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    DN3K

    @MrKbuc

    幸レニなんぼでも食べたい

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    46歳の幸夫とレニと露天風呂
    少し前にツイッターにあげたやつです
    とても健全

    星の温度何も、ない。あの頃にも何もなかった。今も何もない。
    自分で自分に言い聞かせるよう、意識に刻みつけるよう、頭にそんな言葉をめぐらせる。
    緩慢な指先の動きでネクタイを緩め、するりと取り去る。ワイシャツのボタンをひとつひとつ外し、ベルトを抜いて、スラックスを脱いで。
    けれど、脱衣所で服を全て取り去ってしまってもなお、頭の中ではぐるぐると同じ思考ばかりが巡っている。
    露天風呂へと続く扉の向こうで、何やらこちらに呼びかけているらしい能天気な声に舌打ちがひとつ溢れた。ねえレニ〜早く来なよ!外、すっごいよ!!
    こいつはどうせ何も考えていない。なんだか生娘にでもなったような自分にも無性に腹が立って、一度腰に巻いたタオルを取り去り、肩にかける。そうだ、この私に隠すことなど何もない。
    そうして、意を決するように大きく息を吸って吐くと、勢いよく引き戸に手をかけた。ガラリと音をたてて開いた視界に映るのは、一面の星空。
    まるで宇宙に放り出されたかのような錯覚に陥り、思わず感嘆のため息を漏らす。
    星空に圧倒されながらも視線を落とすと、湯船から立ち上る湯気と夜風が混じり合った霧の向こうで幸夫がレニに向かって手招きをしていた。
    湯船の中で足を伸ばすその姿からは、すっかり緊張感というものが抜け落ちてしまっている。レニはため息をつきそうになる自分をなんとか制しながら、ゆっくりと歩みを進めた。


     それは今からひと月ほど前のことだった――

    電話に出るなり「あの!神木坂さん、来月、お時間、丸二日、一泊二日くらいでいいんですけど!」と有無を言わせない勢いでレニに迫ってきた声の主は、立花いづみだった。
    ありありと緊張を滲ませた声色で電話をかけてきた頃のおとなしさは何処へやら。今ではすっかりその父親である立花幸夫と負けずとも劣らない強引さを発揮するようになった彼女は、二言目に「えっとですね、温泉に行きませんか」などと続けた。
    その言葉に一瞬手にしたスマートフォンを取り落としそうになったものの、どうにかこうにか捉え、何事もなかったように尋ねる。眉間には未だ皺が寄ったままだが電話の向こうの相手には見えるまい。
    「…………何?」
    「いえ、だから温泉です、一緒に行きませんか?」
    「誰と、誰が?」
    思わず聞き返してしまう。
    すると、電話の向こうからは不思議そうな声で同じ答えが返ってくるではないか。レニはその瞬間、ああこれはまたいつもの流れなのだなと確信した。
    そして案の定というべきか、やはり今回もまた彼女が口にしたのは、この世で最も面倒臭い男の名前だった。
    つまるところ、来月父がアメリカから帰国する、先日電話した時に「温泉に行きたいなあ」なんてぼやいてたんで、よかったら付き合ってあげてくださいませんかね? というわけだ。
    正直言って、レニにとっては迷惑以外の何ものでもない申し出だったが、それでも彼女と彼女の父親の頼みであれば断れないというのが彼の性分でもあった。
    結局、「わかった、調整してみる」と答えてしまったのが運の尽きだった。ただし保証はできないだとか、それより君が行ってやれ、だとか散々遠回しに断り文句を述べてみるも、そのどれもがまったく効果を発揮せず、それどころか最後には「じゃあよろしくお願いしますねっ!お父さんも大喜びすると思います!」と一方的に切られてしまい、もうどうしようもなかった。

