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    ytd524

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    ytd524

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    ポイピク投稿テスト用。
    以前ワンライ用に書いたけど全く五伏要素なくなってしまったやつ。
    支部のまとめログにも収録してます。

    お題:ヒール
    内容:五と伏姉弟でショッピングモールに靴買いに行く話。しんみりしてる内容。

    その扉を開けるのは随分と久しぶりのことであった。俺自身はそこをほとんど使わなかったし、今日だって、寮に移るための準備という名目がなければ開けることはなかっただろう。だからだろうか、なぜかそこを開けることに、ほんの少しだけ躊躇してしまっていた。
     別に緊張をしているわけでもないはずだ。ただ、そこに入っているものを見たら、俺はきっと動揺してしまうだろうと分かっていた。とはいえ、これから三年かそれ以上か、この家を空けることになるのだ。一度だけ深呼吸をして、俺は一気に、力任せにその扉を開ける。そして扉は、俺の躊躇なんてなかったかのようにあっさりと開かれた。
     下の方に取っ手がついた、縦開きの戸棚。その中に仕舞われているもの──津美紀の靴を眺め、俺は少しの間、息を止めた。

     将来呪術師として任務に携わることを担保とした、高専からの資金援助。
     それは決して金銭に余裕のある暮らしを送れる保証があった、というわけではない。もちろん、津美紀の母親が残した資金だけで暮らしていたかもしれない生活と比べれば天と地ほどの差があるだろう。とはいえ、子供二人、アルバイトもできない中で生活していくだけの最低限の金銭しか、俺たちの手元には渡されることがなかった。
     俺は別にいい。だが、津美紀は──女性はそうもいかないだろう。決まった洋服をなんとか着まわしていた小学校時代、持っている私服のレパートリーだけで休日をやり過ごしていた中学時代。もちろん化粧品を買っているところだって見たことはない。津美紀はいつだって、それらに何の文句もなしに、いつだってこの家で笑って過ごしていた。

     そんな津美紀が唯一欲しがった、少しだけ奮発して買ったもの。それが靴箱に入っているこれ、ヒールのついた黒いサンダルであった。

    『あれ、恵大きくなった?』

     その日、いつものように稽古をつけてもらっての帰り道、ちょうど買い物をしているところだという津美紀を迎えにスーパーまで行った時、付き添っていた五条が突然そう言ってのけた。その言葉の意味がわからずきょとんとしていると、俺を挟んで向かいに立つ津美紀が『あ、やっぱり』と目を丸くして五条を見上げる。

    『最近、視線が近いなって思ってたの。えっ、五条さん、まだ私の方が大きい?』
    『ん〜そうだねぇ、ギリギリ?』
    『えぇ! ダメだよ恵、私の方がお姉ちゃんなんだから!』
    『別にいいだろ。てか、普通男の方が大きくなるに決まってるし』
    『小学生の間で抜かれたくないのー!』

     わぁ、と声をあげる津美紀に、俺は少しの驚きを覚えつつ、ムッとする。小学生の間ってなんだ、訳がわかんねぇ。身長が小さいとその分体力も追い付かねぇんだから、むしろこっちは今すぐにでも津美紀を追い越して、それこそ五条さん並みにデカくなりたいのだというのに。
     そんな五条さんはというと、津美紀の訴えに『うんうん、わかるよ〜』と適当な頷きを返していた。だって兄弟のいない(多分)五条さんが津美紀の気持ちなんてわかるはずがないのだから、この返事は適当に決まっている。
     そんな俺の考えをよそに、五条さんはそのまま顔を上げると『よし!』とひとつ、柏手を打った。

    『じゃあさ、今からちょっとだけ寄り道しよっか!』

     そう言って行き先も告げぬまま連れて行かれたのは、駅前にあるショッピングセンターだった。そして迷うことなくビルの中を歩き、エスカレータのすぐ隣にある店の前で止まる。その店を見上げ、津美紀は驚いた顔で五条さんのことを見上げていた。

    『こういうの、あんまり良くないんだろうけどね。でも小学生で、たった二人で立派な生活ができているんだ。そんな君たちにご褒美があったっていいでしょ?』
    『五条さん』
    『好きなのを選んでおいで、津美紀。僕が買ってあげる』

     ただし一足だけだよ。そう言われて、津美紀は大きく開いた目をくしゃ、と歪めた。
     後見人と言ったって、それは書類上のものであって、それ以上でもそれ以下でもない。呪術師として専門的な鍛錬が必要であった俺とは違って、津美紀はただ俺の姉であるというだけだった。そこに深く干渉をすることもなく、付かず離れずの距離を保ってきた五条さんにとって、きっとこれが初めて、個人的に津美紀に贈り物をした瞬間であった。
     普段は遠慮がちな津美紀も、きっと言われたのが五条さんであったからだろう、ちょっとだけ泣きそうな顔を笑顔にして『すぐ選んでくる!』と店内へ駆け出していく。その背中を見つめていると、隣に立つ五条さんが『津美紀も女の子だねぇ』なんて楽しそうに口を開いた。

    『どうしたんですか、突然。今までこんなことしなかったでしょ』
    『んー? 別に? 恵にばっかり洋服買ってあげるのもアレかな〜って思ってたしね、ちょうどよかったのかな』
    『それはあんたがすぐ破くからでしょーが』
    『すーぐに転んで泥んこになる恵くんが悪いんですぅ』
    『うざ……』
    『あっ、うざいって言った ひどい! 傷つくよ』

