恋のキューピッド 小話1 俺の恋人、海老名には嫉妬という概念がないようだ。
付き合って3年経つけど、嫉妬してる所を見たことがない。
俺が女子に囲まれている所を見ても、「お前ばっかりモテてずるいな、やっぱ顔かよ」って言ってくるぐらいだ。
一方で、俺は嫉妬することが多い。
海老名は自分が嫉妬しないから、俺の気持ちを汲み取ってくれず、他の人と平気で抱き合ったりしている。パーソナルスペースが狭いから、仕方ないと思いたいけど、そういうわけにもいかない。俺が嫉妬でどうにかなりそうだから。
最近は俺が嫌がるから前よりは他の人とベタベタすることは少なくなったけど、付き合ったばかりの時は本当にひどかった。
付き合って数日経った頃、朝練が終わった後に会いたいって頼み込んで、朝練が終わる時間くらいに海老名には教室の廊下で待ってもらうことになっていた。海老名は「同じクラスだから廊下で待つ必要なくね?」って言ってきたけど、可愛い恋人が俺のことを待っている姿を見たかったし、なにより俺がいつも朝練から帰ると海老名が教室で他の友達と仲良さそうに話してて、こっちを気にする素振りがなかったから、寂しかった。
「あ、佐々木。朝練おつかれ」
「海老名、ありがとね。待っててくれて」
最っ高。マジで最高。朝練の疲れ、吹き飛ぶくらい癒される。「おつかれ」だって!俺のこと労わってくれてる……。天使、可愛い……。マジで俺の恋人はめちゃくちゃ可愛い。
ただ、ここで問題なのが、この男。
「お!エビチリーーー!!」
「上野、その名前で呼ぶなって」
そう、隣のクラスの上野。俺と同じバスケ部で、海老名とは高校に入って一番最初にできた友達らしくて仲が良い。
「エビチリー、俺、朝練すげー頑張ったーー。癒してくれーー」
「うお、くっついてくんなよ」
……いやいや、海老名は俺のですけど?なんで俺の海老名にくっついてるの?
上野は海老名以上にパーソナルスペースが狭い。俺たちの教室の奥が上野の教室だから、俺と海老名が話していると、この男は会話に混ざってくる。混ざってくるだけならいいけど、いや、それも嫌だけど、俺の海老名に毎度抱きつくのやめて欲しい。海老名も口では嫌がるけど、満更でもない顔してるし……。
「上野、今日は後輩にちゃんと指導できたのか?」
「んー、まぁね。これでも先輩なので!」
「はは、さすがだな!」
「もっと褒めろーー!」
え、なにこれ。
俺が海老名に褒めてもらえるようにこの場をセッティングしたんですけど?
「上野?そろそろ教室に戻んないとじゃない?」
さすがにこれ以上見ていられなくて、さりげなく海老名と2人っきりになれるように促した。
「ん?あー、そうだね、戻るわー。佐々木っち、おつかれー、エビチリもまたねー」
「おー、またな」
やっと去って行ったけど、俺と海老名が2人で話せる時間も数分しか残っていない。俺は悩みながら、恋人とはちゃんと話し合おうと思って、海老名に視線を移した。
「……海老名、あのさ、」
「あ、そうだ、今日一緒に帰れる?」
「え?」
「放課後に委員会の集まりがあるらしくてさ。いつも帰ってるメンツには先に帰ってもらうし、一緒に帰れないかなって」
「え、あ、もちろん!一緒に帰ろ……!」
「んじゃ、図書館で待ってるわ。そろそろ俺たちも教室の中入ろーぜ」
うぅ、ずるくない?注意したくても、一緒に帰ろうなんて誘われたら、注意できない……。あー、可愛くて、ずるい。惚れた弱みってやつ?
結局、海老名と話し合うことができず、次の日も、その次の日も、俺は朝から自分の恋人と部活仲間が抱き合う所を見続けることになった。さすがに我慢の限界だった。
「お、上野!おつかれ!」
……え?
朝練が終わって、上野と俺が並んで歩いていると、海老名は俺よりも先に上野に声をかけた。
え、いや、海老名、誰をそこで待ってるんだっけ?え、俺だよね?
