感心していればスラリと扉が開く音と同時にあれ?という声が降ってくる。
「水心子ってば、また雲さんにくっついてるの?妬けちゃうなぁ」
言葉とは裏腹に穏やかな声色でそう告げて部屋に入ってきたのは源清麿だ。お茶菓子を貰ったよ、と手に持っていた饅頭を卓に置いていく。
「仲が良いというのは悪いことではないですから。そうでしょう、雲さん?」
次いで入ってきたのは五月雨江だ。私はお茶を、と人数分の茶を乗せた盆を卓に置けば2人も寒さを凌ぐようにこたつの中へと体を潜り込ませる。
「んー、まぁ。俺なんかでも気を許してくれるんだなーって思えるのは、確かに嬉しいよ」
ちらりと隣に密着する水心子に目を向ければどこかあどけない笑顔で村雲を見ている。
実際、他本丸の個体に比べたらこの水心子は人懐こい性格ではある。特に村雲や五月雨には信頼を置いているようで、本来であれば親友であり恋仲である清麿以外には見せない表情や態度を見せている。もちろん、新々刀の祖としての威厳もしっかりと持った上でだ。
「最近じゃ僕よりも雲さんにくっついてる方が多いよね。仲良きことは美しきかな…あぁ、でも寂しくて折れちゃいそう」
「言葉と表情が全く比例していないぞ、清麿」
相変わらずの様子で話す二振りを微笑ましく見ていた五月雨は、そういえば、と言葉をもらす。
「お二人は何を話していたのですか?何やら端末を見て真剣な様子でしたが」
「あ、そうそう。水くんがね、しめパフェってのが食べてみたいんだって」
これ、と村雲が持っていた端末を卓におけば清麿と五月雨は身を乗り出して画面のそれをじっと見つめる。
「しめパフェ……へぇ。すごく綺麗だね、僕達が八つ時に食べるパフェとはまた違って、なんだかアートってやつみたいだ」
「えぇ、見事なものです。名前にも拘りを感じますし、まるで季語そのものですね」
スルスルとスクロールしては感心の声を洩らす二振りの様子に水心子が口を開いた。
「その、皆も興味を持ってくれたのなら…もし良ければ、一緒にこのぱふぇの店に行ってはくれないだろうか?」
「えーと…一緒って言うのは、俺と雨さん…水くんに清くんってこと?」
おず、と不安げに提案を投げかけた水心子を見て自身を指差しながら村雲が問いかければこくりと頷く。
「元より、清麿を誘うつもりではいたのだが…村雲も五月雨も甘いものは好きだろう?それに見目麗しいものも、よく見ているようだったから…せっかくなら、と」
駄目だろうか、と襟深い内番着に顔が全て埋まってしまうのではというくらいに肩を縮こませる水心子に清麿は小さく笑ってそっと頭を撫でる。
「僕はもちろん賛成、水心子が誘ってくれて嬉しいよ。それに僕もしめパフェってやつを食べてみたいしね」
「えぇ、私も賛成です。せっかくのお誘いですし見目麗しいものを頂けば、そこでまた新たな季語を発見出来るかもしれません」
喜んで、と清麿と五月雨はうんうんと頷き会話を弾ませる。その様子に水心子は安心したように笑うと自身を指さしたままの村雲にどうだろう、と視線を向けた。
「えっと、じゃあ…俺もせっかくだから。水くんが誘ってくれたの、嬉しいし」
「本当か…!?ありがとう皆、恩に着る!さっそく我が主へ外出許可を貰いに行かねば!」
村雲の答えに水心子はぱぁ、と顔を綻ばせそのままの勢いで村雲の手を取りぶんぶんと振る。
「わっ、わ…水くん…!俺の腕取れちゃうよぉ…!」
「あはは、まるで水心子まで犬になってしまったみたいだ」
「おや、犬が増えるのは良いことです。清麿さんもいかがです?」
「えぇ?僕は遠慮しておこうかなぁ」
そんな水心子と村雲の仲睦まじいやり取りを、恋仲である二振りは微笑ましく見つめるのだった。
━━━━━━━━━━━━━━━
話が纏まったところで、4人は審神者へ外出許可を貰いに行った。理由を話せば快く許諾してくれて、小遣いまで貰ってしまう始末だ。
なんでも、審神者がいた現代にもシメパフェ専門店があったらしく、懐かしいから自分の分まで楽しんで来いとのこと。
