七草日誌 十六歳の春。生まれて初めて自分の姓を呪った。
高校二年に進学した春の日、ある男が黒板に貼られた座席表をぼんやりと眺めていた。
男の名はオカダ、といった。
オカダは平々凡々とした見た目と同様、なんの面白みもない己の姓にさしたる思い入れを持たず生きている。しかしクラス替えのこの時期となれば話は別である。
なんせ、“お”は五十音順に並んだ時に後ろの席が割り当てられやすい。
オカダは端から順に追って己の名が記された席を探す。今年はどうやら後ろから二番めの席のようだ。一番後ろではなかったことにほんのりと落胆しつつ、それなりに過ごしやすい席であることに安堵する。
早々に席に着き、机の中を整頓しているオカダの横を晴れてクラスメイトとなったひとりの同級生が通り過ぎる。春の麗らかな陽気にそぐわぬ空気を纏うその男はオカダの真後ろで足を止め、音を立てずに席に着いた。
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