     ぎゃん、と喚き声をあげる五条さんを無視して店内を見つめていると、津美紀はサンダルの並ぶ棚のところで悩むように視線を彷徨わせていた。きっと靴を選ぶ想像すらしたことがなかったんだと思う。しばらく迷って、ようやく手に取ったそれを店員さんに履かせてもらった津美紀は、真っ赤な顔で嬉しそうにはにかんでいた。

    『でも、なんで靴だったんですか』
    『それは津美紀に聞いたほうが早いんじゃない? ほら、似合ってるからそのまま履いて帰ろっか!』
    『ありがとうございます、五条さん!』

     ぺこん、と頭を下げた津美紀は、さっきまで履いていた靴を袋に入れてもらい、新しい靴を見下ろしては嬉しそうに足を進ませる。そんな姉に合わせて足を動かしていると、ふと小さな違和感を覚えた。はて、なんだろうか。首を傾げつつ前を向くと、ちょうどこちらを振り返っていた津美紀と視線が合う。ぱち、と瞬きをした向こうで、その両目がひどく嬉しそうに細められた。

    『この靴を履いてる間は、まだ私の方が上だね!』

     そう言ってつま先でトントン、とリズミカルに地面を叩く姉の姿に、ようやく違和感の正体に気がついた。先ほどまで気にしていた身長の話。再び変わってしまった目線の高さ。五条さんが靴屋に連れていった理由。
     それらが全て一つなぎになったところで、俺は思わずため息を吐き、隣に立つ男の顔を見上げた。

    『んん〜? なになに?』

     俺の視線にすぐ気がついて、五条さんはこちらを見下ろしながらニヤニヤと笑いを浮かべてくる。その顔に、俺は自然と顔を顰めて口の端をぎゅ、と結んだ。

    『絶対、すぐに追い越してやる』
    『あっはは、ダメだよ恵! あと一年はその身長のままでいようね!』
    『そうだよ! 中学校入ったら仕方ないけど、今はだめ!』
    『なんなんだよ二人して……』

     ねーっ、と楽しそうに声をあげるその様子にため息がこぼれそうになる。けれど、何故かその帰り道はひどく楽しいと思えて、あぁ、家族ってこういうものなのだろうか、なんて。そんなことをぼんやりと思ったのだった。

     そんな些細な、懐かしい思い出。
     中学に入り、もう小さくて履けなくなってしまったそれを、けれど津美紀は大事にずっとここに仕舞い続けていた。結局ヒールの高さに慣れなくて、あんまり歩かない時くらいしか履けなかったらしいそれは、まるで新品のようとは言わないまでも、傷も汚れも目立たず、綺麗な状態でそこにある。
     ふと、それを引っ張り出して玄関に置き、その小さなつま先に自身の足を差し込んでみた。小さくて入らないそれは途中で引っ掛かり、踵がまるまる外にはみ出た状態になる。構わず両足ともその状態にして立ち上がってみると、いつもより視界が広がったように見えた。
     足先からふくらはぎにかけて、どこかピンっと突っ張るような、痛みに近い何かが駆け上がってくるのを感じる。あぁ、ヒールのある靴というのはこんな感じなのか。俺は初めての感覚に思わず笑ってしまった。

    「恵、もう終わった?」

     ドアの外から聞こえてきた声に、俺は首だけで振り向き「もうすぐです」と返事を返す。そしてサンダルから両足を抜くと、そのサンダルを段ボールの中へと並べて詰め込んだ。
     寮にいる間、ここは空き部屋になる。置いてある荷物は全て梱包して、いつでも運べるようにしておくのが今日の作業だ。
     だから、次にこのサンダルを見るのは、俺が卒業した後か、それか──。

    「すみません、今行きます」

     感傷を覚える前にと、俺はすぐに立ち上がり玄関のドアを開けた。
     願わくは、この思い出を再び思い出すときには、また三人ともに一緒でありますように。
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    ytd524

    DONE※ほんのり未来軸
    ※起伏のないほのぼのストーリー

    伏から別れ切り出されて一度別れた五伏が一年後に再結成しかけてるお話。
    akiyuki様が描かれた漫画の世界線をイメージしたトリビュート的な作品です。
    (https://twitter.com/ak1yuk1/status/1411631616271650817)

    改めまして、akiyukiさん、お誕生日おめでとうございます!
    飛ばない風船 僕にとって恵は風船みたいな存在だった。
     僕が空気を吹き込んで、ふわふわと浮き始めたそれの紐を指先に、手首にと巻きつける。
     そうして空に飛んでいこうとするそれを地上へと繋ぎ止めながら、僕は悠々自適にこの世界を歩き回るのだ。
     その紐がどれだけ長くなろうとも、木に引っ掛かろうとも構わない。
     ただ、僕がこの紐の先を手放しさえしなければいいのだと。
     そんなことを考えながら、僕はこうしてずっと、空の青に映える緑色を真っ直ぐ見上げ続けていたのだった。



    「あっ」

     少女の声が耳に届くと同時に、彼の体はぴょん、と地面から浮かび上がっていた。小さな手を離れ飛んでいってしまいそうなそれから伸びる紐を難なく掴むと、そのまま少女の元へと歩み寄っていく。そうして目の前にしゃがみ込み、紐の先を少女の手首へとちょうちょ結びにした。
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