日もすっかり暮れたところで審神者と近侍に見送られ、本丸から転送ゲートを潜れば昼とは違った顔を覗かせる万屋街へと到着する。
やはり万屋街、他本丸の刀や審神者がそれぞれの買い物を楽しんでいるが昼間に比べたら喧騒感は落ち着いているように感じた。
4振りはといえば冬仕様に仕立てた軽装に身を包み、店までの地図を手に肩を並べて歩く。
「ここの道を真っ直ぐかな?そのあとの細道を右に進めばいいみたい」
「そういえば、頭が店へ予約を入れておいたと言っていました。所属本丸と水心子さんの名前を伝えれば大丈夫だそうですよ」
「そうか…小遣いまで貰ってしまったしな、帰りに我が主に土産を買っていこう」
頬を撫でる冬の風の冷たさに身を縮こませ、思わず早足になってしまえばあっという間に目的地へとつく。
奥まった細道の先に小さな灯り、こじんまりとした外観ではあるが洋風にアレンジされた趣のある建物だった。
「ここ、だよね…?」
水心子がかちゃりとドアノブを回し控えめに扉を引くとカランカラン、と心地よいドアベルの音が響く。同時に中から「やぁ、いらっしゃい」と聞き馴染みのある声が聞こえた。
そこにいたのは長船の祖でもある燭台切光忠だ。奥には小豆長光、太鼓鐘貞宗、鶴丸国永、普段であれば他の刀達とは馴れ合わない大倶利伽羅の姿も見える。
まさかの面々が顔を連ねていることに水心子が呆気にとられていれば後ろからひょこりと清麿が顔を出した。
「やぁ、こんばんは。大和国の水心子正秀で先程予約しているとおもうのだけれど」
「あぁ!君たちの主から連絡を貰ってるよ。4人で良かったかな?見てのとおり、今夜はまだ落ち着いてるからね。好きな席に座って大丈夫だよ」
さぁどうぞ、と燭台切が声を掛ければ水心子はハッとしたように失礼する、と店内へと足を踏み入れた。それに続くように清麿、五月雨、村雲も中へと入れば洒落た店内を見渡すようにキョロキョロと顔を向ける。
「わっ…すごいお洒落だねぇ雨さん!天井から植物がぶら下がってるよ!」
「あれは…どらいふらわー、というものでしょうか。新たな季語になりそうですね」
ぶんぶん、と無いはずの尻尾が揺れているのが見えそうなほどに表情を綻ばせる五月雨と村雲の様子に店員の太鼓鐘が口を開く。
「へへ、すげーお洒落だろ!これ全部、みっちゃんがデザインしたんだぜ」
確かに言う通り、店内には壁掛けのドライフラワーや天井から下がる派手すぎないシャンデリア、異国を思わせる小さめの絵画。そして店内に馴染むように置かれた木製のテーブルと椅子など誰が見ても流石と言わざるを得ない程に完成されている。
「さすがは燭台切だね。君たちは何処かの本丸に所属してるのかい?」
同じように店内を見渡していた清麿が疑問を口にすれば違うぜ、と鶴丸が口を開く。
「俺達は政府直属の刀剣男士でな。と言っても、顕現させられたのはつい最近だからこれはまぁ、いわゆる研修兼社会経験ってやつだ。な、伽羅坊?」
「……俺は断ったはずだが」
傍らにいた大倶利伽羅の肩をがしりと抱き寄せれば離せ、と言った様子で距離を取ろうとする大倶利伽羅につれないなぁ、と鶴丸は笑う。
「ぼく……あ、いや…私達がいた時の政府とは違う研修の仕方なのだな」
コホン、と咳払いをしつつ自分達が政府にいた頃を思い返していると村雲の自分達を呼ぶ声が少し先の方から聞こえてきた。
はっと顔を上げればこっちだよ、と手を振る村雲の姿。傍らにあるのは少し広めに作られた4人掛けのテーブルだ。
好きな席に、と言われていたからきっとそこに席を決めたのだろう。
行こうか、と清麿に手を引かれ席へと腰を下ろせば太鼓鐘がすぐさまコップに入った水とメニュー表を持ってくる。
「小豆やみっちゃんが作るパフェはどれも最高だからさ!じっくり選んでくれよな」
受け取ったメニュー表も、やはり洒落たものでまるで異国の書物のようなデザインが施されていた。
「凄いですね、店の外観から内装…この書物まで、全てにおいて素晴らしいと言わざるを得ません」