    それからあれよあれよと言う間に話は進み、気付けば大喜びするお父さんこと幸夫と共に温泉地へとやって来て、共に並んで露天風呂に浸かる今に至る。というわけだった。
    「……どうしてこうなった」
    ため息混じりにそう漏らすレニの隣では、幸夫がうっとりとした顔つきのまま湯に浸かって、ふやふやとした声とも息とも取れない音を出していた。
    「間の抜けた声を出すんじゃない」
    「……でも、だって、仕方がないじゃない? 日本の温泉なんて久しぶりなんだもん。それにこんなところ、なかなか来られないよ」
    気持ちよさそうに目を閉じながら、幸夫はそう答える。
    「それは、まあな……」
    その言葉を聞いて、レニも少しだけ表情を和らげる。
    目の前に広がる光景は正真正銘本物の日本庭園であり、そこにある露天風呂の湯加減は完璧そのもの。夜空に浮かぶ星々はまるで宝石のように輝いている。
    おまけに時折吹く風に乗って聞こえてくる虫の声は耳に心地よく、まさに非日常という言葉がそのまま形を成したかのような場所であった。
    こんなところでゆったりと入浴できる機会などそうあるものではないだろう。幸夫の反応こそ至極当然のものと言えるかもしれない。

    「そういえばさ、この温泉紹介してくれたの東くん、っていうんだっけ?」
    「ああ、前職の関係で何かとツテが多いとかなんとか」
    「まだ写真でしかちゃんと見れてないんだけど、それだけでも伝わる独特の雰囲気があって、いいよねえ、あの子」
    うんうんと何度も大きく相槌を打ちながら、幸夫は続ける。
    「レニは見たことあるの?彼の芝居。確か冬組の子なんだよね」
    「もう何度か観てきたが、丞や月岡のような役者がいる中でもその場にいるだけで一際目を引く存在感がある、初代の中で言うなら柊に近い」
    「そっかー、やっぱり。俺も早く見てみたいなあ」

    そんな会話をしながら、二人はしばらくぼんやりと夜空を見上げていた。少し熱めの湯が肌にしみて心地良い。
    そのまま星々を眺めているうちに、いつしか身体は芯まで温まり、全身を包むような浮遊感にも似た感覚が二人を包み込んでいく。
     幸夫がおもむろに手を伸ばし、水面を揺らしながらレニの腕に触れる。そして、なにも言わずに、ただ黙ったままレニの手を握る。レニは小さく息を吐くと、同じように手を握り返した。その手は普段よりもずっと熱い気がした。
    ――そして、どれくらい時間が経った頃だろうか。
    幸夫がぽつりと言った。ねえ、と。
    その声はいつもより幾分か低く、それでいてどこか切なげで、レニは思わず隣を見る。するとそこには、いつになく真剣な表情をした幸夫と目が合った。
    普段は子供みたいに無邪気に笑っていることが多い彼だが、こうして真面目な雰囲気を纏えば、途端に大人の男の顔になる。それがまた妙に似合うのだから、ずるいものだ。
    幸夫は視線を合わせたまま、ゆっくりと口を開く。
    それは、唐突に始まった。
    まるで、今まで胸の奥にしまい込んでいた感情が堰を切るように溢れ出したかのように、彼は言葉を紡いでいった。
    「あっちでもさ、こうやって星空を見上げてた」
    ただただ満天の星々の下、それを映し出したかのような澄みきった水面が揺れる。
    「どれだけ、大切な人や場所と離れていたって、この星空の下で繋がってる。だから大丈夫。そう思って、ずっとやってきた」
    ゆっくりと紡ぎ出された言葉は、水面に落ちると波紋を広げていくように静かに広がっていく。
    「ちゃんと居場所もできたし、好きなことをやっていられて、幸せだなあって気持ちで、星を見て、」
    またひとつ、水面に小さな円が生まれる。
    「だけどね、」
    そして、もうひとつ。ふたつ。みっつめ。次々と生まれ、重なり、広がり、やがて大きな輪になってゆく。レニはそれを、ただじっと見守る。繋いだ手に、力がこもる。
    「やっぱり、ずっと、ぅわぶっ!」
    瞳いっぱいに星の煌めきをたたえながら、言葉を紡ぐ幸夫の顔面に突然、ざぶんと勢いよく湯がかけられた。
    驚いた幸夫は反射的に目を瞑り、慌てて顔を上げる。一体何が起きたのか、一瞬理解が追いつかない様子だったが、すぐにその犯人がレニであるということに気付いたらしい。
    幸夫は眉間にシワを寄せて頬を膨らませると、 抗議の声を上げようと口を開いた。しかしそれよりも先に、レニの声が飛んでくる。
    それは、思いのほか優しい声色だった。
    「泣くか喋るかどちらかにしろ」
    そう言ってから、もう一度湯をかける。今度はさっきよりも少しだけ多めに。幸夫はううう、と悔しそうな顔をして、「泣いてないもん」と小さく呟いた。髪から滴り落ちる雫が頬を伝い、また水面に波紋を作る。