「エビチリンリンーー!」
上野は海老名に向かって走って、正面から抱きついていた。俺からは後ろ姿の上野と海老名の顔が見えてたけど、海老名は嬉しそうな顔をしながら、上野の背中に手をまわしていた。
……あ、だめだ。
「海老名」
「ん?あ、佐々木、おつかれー」
「……上野、離れて」
俺は海老名と上野を離そうと、上野の肩を後ろに引いた。
「え?なに?」
「いいから、離れてくんない?」
「佐々木っち?」
俺が無理矢理上野を海老名から剥がそうとすると、後ろから「お前ら、なにやってんだ?」っていう声が聞こえてきた。
「あ!マロンちゃん!」
「うわ、その名前やめろよ……。きもいだろ……」
声の主は栗林だ。俺と海老名の恋のキューピッド様。栗林は俺がどれほど海老名のことが好きか知っているから、仲裁に入ってくれたみたいだった。
「あー、上野ーー?上野さんはご存じないかもしれないけど、佐々木さんは海老名さんのこと大好きだから、抱きついちゃダメっすよー。なぁー、佐々木ー?」
「え……、あ、うん……」
正直、男同士だし、俺が海老名のこと大好きってバラして大丈夫なの?と思ったけど、栗林が程よく茶化してくれて、上野も恋愛感情って意味で捕らえたわけじゃなさそうだった。
「えー、リンリン大人気じゃん」
「当たり前だろ。俺、すげー素敵なので」
「さっすがー」
その通り、海老名はマジで素敵なの。自覚あるなら、あんまり他の人を惑わせるようなことしないで欲しい。
「まぁ、そーゆーわけで、上野は俺で我慢してくれ。ほら、海老名は佐々木の方に行って」
栗林は海老名の背中を押して、俺の方に海老名を移動させてくれた。
「仕方ないなー、マロンちゃんで我慢してやろう!」
「そりゃあ、どうも。ついでに、その名前で呼ぶのやめて」
そう言って、上野と栗林は2人で盛り上がっていた。
「佐々木?」
「え、あ、海老名……」
「どうかしたか?」
「あ、その……」
「なんだよ」
「……俺以外とベタベタしないで……」
心が狭いとか思われるかもしれないけど、それ以上に他の人に触れて欲しくなかったから周りの人に聞えない声でボソッと言った。
「……ベタベタ?」
「うん……」
「え?どーゆーこと?」
え、待って、理解してないの……?
海老名ってそういうことに疎いとは思ってたけど、ここまでとは……。あ、いや、そーゆーとこも可愛いよ。うん、ウブで可愛いと思うけど、思うけどね?
「……あー、今日一緒に帰る日だよね?」
「うん」
「帰りに話そっか」
「……?分かった」
んんっ、理解してない顔可愛い……。
結局、この日の帰りに俺が嫉妬してることを伝えたけど、反応はいまいちだった。多分理解してない。というか、あの時、理解してくれてたら、今も色んな人に嫉妬することはなかったと思う。
違う大学に通ったせいで、普段の海老名の様子が分からないから、海老名が楽しそうに他のやつの話をしてるだけで、嫉妬しちゃう。……まぁ、高校時代には絶対言ってくれなかった愛の言葉を言ってくれるようになったから、海老名も俺のこと好きなんだって思えるようになっただけマシなのかな……。
「ただいまー」
今日は海老名が俺の家に来てくれている。
俺は大学のメンツとの飲み会があったから、海老名には合鍵を使って俺の家で待っててとお願いしといた。というか、海老名が家で待っててくれてるって最高すぎない?うわ、新婚みたい……。
「……海老名?」
いつもなら気だるげでも返事をしてくれるのに、今日はいつまで経っても返事が来なかった。でも、玄関には海老名の靴があったし、居るはずなんだけど……。
「海老名ーー?」
部屋に入って、電気をつけると、海老名はベッドの上で横になっていた。
寝てるのかな……。
俺は壁際を向いてる海老名の可愛い寝顔を見るらめに近づくと、海老名は携帯をいじっていた。
「あれ?海老名、起きてたんだ。ただいま」
「……」
「……海老名?」
もう一回顔を覗き込もうとすると、海老名は布団を頭にまで掛けて、俺に表情を見せないようにしてきた。
「え、え、どうしたの?」
体調でも悪いかと思ったけど、機嫌が悪いみたいだ。でも、俺、なんかしたっけ……。……あ。
「海老名、ごめんね。一人で待たせちゃったね。寂しかった?」
ふふ、俺の帰りが遅くていじけちゃったのかな?まったく可愛いなぁ~♡
俺は海老名の機嫌を直すために、ベッド脇に座って、布団の上から海老名の背中を撫でようとした。
「……触んなよ」
あれ……?大分ご機嫌斜めだ……。
「海老名、どうしたの?こっち向いて」
「……」
「会いたかったよ。ごめんね、飲み会断れなくて。飲み会の間も海老名のことずっと考えてたよ。料理美味しかったから、また今度一緒に行こうね」
「……」
……うーん。……なんで怒ってるんだ?えーと、昨日は会ってないけど、電話した時は元気そうだったし、今日だって「お前んち着いたから、適当にくつろいどくわー」って連絡来て、その後も変なスタンプ送ってきたりしてたし……。え?何がダメだった……?