ぱらり、とメニューを開けばそこには端末で見た記事のものと同じ写真が並んでいる。
梅の花が咲き誇る様子を模したもの、一輪の椿の花に粉雪が降り積もる様子を模したもの。主が毎年男士たちにチョコを配り歩くイベント、バレンタインが近いからだろうか。チョコレートをふんだんに使ったもの。それに猫の形を模したもの、と本当にこれが菓子で作られているのだろうかと思ってしまうほど繊細で心惹かれるパフェばかりだった。
「使っている材料を書いてくれているみたいだけれど…僕達には理解し難い単語ばかりだね。きっと料理に詳しい男士達なら分かるのだろうけれど」
写真の横を見れば、確かに『コンフィチュール』や『クランブル』など普段見慣れない単語が連なっている。
名前だけ見たところで想像もつかないが、太鼓鐘が言っていた通り小豆や燭台切が作るものに間違いはないだろうし食べたことのないものを舌でしっかりと味わうのも悪くはないな、と水心子は思う。
「雨さん、決まった?俺これがいい」
「では私はこれを。珍しい洋酒を使っているみたいですし」
「あ、それ俺迷ったやつ。ひと口ちょーだい」
あまり悩む様子もなかったように見える五月雨と村雲を横目に隣で唸りながら悩みに悩む水心子を大丈夫?と清麿は覗き込む。
「あ、いや…どれも本当に美味しそうで……こんなに悩むなど、新々刀の祖として情けないのは分かっているんだが…」
食べたことのないものを、と考えれば考えるほど全てが美味しそうに見えてしまい尚且つ全てのものに興味を持ってしまう性格故に更に悩んでしまう。
そんな様子の水心子にあはは、と清麿は笑えばメニュー表をそっと指差した。
「なら僕はこれを頼むから水心子はこっちを頼んでみたらどうかな?そうしたら別々のものを一緒に食べられるから」
「えっ、あ、でもそれだと清麿が食べたいものを食べられないんじゃないか?」
有難い提案だが清麿は普段から水心子を優先しがちだ。そんな彼の言うことだから水心子は焦ったように首を横に振る。けれど清麿も同じように首を振ってにこりと笑う。
「そんなことないよ、僕も少し迷ったくらいだからね。それに美味しいものを水心子とシェア出来るんだから幸せだよ」
さも当たり前のように言われてしまえば断れる訳もなく、水心子は頬を赤らめながら小さく唸る。
「ゔ……では、お言葉に甘えて…」
「ねぇねぇ、二人とも俺たちと違うやつ頼む?せっかくだし皆でちょっとずつ食べようよ」
「賛成です。本当にどれも美味しそうですからね」
「うん、いいね。それじゃあ太鼓鐘、注文をお願い出来るかい?」
軽く手を挙げて太鼓鐘を呼ぶと、すぐさま注文を取りに来る。それぞれ決まったものを伝えれば手馴れた様子でメモを取り、完成まで待っててくれよな、と一言残しキッチンへと戻って行った。
ふぅ、と一息ついたところで改めて店内を見渡してみる。
「しかし…本当に洒落ているな。政府の研修とはいえ、燭台切が全て装飾を施したなんて」
「流石、と言うべきなのかな。研修だけで終わってしまうのが勿体ないくらいだよね」
彼らの研修が終わったあと、この店の行方はどうなってしまうのか。自分達が知る由もないが、すぐには無くならないとしても、こんなにも素敵なお店がいつか無くなってしまう時が来るのかと思うと心寂しくも思う。
とはいえ、彼らもれっきとした刀剣男士であり本来であれば戦に身を置くものなのだから、こういった研修が必要なのかと問われれば疑問が残ってしまうが、結局息抜きと称して自分達も遊びに来ているのだから需要と供給は成り立っているのだろう。
「俺も雨さんも政府のことなんて良く分からないけどさー」
「そうですね。ただ頭が時折会議とやらで出向いてはいますが、帰ってくると顔が疲れきっていますよね」
「あの時の主の顔やばすぎ、ゾンビ映画みたい」
「前に長谷部が近侍でついて行った時、主命がなかったら政府の奴らを全て叩き切っていた、と言っていたな…」
「よく抑えたよね、彼」