    それから少しの間を置いて、幸夫は大きく息を吸い込み、吐き出すと、再び空へと目を向けた。レニもそれに倣うようにして空を見上げる。
    夜空には変わらず、数え切れないほどの星々が輝いていた。しばらくそのまま、二人で並んで星空を眺めていると、幸夫がふっと思い出したように言った。
    あのね、と。
    レニが横を見ると、幸夫の表情は先ほどまでの表情はなく、いつも通りの穏やかな笑顔になっていた。
    「ありがとう」
    その言葉に、レニは一瞬戸惑う。
    「……どうして、礼を言う」
    「だってさ」
    そう言って笑うと、幸夫は続けた。
    「レニってば優しいんだもの」
    「……馬鹿を言うな」
    「本当だよ」
    「私は優しくなんかない」
    「じゃあなんでここに来てくれたの?」
    「お前たちがどうしてもと言うからだ」
    「でも断ろうと思えばできたはずだよ」
    「……たまたま予定がなかっただけだ」
    「嘘だ」
    「……うるさい」
    もう50も近い男二人が、温泉に浸かりながら顔を赤く染めてしょうもない言い合いをしている光景は、傍から見たらさぞかし滑稽に見えるだろう。それでも、二人はそんなことはお構いなしに、互いの目をしっかりと見据え、言葉を紡いでいく。
    幸夫が言う。
    「ただいま。」
    「……おかえり」
     レニはそれに表情を緩めながらそう答える。
    その瞬間、幸夫は嬉しさを堪えきれないといった風に破顔すると、レニの首元に飛びつく。レニは咄嵯に腕を伸ばし抵抗を試みたものの、結局は力尽きるようにして、二人揃って湯の中に倒れ込んだ。
    派手な音と共に、露天風呂に大人二人分の水飛沫が舞う。
    「おい、ふざけるな」
    「さっきのお返し!」
    悪びれる様子もなく幸夫はけろりと笑ってみせる。濡れた髪をかき上げながら、レニは呆れたような声で呟く。
    「全く……いい年をして何をしているのだか……」
    すると、幸夫はにっこりと笑って言った。
    「こういうのを、青春っていうんだよ」
    なんだそれは、と言い返す代わりに、そっと手を伸ばし幸夫の頭を撫でた。幸夫はそんなレニを、不思議そうに見やる。レニはそんな彼に構わず、そのまま指先で濡れた髪をくしゃりとかき混ぜる。
    幸夫は何か言いかけたものの、レニの手のひらの感触が心地良いのか、黙ったまま目を細める。
    レニは、まるで犬みたいだなと思ったけれど、その言葉は飲み込んでおいた。

    二人の間を吹き抜ける風は涼しく、火照った身体にじんわりと染み渡るようだった。
    遠くの方からは、虫たちの鳴き声や木々の葉擦れの音だけが聞こえてくる。
    幸夫は何も言わず、ただされるがままにしている。レニは、何も言わずに、ただ彼の頭に触れていた。
    そして、しばらくして、どちらともなく笑い出す。
    幸夫はくすくすと肩を揺らしながら、 レニは口角を上げて、楽しげに声を漏らす。

     きっとこれからも、こうして互いの体温を感じる距離で、同じ景色を見ることができるだろう。
    二人が今、共に見上げているのは、かつて見たものと同じ星空だろうか。それとも、違うのだろうか。どちらにせよ、変わらないことはある。
     
     星降る夜に、二人の声が溶けてゆく。
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