「ごめんね、海老名。ちゃんと話し合お。こっち向いて」
「……やだ」
……、可愛いな……。「やだ」って、えぇ……、可愛い、じゃなくてっ、海老名の機嫌を直すこと考えないと。
「海老名、俺、海老名とイチャイチャしたい。ほら、こっち見て。ただいまのチューしよ」
「……」
「好きだよ。世界で一番好き」
「……俺は嫌い」
「えっ……」
え。やばい。嫌われてる。待って、それはダメ。やばい。海老名に嫌われたら、俺、マジで生きていけない。
「え、海老名……、あの、え……、あ、本当に嫌い、なの……?」
「知らない」
「……あ、え、えっと、……俺は好きだよ?海老名、ちゃんと話そ。俺、仲直りしたい……」
そう言うと、海老名は布団から出てきてくれたけど、そのまま俺を無視して、荷物をまとめ始めた。
「海老名?」
「帰る」
「……え?」
海老名はバッグを持って、玄関の方に向かおうとしたけど、俺はすぐ海老名の手を掴んだ。
「ちょ……!待って待って!ダメだよ。こんな遅い時間に、外出ちゃダメだって!」
「まだ9時じゃん。離せよ」
「ダメダメ。海老名は可愛いんだから、ダメだよ。ほら、こっち来て。ね?」
「……帰る。」
「あっ……!ちょっと、待って!本当にダメだって!」
俺もすげー必死だった。海老名に嫌われたまま、1人で過ごすなんて無理。絶対無理。寝れないし、絶対泣く。だから、どうしても引き留めたくて、俺の方を見ようとしない海老名を無理矢理こっちに向かせ、逃げないように腰を掴んだ。
「……なんだよ」
「可愛い恋人を1人でこんな時間に外に出せないって。ね、今日は泊まってく予定でしょ?ほら、一緒にお風呂入ろ?」
「……離して。近い。やだ」
「海老名?」
「……俺なんか家に泊めてどーすんだよ」
「え?」
「俺よりも適任者がいるんじゃないすっか?人寂しいなら、そいつ呼べばいいじゃん」
え?なに言ってるんだろう……?え、適任者?誰の話……?
「佐々木さんには他に素敵な方がいるそうですね。さすがおモテになる方は違う」
「……」
「……黙んなよ」
「え、いや、ごめん。マジで何の話?」
「…………浮気してんじゃねーよ、ばーか」
「はっっ!?」
えっ、いやいや、俺が浮気?んなわけないじゃん!俺、マジで海老名一筋。本当に海老名のことしか考えてないし、正直、他の人どうでもいいくらい海老名のこと愛してる。なのに、え、えぇ?この子は何を勘違いしてるんだ……?