それぞれが苦笑を零していると鶴丸の明るい声と共に芳ばしい香りが席へと運ばれてきた。
「なんだなんだお前さん達、こんな所まできて辛気臭い顔なんざしてたら勿体ないぜ。ほら、ご注文の飲み物だ」
せっかくなら、と一緒に頼んだ飲み物がそれぞれの目の前に置かれる。村雲と水心子はフルーツティー、五月雨と清麿は珈琲だ。
「俺が珈琲、伽羅坊が紅茶担当でブレンドしてるんだ。不味いとは言わせないぜ」
あっと驚いてくれよな、と言い残しキッチンへと戻っていく鶴丸に軽く礼を告げ、それぞれが提供されたものをまじまじと見つめる。
「俺、興味本位で頼んじゃったけど果物の紅茶なんて飲むの初めてだよ…めちゃくちゃいい匂いするね」
「私もだ。ぶれんど…とは、茶葉の組み合わせのことだろうか…大倶利伽羅はこういった才能も持ち合わせているのだな」
透明なティーポット、その茶漉の中で揺れる茶葉と細かく刻まれた数種類の果物。湯気と共に爽やかな香りが鼻腔を擽って思わず頬が緩む。
「こちらの珈琲も本丸で飲んでいるものよりも香りが強い気がしますね」
「そうだね、でも強すぎるわけでもない。香ばしいのにほっとする香りだ」
水心子と村雲が用意されたティーカップに紅茶を注ぎ、五月雨はミルクを少し。清麿は角砂糖一つぽちゃりと落とす。
いただきます、と火傷しないようにそっと口元へと運ぶ。そしてこくり、と飲み込んでから
「……美味しい!」
最初に声を上げたのは誰だったか、という程に4振りは声を揃えていた。
「えっ、なにこれ本当に美味しいんだけど!?」
「す、すごいなこれは…今まで飲んだ飲み物の中で一番なのではないか…!?」
「新たな季語ですね、これは」
「凄いや…珈琲がこんなに美味しいと思う日が来るなんて」
口々に感想を述べているとオープンカウンターからひょこりと鶴丸が顔を出す。
「な、驚いただろう?そこらで出すような茶や珈琲とはひと味違った驚きを提供するのが俺達の役目なんでね。そうだろう、伽羅坊?」
「…大したことはしていない」
まるで新しい玩具を見つけたようにはしゃぐ4振りを見て鶴丸は満足気に笑う。大倶利伽羅も満更でもなさそうだ。
「そんなに褒められているのを見ると、僕達も負けてられないな」
「そうだね。わたしたちのりきさくも、ぜひかんどうしてほしい」
お待たせ、と燭台切と小豆がキッチンからトレーに乗せたパフェを運んでくる。
「たんせいこめてつくった、わたしたちのぱふぇだ。ぜひあじわってほしい」
「きっと気に入ると思うよ。」
そう言って、まず五月雨の前に差し出されたパフェは椿に粉雪が降り積もる様子を模したものだ。
次いでチョコレートをふんだんに使ったパフェは村雲に。梅の花が咲き誇ったパフェは清麿へ。猫の姿を模したパフェは水心子へ。
「さぁどうぞ、召し上がれ」
テーブルへとカトラリーを置いた燭台切は小豆を連れてキッチンへと戻っていく。
目の前に置かれたパフェは記事やメニューで見た通りのもので、キラキラと輝く宝石、もしくは生け花のように美しく4振りは思わずその場で固まってしまう。
「ね、ねぇ…勿体なくて食べれないよこれ…」
「…写真撮ろう、写真」
前に審神者と出掛けた時だ。甘味処で審神者が端末を使って甘味の写真を撮っていた姿を思い出す。あの時はその行動があまり理解出来ずにいたが、今となっては分かる。
それぞれ持っていた端末で色々な角度から写真を撮ってみるが実物の美しさには劣ってしまうのが勿体なく悔しくも思う。
それぞれが満足するまで写真を撮り、改めて目の前のパフェをじっと見つめる。
「それでは…いただきましょうか」
「う、うん…」
甘味を食べることに、こんなに緊張することがあるだろうかと言うほどに震える手でスプーンを持ち一口すくう。それはクリームだったり、飾られたチョコレートだったり。
こぼさないように慎重に口へと運び入れ、しっかり味わうように咀嚼する。
鼻を抜ける洋菓子ならではの、けれどくどすぎない甘さが口内に広がり、そして洋酒や日本酒の香りが後を追うように鼻をぬけていく。
