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    dc_akis1

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    赤安

    #赤安

    ひぐらしの鳴き声が、高くなった空に響きわたる。夏も終わりを迎える頃だ。

    少し肌寒くなってきた。半袖は長袖に衣替えして、街中を歩けばカーディガンを羽織っている人もちらほらと見受けられるようになった。どこか少し寂しい冷えた空気はとても澄んでいて、辺りを見渡せば、さわさわと揺れる木々の葉の色は少し赤味を帯び始めていた。
    コンビニに入り、マッチと煙草と缶コーヒーを買った。ビニール袋をぶらさげて誰もいない公園のベンチに座り、買った煙草に火をつけた。すると、どこからともなくやって来て目の前で足を止めた男が「禁煙したんじゃなかったのか?」と問いかけてきた。赤井秀一はうんざりしたように眉根を寄せた。そいつはここで一服しようとすると、いつも目ざとく俺を見つけて近づいて来ては文句を言ってくる。
    「禁煙してたんじゃない。させられてたんだ」
    「へえ。恋人かな?」
    「……今は、恋人と言えるのかわからん。喧嘩して、あんたなんか恋人じゃないと言い捨てられたんだ。向こうはもう別れたつもりでいるかもしれん」
    「余計に嫌われるぞ。くだらない痴話喧嘩なんかで簡単に別れるもんかね。謝ってこいよ」
    お節介な男に、ガシガシと頭をかいてから立ち上がった。今しがた火をつけたばかりの煙草を地面に落として、靴の裏でぐりぐりと踏みつけて火を揉み消した。
    「お前がいるとゆっくり吸えん。帰る」
    「ふん、そうか。邪魔したな。それじゃ」
    男はひらひらと手を振りながら踵を返した。いけ好かない男だ。



    「あれ……鍵……」
    自宅アパートの扉の前で、ポケットに手を突っ込んだが鍵が見つからない。まさか落としたのだろうか?管理会社に連絡を取ろうと、スマホを探す。スマホもない。疲れているようだと頭をガシガシ掻いて、缶コーヒーと煙草とマッチを入れたビニール袋は邪魔になるなと、とりあえず自宅扉のドアノブへ引っ掛けてから鍵を探すためにアパートから出ると、門の近くにいた名探偵のボウヤが俺を見るなり駆け寄ってきた。
    「ボウヤ、奇遇だな。どこかへ行くのか?」
    「……。うん、ちょっとね。赤井さんはどこに行くの?」
    「家に帰ろうとしてたんだが、鍵を落としてしまったようでね。どこにもないんだ。今来た道を戻って探しに行こうかと思ってな……」
    「……。鍵?ちょうどついさっき鍵の落し物拾ったよ!元太たちが交番に持ってったとこなんだけど。多分それのことかな?」
    「そうかもしれん。だが俺には身分証がないから警察の厄介にはなれんな……」
    「じゃあ元太たちに交番に行くのやめるように連絡するよ。多分まだ着いてないと思うからさ。それでさ、今からぼく病院に行くんだ、風邪ひいちゃって。元太たちと赤井さん面識ないから僕が代わりに鍵を受け取るよ。あいつらに病院に来るように頼むから、赤井さんもついてきてくれない?」
    「そうさせてもらうよ」
    車のキーすら持っていなかった俺は、ボウヤと並んで歩いてのんびりと病院へ向かうことにした。他愛もない話をしながら歩いていくうち、ボウヤが行かんとしている病院が見えてきた。しかし、おそらく道を間違ったのだろうと思う。
    「ボウヤ。ここは精神病院だよ」
    「……。ここ内科もあるんだ」
    いちいち思案してから喋る様子に違和感を感じつつ、ボウヤに付き添い病院のエントランスへ入る。その瞬間、ぴたりと足を止めた。​
    「お前、なんでこんなところに……」
    「なんで?分かりきったこと聞くなよ。精神病院にいるんだから。ここに問題を抱えてるのさ」
    トン、と己の頭を指で叩いて見せてきたそいつは、俺が公園に行くといつも現れるあの男だ。
    「恋人に避けられるのが苦しくて頭がパアになったんだよ。まあでも、俺はだいぶ治ってきてる。お前に比べりゃな」
    男はニタァと笑って、俺の額を指さしてきた。そのせいで、エントランスにいる他の患者たちも皆、静まり返って一斉に俺を見ている。
    「……何を言っている」
    「俺は恋人が歩み寄ってくれたから治ってきてるが、あんたは……」
    「取り抑えろ!!」
    知らぬ声の怒声とともに、俺の体は冷たく硬い床に崩れ落ちた。男の話を聞くのに意識を集中しすぎていたせいで、近くに人がいることにも気付かなかった。何人もの看護師たちが体の上にのしかかって押さえつけてくる。
    困惑して顔を上げると、ボウヤが困ったような顔で俺を見下ろしてきていた。
    「まだダメだよ赤井さん……。ちゃんと治らなきゃ、退院できない」
    ボウヤがそう言った瞬間、走馬灯のように目まぐるしく記憶のフィルムが脳裏を駆け巡った。

    『しつこいですね』
    『帰ってください……どうして家を知ってるんです』
    『接近禁止命令が出たでしょう?!』
    『付き合ってもないのに指輪なんてもらっても困ります』

    幾つものシーンが重なり合って次から次へと再生されすぎて、頭が割れそうに痛い。遠くに聞こえる低い唸り声が自分の声なのか、他人の声なのか、頭が混乱しているせいで分からない。苦しんでいると、あの男がしゃがんで俺の顔をにんまり笑って覗き込んできた。
    「こいつら皆どうかしてるよな。でも安心しろ、俺だけはお前の味方だよ。あんたの恋人の安室透……いや、降谷零からの言伝を預かってるんだ」
    「どうして俺の恋人のことを知ってる?!お前は何者なんだ……!」
    「まあ落ち着けよ。俺が降谷零って名前を知ってるって事実だけでも、俺の事を信じるには十分なはずだろ?とにかく言伝を聞けよ」
    「……っ、早く言え……」
    「『早く僕のところに帰ってきてください。じゃなきゃ他の男のところにいっちゃいますよ』だとさ。可愛いよな」
    「……!」
    上に重なるようにのしかかっている何人もの男の看護師たちを全力で跳ね除け、病院から飛び出し、ただひたすらに走った。背後から看護師たちの怒声と、ボウヤが俺を呼ぶ声がしたが振り返っている暇などない。愛しの恋人が待っている。

    「零……!」



    「ごめんねコナンくん。本当に。赤井の恋愛妄想の被害に君まで巻き込んでしまったね……。お礼に僕んちでご飯ご馳走するから食べてってよ」
    「ううん、結局赤井さん捕まえらんなかったし……。身体能力がすごいから、やっぱり警察の人たちじゃなきゃ捕縛は難しいよ」
    「そう……。あいつを警察病院から移す時にさ、一般病棟じゃなくて閉鎖病棟じゃないとダメだって病院に散々依頼したのに。頭の固い医者が当たると大変だよ……あそこじゃ公安よりも医者の方が強いからさ」
    安室さんのアパートの階段を、一緒に並んでカンカンとのぼっていく。自分の家の扉を見た安室さんはぴたりと足を止めた。突然立ち止まった安室さんを不思議に思い、その目線の先を見た。

    安室さんの家の扉のドアノブにぶら下がったビニール袋には、開封済みの煙草と、マッチと、缶コーヒーが入っていた。


    end
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