「……あ、ごめん。ちょっと何の話してるか分かんない……」
海老名は少し悩んだ顔をした後、バッグから携帯を取り出して、何かを調べて、俺に画面を見せてきた。
「……え?」
画面には今日の飲み会に参加してた女子と俺のツーショット写真があって、俺の顔の近くには「彼ぴっぴ♡」の文字があった。
うーわ、最悪……。
写真に映ってる女子は俺に何度も告白してきて、断っても猛アプローチしてくる女。しかも、謎に彼女面してきて、正直俺は苦手なやつ。俺の友達も「厄介なやつに好かれちゃったなー」ってよく言ってるレベルで害悪。すげー大好きで大切な恋人いるって言ってるのにガン無視して、デート行こ!ってしつこく言ってくるし、今日の飲み会も隣に座ってきて、「2人で写真撮ろ!」って言われて、まさかSNSにあげられるとは思わず、めんどくさくて、「いいよ」って言っちゃった。
「海老名……、これ、違くて」
「いいです。今日は帰るんで」
「あっ、ちがっ!待って!本当にっ!」
俺は即海老名に全部説明した。こんな女に俺と海老名の関係を壊されるわけにはいかない。俺は必死すぎて、自分でも何言ってるか分かんないくらい文法めちゃくちゃだったけど、海老名は黙って俺の話を聞いてくれた。
「……じゃあ、この子とはなんもないのか?」
「うん、ない、一切ない。マジでないし、これからも絶対ない。俺、海老名以外興味ないから」
「他にもお前の写真あるけど。これとか。……2人で出かけたの?」
「2人だけで出かけたことはない。恋人いるって言ってるし、この写真も6人で遊んだ時の写真。元は3人で撮ったけど、切り抜かれただけ」
「……そっか」
海老名がやっと安心してくれた。……可愛い顔してる。
「ごめんね、不安にさせて……」
「いや……、俺もごめん」
「海老名、俺、絶対浮気しないから。本当に海老名のこと大好きだよ。」
「ん。……俺も好き」
海老名は恥ずかしいのか顔を見られないように控えめに抱きついてきた。
うっわ!かっわいい!これは可愛すぎ。やばい、死んじゃう、キュン死する。「俺も好き」だって!嬉しい……、相思相愛だ……。えー、マジで可愛い……。
「海老名、本当にごめんね。もう嫉妬させないからね」
「……嫉妬?」
そう、今日は初めて海老名が嫉妬してくれた日だ。さすがにあれは海老名でも嫉妬するよね。嫉妬して拗ねてる海老名も可愛かったけど、不安にさせたくないし、俺、海老名に嫌われたら、生きていけないからもう嫉妬させない。
海老名は俺の背中に手をまわしたまま、顔を見るためか少し体を離した。可愛い海老名の顔が俺の目の前にある。キスしていいってことかな?
「え、嫉妬……?」
「ん?」
「俺……、別に嫉妬してない……」
「え?」
「これは……、だって、浮気だと思ったから。嫉妬じゃなくて……、えっと、独占欲的な……」
え、なに、この子可愛いな。嫉妬してたの認めたくないの?
そういえば、大学生になってから俺が嫉妬で狂いそうになって「あんまり俺を心配させないで」って言ったら、「心配するも何もないだろ。恋人なんだから自信持てよ。嫉妬なんてするなよ」って言ってたから、自分が嫉妬してるの認めたくないのかな……。え、なにそれ、可愛い。独占欲も嫉妬も一緒じゃない?
「ふふ、海老名可愛い」
「うるさい。嫉妬してない」
「分かった、分かった。海老名は嫉妬しないもんね」
「……少しはする、かも。だから、……嫉妬させるようなことするなよ……」
うっわ、天才。可愛さの天才かな?
「海老名って本当に可愛い……」
「……この会話、何回すれば気が済むんだよ。俺、可愛いって言われても、あんま嬉しくないんだけど」
「でも、俺から見るとめちゃくちゃ可愛いから……。ねぇ、仲直りのチューしよ」
「やだよ」
「えー……、じゃあ、一緒にお風呂入ろ」
「そっちの方がやだ。狭いもん」
「じゃあ、やっぱチューするしか……」
「いやです。あと、お前酒臭い」
「え!ごめん……!」
「あー、もー」
海老名は少し背を伸ばして、俺の頬にキスをしてきた。
「……俺もこれからは嫉妬させないようにするから」
あーーー、もうこの子は本当に……。天才的に可愛いくてどうしようもない。