4振りは信じられない、と言った様子で口元を押さえて互いを見つめ合った。
「…ちょっ、と待って…これ、美味しすぎない…?」
「人の形を得られて良かったとまで思えた……」
「世の中にはこんなにも美味しくて美しい季語が存在するのですね…」
「感動して涙が出そうだよ、僕」
本当に美味しいものを食べた時、人は言葉を失うと聞いたことがあるが今まさにその時なのかもしれないとまで思う。
様子を見ていた太鼓鐘が嬉しそうにキッチンへと報告しに行けば燭台切と小豆の嬉しそうな声が聞こえるが、4振りはそれどころではないようで。
クリームやクッキーだけではない、パフェグラスの奥に隠れたジュレやコンフィチュール、ドライフルーツやジェノワーズ。上から順に、ではなく長いスプーンでひとまとめにして食べれば、また違った美味しさが口内を占めて幸せな気持ちにしてくれた。
「ねぇ雨さんここ食べてみてよ、めちゃくちゃ美味しいんだよ!」
「ありがとうございます、では雲さんにはこちらを差し上げますね」
「清麿、この部分の味は絶対に清麿の好きな味だと思う!」
「本当?じゃあ水心子が食べさせてくれる?」
「あぁ、もちろ……んなっ!?」
カウンターから頬杖をつきながらはしゃぐ4振りを眺める。仲がいいな、と呟かれた大倶利伽羅の言葉にそうだな、と鶴丸は返した。
「仲良きことは美しきかな、ってな」
その小さな独り言は言葉はカランカラン、と新たなドアベルの音で掻き消される。見ればそこには別の本丸の刀剣男士達。
今宵も賑やかな夜になりそうだと鶴丸はカウンターから身を乗り出しいらっしゃい、と声を掛けた。
━━━━━━━━━━━━━━━
「ご馳走様でした」
「素晴らしかったよ、本当に」
その後も4振りは会話に花を咲かせ、あまりの美味しさに紅茶と珈琲のおかわりまでしてしまっていた。
本丸への土産にと、店内で販売していた手作りのクッキーサンドを買い会計を終えれば店の外まで鶴丸が見送りに来てくれる。
「君達の反応は中々に愉快だったぜ。あそこまで大袈裟に感動してくれた客は初めてじゃないか?」
逆に驚かされたな、と鶴丸が笑えば水心子が背を正して鶴丸の手を取る。
「いや、大袈裟などではない。私達は本当に素晴らしいと思ったんだ。ぱふぇや飲み物は勿論、店の全てにおいて感動させてもらった。本当に感謝している」
「水心子の言う通りだよ。こんなに美味しいものを食べたのは本当に初めてだったんだ。また是非来たいと思うよ」
「うんうん、俺も!また来ようね雨さん」
「えぇ、勿論です。別の季節に来ればまた新たな季語も見つかるでしょうから」
あまりにも純粋、真っ直ぐな瞳で伝えられ呆気に取られる鶴丸だったが直ぐにいつもの様子で水心子の手を握り返し、ありがとなと返す。
「君たちならいつだって大歓迎だ。またあっと驚くメニューで出迎えてやるさ」
「あぁ、楽しみにしている。それでは」
ひらりと手を振る鶴丸に手を振り返せば4振りは並んで帰路へとつく。
そこまで長居したつもりはなかったが来た時よりも夜は更け、万屋街の灯りもぽつりぽつりと少なくなってきていた。
「良かったね、水心子。満足出来たかい?」
「勿論だとも。皆も付き合ってくれて感謝する、とてもいい時間を過ごせた」
そう返す水心子の言葉に村雲は来て良かった、と嬉しそうに笑う。
「こちらこそ誘ってくれてありがと。雨さんや皆と出掛けられたし、美味しいものも食べられてめちゃくちゃ満足!」
「誘っていただいてありがとうございました、また是非ともご一緒させて下さいね」
「ふふ、今度は二人でデートしたいね?水心子」
今言わなくてもいいだろ!と水心子が慌てたように顔を赤くすれば楽しげな笑い声が帰路に響く。
転送ゲートを潜って本丸に帰るまであと少し。
審神者と本丸の皆に土産を渡して、土産話をしたら自分たちの本丸の燭台切や小豆も興味を持つだろう。
まだまだ夜は長くなりそうだな、と4振りは頬を綻ばせていた。
これは、とある本丸の冬の夜のお話。